第43話

 「カミロ・アール。あなたの役割はなんでしょうか」

 「はい。レドゼンツ伯爵の行動の報告です」


 契約時、ラボランジュ公爵夫人が正体を隠していた為、異例ではあるがアールが代理を務め国から文官が派遣され、当時のメルティの状況を考慮した内容で文書を作成された。


 ラボランジュ公爵夫人側から提示された条件は、『メルティが当主になる為の教育と健やかな生活』だった。

 イヒニオ側の条件は、代理ではなくレドゼンツ伯爵家当主として一時的にでもなるので、それに見合う『就職先』と、彼が当主でいる間はメルティの混乱を避ける為に『勝手にメルティに会わない』『イヒニオの方針に口を出さない』そして、『爵位を継ぐ年齢になるまで契約の事をメルティに告げない』だ。

 もちろんそれは、ラボランジュ公爵夫人が出した条件が守られている前提での話である。


 ラボランジュ公爵夫人は、その条件を飲んだ。ただし、ラボランジュ公爵夫人が出した条件が守られているか見守る者として、アールが引き続き執事長を務める事が条件だった。


 こうして、一時的にイヒニオはレドゼンツ伯爵となる。

 記憶が錯乱しているメルティを我が子として、クラリサと同じく育てなければならない。

 だがイヒニオは、アールから見て二人を等しく育てている様には見えなかった。

 しかしアールが出来る事は見守る事と報告する事。


 イヒニオ達が言う様に、メルティは体が弱くよく発熱した。

 それを理由に、メルティはほどんど外へ出る事はなく、昼間の外出はメルティを置いて、ファニタとクラリサ二人で出かけるがメルティは連れて行ってとせがむ事はなかった。


 目に見えて、虐待をしているわけではなく、贔屓しているが理由があると言われると納得出来なくとも強く反論できない。本人が不満をほとんど口にしないからだ。


 ラボランジュ公爵夫人は、アールからの報告を見る度に不安になるも虐待はなしとの報告だったので、どうしようもできなかったのだ。イヒニオの教育方針に口を出せない以上、これはダメとは言えないのだから。


 だから今まで、静かに見守っていた。アールから『予言をしたメルティお嬢様ではなく、クラリサお嬢様が聖女としてお披露目になる』と報告を受けるまでは――。


 「あなたが、報告した内容に偽りはないな」

 「はい。ありません。事実を書きました」

 「提出されたその報告を読ませてもらった。その記述の中に『予言をしたメルティお嬢様ではなく、クラリサお嬢様が聖女としてお披露目になる』と記述があった。先ほどの審議で、メルティが予言していた事が明確となった。さて、なぜこの様な偽りを行ったのか問いたい」


 まさか、ここに繋がるとは思っていなかったイヒニオは返答に困る。だが、クラリサをルイスと婚約させる為とは言えないのだ。それは、クラリサを当主とする目的があったから。それがここで明確にされる事だけは避けたい。


 「メルティが熱を出し代わりにクラリサを連れて行った事で、クラリサが聖女になる事になったからです。言い出せなくなったのです」

 「言い出せなくなったのはわかった。だが、そもそもなぜ、代わりが必要だったと言うのだ」

 「も、申し訳ありません。連れて来いと言われ連れて行かなくてはと、だがメルティは熱を出している。クラリサも王城に行ってみたいと言うので、軽い気持ちでした」

 「関心しないな。人の手柄を奪うなど」

 「そ、そのようなつもりはなく……」


 イヒニオの言い訳は苦しかった。ラボランジュ公爵夫人達や陛下、ルイスからも冷たい視線が突き刺さる。

 ファニタも、恐縮し居たたまれない気持ちになっていた。


 「それで、間違いを正そうと思う事はなかったのか? 偽物を聖女として発表する事になるのだぞ」


 陛下の言葉に、クラリサがピクリと体を揺らし反応する。自分が偽物だと言われたからだ。


 「それは、メルティも納得して……」

 「そうなのか?」

 「いいえ。納得などしていません。私は、三人を説得していたのです。ですが叶わず、なのであの池の時にそれを言おうとしておりました」


 イヒニオは、青い顔つきで俯いている。ファニタも同様に顔色が悪い。

 クラリサだけが、メルティを睨みつけていた。まだ自分が置かれている立場を把握しきれていないのだ。


 「そう言えば、メルティ嬢に虚言癖があるとクラリサ嬢は言っていたが、相違ないか?」


 陛下に問われ、イヒニオは驚きの表情をする。いつそのような事を誰に述べたのかがわからない。なので、言い訳がすぐに出てこなかった。


 「いえ、そのような事はないかと……」

 「では、そなたがクラリサ嬢にそう言えと言ったわけではないのだな」

 「はい……」

 「クラリサ嬢、なぜあのような嘘をついた」

 「それは……メルティが自分が聖女だと言おうとするから。そういう事にするしかなかったのです!」


 白状したものの、クラリサの態度はその事が悪かったと思っている様には見えなかった。あの状況では、仕方なかったのだからと。

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