第九話 奇跡の名馬召喚

 明日屯麻茶无アストンマーチャンからトウカイテイオーの蹄鉄を受け取った俺は、霊馬召喚システムの機材が置かれている教室へと向かう。


 すると、教室の前には茶髪の髪をゆるふわ縦ロールにした長身の女性が立っていた。


「あ、どうやら来たみたいね。準備は整っているわ。いつでも使うことができるわよ。


丸善好マルゼンスキー学園長、ありがとうございます」


 彼女に礼を言いつつ俺たちは教室の中に入る。そして、俺だけが魔法陣の中に一旦入ると、触媒となる蹄鉄を置き、魔法陣から離れる。


 そして丸善好マルゼンスキー学園長の方に顔を向けると、彼女は無言で頷いた。


 いつでも詠唱を行っても良いという意思を受け取り、俺は一度深呼吸をして精神を整える。そして顔を引き締めると、再びトウカイテイオーの再召喚を行った。


「我名は東海帝王トウカイテイオウ! この名と同じ名馬、トウカイテイオーよ! 名と蹄鉄の縁に従い、我元へ姿を表せ! 顕現せよ! 競馬界の名馬よ!」


 霊馬を顕現させるための詠唱を行うと、魔法陣が青白く発光し始める。


 霊馬の召喚には成功した。後は、トウカイテイオーが俺の呼び声に応えてくれるかどうかだ。


 魔法陣の中央には、馬のシルエットが光の粒子として模る。素粒子が集まって物質となり、さらに物質たちが馬の肉体を形成した。


 茶褐色の毛に、額から鼻付近に伸びる白い模様は、額の部分はトランプのダイヤのようになっている。人間で言う膝や肘の部分にあたる腕節わんせつ部分から、おそらく人間で言うところの足首部分だろうと思われる球節きゅうせつにかけて黒色に変わり、そして左前足部分だけが、そこから白色になっている。


 召喚した馬は、力強い瞳で俺のことを見てきた。


『オレの名はトウカイテイオー。皇帝の息子なり。問おう。貴殿がオレの騎手か?』


「ああ、そうだ」


 馬が自分の名を名乗り、見間違いではないことを知った俺は、拳を握って小さくガッツポーズを取った。


『まさか、再召喚を行うとは思ってもいなかったぞ』


 トウカイテイオーの言葉が耳に入り、自身の耳を疑った。


 今、こいつは再召喚を行うとは思わなかったと言ったのか。


「それってどう言うことなの? その口振りだとすると、敢えて召喚に応じなかったって言うように聞こえるのだけど?」


 遠くから見守っていたクロがトウカイテイオーに語りかける。


『その通りだ。オレはあの皇帝と呼ばれたあの牡馬ぼばの息子であり、その期待からテイオーと名付けられた。オレと釣り合いの取れない騎手なんかと契約を結ぶことはできない。だから敢えて召喚には応じず、変わりの馬が貴殿と契約を結んだ』


 実力不足であることを理由に、召喚を応じられなかったことを知り、驚愕せざるを得ない。


 馬が騎手を決める。こんなことがあるのかと思い知らされた。だけど、今はそんなことなどどうでもいい。


「だが、今回俺の召喚に応じたと言うことは、俺の実力を認めたってことで良いんだよな」


『ああ、あの伝説の負け馬と呼ばれたハルウララを2連勝させたその実力は本物だ。このオレの背に乗せるに相応しい。これよりトウカイテイオーは、貴殿を相応しい霊馬騎手と認め、最善を尽くす。このオレの力を借りたい時は、呼ぶが良い。直ぐに馳せ参じようぞ』


 その言葉を最後に、トウカイテイオーは姿を消す。


 俺は振り返り、見守っていたクロたちの方を向く。


「召喚と契約は完了した。これで俺は、正真正銘の複数契約者マルティプルコントラクターだ」


 無事に終わったことを告げると、クロと明日屯麻茶无アストンマーチャンの顔が綻ぶ。


「良かったね! これで弥生賞もなんとかなりそう」


「本当に良かったですぅ。もし失敗となったらぁ、私に貢いでくれたファンの方にぃ、申し訳ないところでしたぁ」


 俺のところに近付き、無事に契約できたことを2人は喜ぶ。しかし、大和鮮赤ダイワスカーレットだけは複雑そうな顔をしていた。


大和鮮赤ダイワスカーレットさんもぉ、これで納得してくれますよねぇ? だって、嘘が真実になったのですからぁ?」


 俺たちから距離を置いている大和鮮赤ダイワスカーレットに、明日屯麻茶无アストンマーチャンが近付いて声をかける。


「あーもう! 分かっているわよ! 分かっている……頭の中では分かっている。でも、今は気持ちの整理ができていない。ごめん、ちょっと席を外すわ。レースが始まる頃には、観戦には行くから」


 声を上げたかと思うと、急に顔を俯かせて声のトーンを落とし、複雑な心境であることを彼女は明かす。そして一人になりたいことを告げると、この部屋から出て行った。


「うーん、どうやらまだまだのようですねぇ。嘘を吐かれたと言うことが余程ショックだったのでしょう。でもぉ、彼女ならきっと大丈夫でしょう。ご自分の中で解決してくれると、私は思いますぅ」


 人差し指を自身の頬に向け、明日屯麻茶无アストンマーチャンはポツリと言葉を漏らす。


「帝王、大和鮮赤ダイワスカーレットのことも気になるけれど、今はレースに集中しないと。せっかくだからここで作戦会議をしようよ。丸善好マルゼンスキー学園長、良いですよね?」


「別に構わないわよ。生徒たちが普段、どのように考えてレースに挑んでいるのかを知るのも、教師としての立派な仕事ですもの」


 クロが丸善好マルゼンスキー学園長の許可をもらい、俺たちは弥生賞に向けての作戦会議を始める。


 大和鮮赤ダイワスカーレットのことも気になるが、クロの言う通り、レースに集中しなければいけない。


 レースで優勝を逃せば、俺は転校することになる。それだけは絶対に回避しなければ。


 きっと大丈分だ。大和鮮赤ダイワスカーレットなら、自分で答えを出し、今後の接し方をどうするのかくらいは、自分で決められる。俺が彼女にしてあげられることは、信じてやることしかできない。


 まぁ、嘘を言って裏切ってしまった俺が言えたセリフではないのかもしれないが。

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