第二章

第一話 デバイスは本当に故障?

「それにしても、昨日のレースは凄かったよね! あ、見て! トレッターに載っているトレンドも、ハルウララと帝王のことがトップに出ている!」


 デバイスの画面を見ていたクロは、まるで自分のことのように喜びながら、先程まで見ていた画面を俺に見せて来た。


 彼女が見せていた画面には、確かにハルウララと俺のことが記載されている。


「ハルウララを優勝へと導いた天才騎手現れるか。と言っても、メイクデビューを勝たせただけなのに、少し大袈裟じゃないか?」


「大袈裟じゃないよ。ハルウララは生前1勝もできなかった馬なんだよ。本来なら優勝する力を持っているのにも関わらず、これまでの騎手はコントロールができないで優勝出来なかった。それなのに、霊馬とは言え、ハルウララを優勝へと導くことができる騎手が現れた。これは歴史的瞬間と言っても過言じゃないよ!」


 俺が達成したことは凄いとクロは言うが、イマイチ実感がわかない。


「少しくらいは嬉しそうにしてくれないと、周囲には嫌味に聞こえてしまうよ。大和鮮赤ダイワスカーレットの時みたいに、また勝負を申し込まれても良いの?」


「いや、それはさすがに嫌だな。できるだけ無闇にレース勝負はしたくない」


 クロに注意を促され、あんまり謙虚になり過ぎないように心がけることにした。


「それで良いのよ。早く学園長に言って、新しいデバイスを貰おう」


「ああ、早くデバイスを新しいのと交換して、安心した学園生活を送りたい」


 胸ポケットから、学園で貰ったデバイスを取り出す。


 このデバイスは故障している。大和鮮赤ダイワスカーレットから勝負を挑まれた時、拒否するコマンドが反応しなかった。故障したデバイスを持ったままで、学園生活を送る訳にはいかない。


 デバイスを眺めていると、学園長室に辿り着いた。


 扉の前に立ち、軽くノックする。


「どうぞ。お入りください」


 部屋の中から落ち着いた声音の女性の声が聞こえ、扉を開けるとクロと一緒に入室する。


 そして前へと歩き、学園長席に座っている女性の前に立った。


「東海帝王君、わたくしに何か用かしら?」


 俺に視線を向けると、丸善好マルゼンスキー学園長は俺の真名を口にして要件を訊ねて来る。彼女の言葉が耳に入った瞬間、鼓動が激しくなった。


 どうして、彼女は俺の真名を知っている? 初対面のはずなのに?


「その顔はどうして知っているのかって顔ね。もちろん知っているわよ。学園長は全校生徒の顔と名前、それに契約している霊馬を書類にしているわ。だからそれら全てに目を通して暗記しているから、顔を見ただけで誰なのか直ぐに分かってしまうわ。あ、安心してね。大事な個人情報だから、無闇に他人には真名を明かさないから」


 片目を瞑ってウインクし、安心するように促す。


「そうだったのですね。それにしても、全校生徒全員を覚えているなんて、凄いです」


 彼女に賞賛の言葉を言いつつ、視線を少しだけ下げる。


 入学式の時は遠くて分からなかったが、この学園長、服装が大胆だ。


 学園のトップらしく、スーツ姿でビシッと決めてはいるが、胸元が開いているデザインのスーツを着用している。なので、年頃の男としては、自然と僅かに見える谷間に視線を向けてしまった。


 だがしかし、その瞬間足に痛みを感じた。足元に視線を向けると、クロが俺の足を踏み付けていたのだ。


「おい、痛いじゃないか」


「ごめんね。帝王の足に虫がいたから、つい」


 謝罪の言葉を言うと、クロは足を退ける。しかし、校舎内用の靴には、虫などいなかった。念のために周辺を見るも、虫らしきものは居ない。


「おい、虫なんていないじゃないか」


「居たもん。私にだけ見える虫が」


「そんな都合の良い虫なんて居るか! 俺、お前の機嫌を損ねるようなことをしたか?」


 何か彼女の機嫌を損ねることをしたのなら謝りたい。そう思って訊ねたのだが、クロは無言のまま視線を逸らし、俺の問いに返答をすることはなかった。


「あらあら、青春ね。うふふ」


 そんな状況の中、なぜか丸善好マルゼンスキー学園長は笑みを浮かべていた。


「それで、もう一度要件を訊ねるけれど、わたくしに何か用かしら? 隣にいるあなたも用事があるの? えーと、確か北――」


「私の真名なんて今はどうでも良いです。私は帝王の付き添いで来ました。要件なら大有りです。彼のデバイスは壊れているので、早く新しい物と交換してください。これでは学園生活に支障を来します!」


