第39話
「な、なんという事だ」
イヒニオは、青ざめ震えだす。
メルティのデビュタントを終えた翌日に召致の通達が届いたのだ。早すぎる。午後には行かなくてはいけない。
メルティは、結局ラボランジュ公爵家に泊まる事になり、きっとそこから向かうのだろう。クラリサも名指しされており、連れて行かなくてはいけない。
「いいかクラリサ。問われた事以外は、口にするな」
「お、お父様。どうして……本当にルイス殿下が告発したのですか? メルティが話したのでしょうか」
「いいや。あの様子を見ると、メルティは話していないだろう」
「ではどうしてバレたの?」
クラリサの問いに、無言で二人は彼女を見つめる。
きっと何だかのクラリサの行動が目についたに違いない。
「な、なに? 私のせいだと……」
クラリサは今にも泣きそうだ。
「いいや。今はそんな事を言っても仕方ない。いいか。お前は、熱を出したメルティの代わりに行っただけ。それ以外はわからないで通すのだ。いいな」
こくこくと、クラリサは頷く。
下手な事を言えば、それを突かれる可能性がある。
こうして、何の準備もないまま、イヒニオ達は裁判へ挑む事になった。
◇
「あの、本当にこれを着て行ってもいいのですか?」
さすが公爵家。用意されたドレスは、デビュタントに来たドレス並みに立派だった。だが、おとなしめのデザインなので、悪目立ちはしないだろう。
「当たり前よ。あなたの為に用意したドレスよ。この前、サイズを測ったでしょう。それで数着作っておいたのよ」
「え?」
嬉しそうに言うラボランジュ公爵夫人。
メルティもあのドレスを作らせた本当の目的が、姪のドレスをこっそりと用意して送る為だったとは気づいていない。
「あぁ、楽しみね。他のドレスも着てちょうだいね。そうね、ルイス殿下とデートの時でも」
「え! で、デート……」
ポッと、メルティが顔を赤らめる。
可愛い反応を見せる彼女を優し気にラボランジュ公爵夫人は見つめた。自分の娘として育てていれば、メルティに苦労させなかったのにと思うも、今更だ。
それにこれは、メルティの当然の権利なのだ。
「はぁ……。母上、あまりからかったら、ルイス殿下に何を言われるか」
「あら、私はルイス殿下とは同志ですもの」
「……そうですか」
なぜか納得するマクシムだった。
「あの、マクシム様にまで付き添って頂き、申し訳ありません」
「いいや。僕も召致されたからね」
「え! そうなのですか。ますます、ご迷惑をかけもうしわけありません」
「迷惑だなんて思っていないよ。それに気づいている? 僕達、ハトコだから。もう少し、気楽でいいよ」
「………」
こくりとメルティは頷くも、ピンとこない。
ラボランジュ公爵夫人が叔母なのだからそうなるのだろうけど、公爵家と親族だと言うのが信じられないでいた。
公爵家は何もかも違った。
泊まった部屋は自宅にはない立派な部屋で、料理も逸品。
何より、ラボランジュ公爵夫人やマクシムなど、公爵家の皆との食事は楽しかった。
思い返せば、朝食はイヒニオが仕事に出かけるので、先に食べる為、別々に取りましょうという事になっていた。なので好きな時間に取っていたが、たまにファニタやクラリサと一緒になる事もあったが、その時はいつも二人が一緒にいたのだ。
二人は、いつも一緒に食べていたのだろう。
体が弱いから散歩程度しか許してもらえず、買い物についていったことなどない。
クラリサだけ連れて行っていた。自分が体が弱いからだと思っていたから、おかしいなど思った事もなかったが、今思えば自分の娘にだけ買い与えていただけだったのだ。
イヒニオが買って来る時も、二人に買い与えている様に見せていたのは、メルティにではなくアールにだろう。同じ扱いをしているとアピールし、こっそりとクラリサにだけ別に買って与えていた。
教育も最低限でも、クラリサが跡を継ぐと思っていたから何も不思議に思わずにいたのだ。もちろん、教師も。
そして、メルティが自分達に逆らわない様に、マインドコントロールしていたのだ。
姉のクラリサは優秀で、メルティは無能で出来損ない。
口答えをさせず従う様に躾けた。愛情を与えている様に見せて、実は見せかけだけだった。
それに気づいたのは、リンアールペ侯爵夫人の教育を受けてからだ。一般的な常識を習い、自分の置かれている立場に違和感を覚えたのは。
そして、クラリサが取る態度が姉が取る態度ではないと気が付いた。両親が、自分を愛していないと気が付いた。
なぜ、どうしてが、どんどんと膨らんでいく中、自分が養女だと知らされた時のショックは計り知れない。
だが、リンアールペ侯爵夫人やラボランジュ公爵夫人のお陰で、頑張れた。
(今まで両親だと思っていた叔父や叔母と対立するのは怖いけど、私にはラボランジュ公爵夫人がついているわ。きっと大丈夫)
ラボランジュ公爵夫人が、そっと何も言わずメルティの手を握る。
思いつめた表情をしていたからだ。
ラボランジュ公爵夫人が大丈夫だと頷けば、メルティも頷いた。
二人は、目の前の王城を見上げる。決戦の時は来た!
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