第42話
「とても残念だ……」
陛下がため息交じりにそう言うと、きりっとし直し兵士に言った。
「証言者を入れよ」
「っは」
驚くイヒニオが振り向くと、入って来た人物を見て目を丸くする。
「名を述べよ」
「はい。カミロ・アールと申します」
「職業は?」
「レドゼンツ伯爵家で執事長をしております」
「では、レドゼンツ伯爵が事故を未然に防ぐ事になった朝の事を話せ」
「はい」
アールは、頷く。
イヒニオは、思い出す。あの場にアールがいた事を。いや、彼がメルティの話を信じろと言ったのだ。
「あの日、メルティお嬢様が馬車に乗り込もうとする旦那様に、黒い馬車には乗らないで欲しいと告げたのです。メルティお嬢様は、屋敷からほとんど出た事がなく、旦那様が仕事で使う馬車など見た事がないはずなのに、そう言ったのでございます。僭越ながら信じて差し上げる様に、私からもお願い申し上げました」
「お前は、我が家の使用人だろうが! なぜあちらの味方をする!」
「あちらとはどちらでしょうか。私は、問われた事に応えたまででございます」
「う、嘘を言うな。メルティを聖女にする為に頼まれたのだろう!」
「誰がそのような事を頼むと言うのでしょうか」
「だからそこにいる、ラボランジュ公爵夫人にだ! 前から知り合いだろうが」
そのラボランジュ公爵夫人から大きなため息が聞こえる。
「見苦しいですわ」
「な、何だと」
「一つ、お聞き致しますが、なぜメルティ嬢を聖女に仕立て上げなくてはいけないのでしょうか」
「それは、ルイス殿下と婚約する為だ」
「おや。聖女にならないと婚約なさらないのですか?」
「いや、そうは言ってない」
ラボランジュ公爵夫人が問うと、ルイスではなく陛下が答えた。
「いえ、さ、先ほどそうおっしゃったではありませんか」
「どなたがです?」
ラボランジュ公爵夫人がわざとらしく首を傾げ聞く。
「それは……」
聖女であるメルティと婚約したいと言ったと聞いたが、聖女でなければ婚約させないとは言っていない。
「何か勘違いをしているようだな。私は、どちらが聖女かはっきりさせようと言ったのだ。そうして欲しいとルイスが言ったのでな」
「では、その為にアールをお呼びになっていたのですか。最初からわかっていたのに……」
証人に呼んだという事は、あの朝の出来事がすでに伝わっていたという事だろう。
騙されたという顔つきで、イヒニオが言うが、「いいや」と陛下は否定した。
「彼は本来、次の議題の為に呼んでいた者だ。さて、今の言葉を肯定受け取ってよいな。メルティ嬢が予言をしたという事でな」
「そんな……アール、裏切りよ」
「そう申されましても、真実を述べたまでです」
クラリサに責められアールは困った顔をする。
「静粛に! 次の審議に移る。12年前に契約をした事についての審議だ」
「何ですって! 本来の目的はそれだったのね!」
ファニタが、ラボランジュ公爵夫人に向けて言う。
「本来と言われましても。確かに私が申請しましたが、これだけですわよ。聖女の件は、私ではありませんわ」
「最初に述べた様に、どちらが聖女か確かめるように頼んで来たのはルイスだ。繋がりがありそうなので、一緒に審議する事にしたのだ。さて、イヒニオ・レドゼンツよ。そなたが、レドゼンツ伯爵として名乗る条件は何だ。述べてみよ」
突然名指しされ、イヒニオは一瞬固まった。
先ほどとは違い、契約違反を企んでいたとなれば罪に問われる。
今頃気が付いたのだ。召致の文章には、メルティに関わる事の真偽を問うと書かれてあったのだ。聖女の件は、前触れだろう。それにイヒニオは気づけなかったのだ。
「どうした。覚えておらぬか」
「いいえ、覚えております。メルティを当主となるよう教育し育てる事です」
「うむ。それが大前提だ」
陛下が、大きく頷く。
「待って、それってどういう事? メルティは、養女ではないの? 意味がわからないわ」
クラリサが、愕然としイヒニオに問う。
「よく思い出してみなさい。あなたは、あの屋敷へ引っ越して来なかったかしら?」
そう尋ねたのは、ラボランジュ公爵夫人だ。
「引っ越し……」
おぼろげながら覚えている。突然妹が出来た事。大きなお屋敷に移った事。
「え……」
なぜ引っ越しして、屋敷が大きくなったの?
「これから審議してわかる事だから先に教えておくわね。メルティが当主になれば、元の男爵に戻るのよ。あなたの父親は、母親の家に婿入りしているの。わかったら大人しくしていてちょうだいね」
「う、嘘よ……お父様、お母様?」
クラリサが、嘘だと言って欲しいと二人を見るも、二人は俯く。それは、ラボランジュ公爵夫人が言っている事が正しい事を意味する。
ラボランジュ公爵夫人は、いつも騒ぎ出すクラリサに、進行の邪魔をさせないように釘を刺したのだ。
「さて、では、ちゃんとそれが行われていたか、証人から聞くとしよう」
陛下はそう言うと、先ほど入って来たアールに向き直るのであった。
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