 丸善好マルゼンスキー学園長がクロの真名を言いかけたところで、彼女は言葉を遮って強めの口調で要件を話す。


 別にあそこまで強く言わなくても良いだろうに、今日のクロは変だな。先程まであんなに俺の活躍に対して嬉しがっていたのに。学園長室に入った途端に機嫌が悪くなった。


 そんなにカリカリして、もしかして生理なのだろうか?


 気になってしまったが、もし、この言葉を口にしたらデリカシーの無い男と思われ、更に彼女の機嫌を悪くしてしまいそうな気がした。


 口は災いの元だと言うし、今は余計なことは言わないようにしておこう。


「デバイスの故障? おかしいわね? 生徒に配るデバイスは全て、事前に動作チェックをしているから、故障は無いと思うのだけど?」


「でも、実際に起きています。なので、早く交換してください。私たちはいつまでもこの部屋に居る程、暇ではないのです」


 丸善好マルゼンスキー学園長が小首を傾げると、クロは早く交換を済ませるように要求する。


「クロ、何か用事があるのなら、わざわざ付き合わなくって帰ってくれても良いんぜ。お前はお姉さんぶって俺の用に付き合ってくれているのだろうけど、これくらい俺一人でも言える」


「いや、別に用事があるって訳では――」


 小声でクロがブツブツと言う。最初の方は聞き取れたが、途中から聞き取れなくなった。


 用事がないのなら、どうしてクロはあんな嘘を言ったのだろうか? 基本的には嘘は言わないのに。やっぱり、イライラしているのと関係があるのだろうか?


 あんまりクロには迷惑をかけられないし、手早く済ませるか。


「あのう、昨日なのですが、クラスメートからレース勝負を挑まれたのです。その時に拒否をしようとしたのですが、拒否のコマンドを押しても反応がなく、タイムオーバーでレースをするはめになったのです」


 説明をすると、丸善好マルゼンスキー学園長は胸の前で腕を組み、瞼を閉じて何か考え込む素振りを見せる。


 そして、瞼を開けると同時に口を開き、言葉を口にした。


「少し考えてみたのだけど、おそらくデバイスの故障ではないわ。それを今から証明するわね。君のデバイスを貸して貰える?」


 デバイスを渡すように言われ、俺は自分のデバイスを丸善好マルゼンスキー学園長に手渡す。


 俺から受け取ったデバイスを机の上に起き、彼女は机を開けて別のデバイスを取り出す。


「これはわたくしのデバイスなのだけど、今から内蔵してあるシムを入れ替えるわね」


 デバイスのデータが入っているシムを入れ替えると言い、丸善好マルゼンスキー学園長は素早く2つのデバイスに入っていたシムを入れ替える。


「さて、今先程まで東海帝王トウカイテイオウ君が使っていたデバイスに、わたくしのシムを入れたわ。このデバイスに対して、レース勝負を申し込んでくれないかしら?」


 丸善好マルゼンスキー学園長がクロに視線を向けて言葉を投げる。するとクロは、言われた通りにデバイスを操作して、俺が使っていたデバイスにレース勝負を挑む選択をした。


 すると信号が送られ、俺が使っていたデバイスの画面にレースを受け入れるかの選択肢が現れ、カウントダウンが始まる。


「今、彼女から勝負を挑まれたわね。では、今から拒否のコマンドを押すわよ」


 俺たちに見えやすいようにデバイスを机の上に置き直し、丸善好マルゼンスキー学園長は拒否の項目を押した。


 その瞬間、画面にはレースの申し込みを拒否しましたと表示された画面に切り替わった。


 これはどう言うことだ。どうして俺が使っていたデバイスであるにも関わらず、今回はスムーズに反応をする?


 何が起きているのかが分からず、俺は困惑したままその場で棒立ちをしてしまう。

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