第29話

 話は弾んでいたが、クラリサの気分は沈んでいた。早く帰りたい。それだけを思ってその場にいた。いつもそう思って過ごしていたのは、メルティだ。だがその事にクラリサは気づかなかった。


 彼女達が言った事は事実だがわざと行った事で、惨めな思いや悲しくやるせない気持ちになる事を知ってもらう為だった。

 惨めな思いを知ったクラリサだが、貶めるようなその行為を悔い改めさせるまでには至らなかったようだ。


 「今度は、乗馬に招待するよ」

 「ありがとうございます。でも、乗馬は嗜んだ事もなくそのような服装も持ち合わせておりませんので……」

 「心配はいらないよ。服はこちらで用意するのでどうだろうか」


 ルイスが優しく問いかける。


 「では……」

 「メルティは、体が弱いのでそのような事は無理だと思いますわ。見学が宜しいかと。私も嗜んだ事はございませんが、お受けいたしますわ」


 もちろん、クラリサも誘うつもりではいたが、メルティの言葉を遮るように言って来るとは思っていなかった周りは、ため息をつきたくなった。伝わっていないと。


 「そうね。では、私もお付き合い致しますわ。これでもルイスに負けないぐらいなのよ」

 「姉上は、じゃじゃ馬だから……」

 「何か言ったかしら?」

 「いいえ。姉上の言う通り私は敵いません」

 「もう」


 楽しく笑い合う雰囲気の中、一人だけつまらない顔つきのクラリサだった。

 面白くない。いつもの様にいかないクラリサは、すでに限界に来ていた。


 「話も決まったようですし、体調が優れませんのでお暇させて頂きますわ。メルティ、帰りますよ」

 「え、はい。皆さま、今日は楽しい時間をありがとうございました」

 「そう。もう少しお話したかったけど、体調が優れないのでは仕方がありませんわね。お大事にしてくださいね、クラリサ嬢」

 「ありがとうございます。メーティム嬢」


 挨拶もそこそこに、クラリサは去ろうとする。

 メルティは、慌てて深々とお辞儀をし、非礼を詫びる。

 ルイスがまだ何も言っていないからだ。


 「大丈夫。怒ってないから。クラリサ嬢が待っている。また今度ね」


 『またね』クチパクだけでラボランジュ公爵夫人が告げる。


 「失礼します」


 メルティもその場を後にした。



 「何が、お大事によ! 絶対にそう思っていないでしょうに!」


 馬車の中で、不満を口にするクラリサ。

 それに何も言えずにいるメルティ。


 「あなたも何なの?」

 「え?」

 「立場をわかっているの? あなたはが登城しているのは、私の為よ。ルイス殿下の事を予言してもらう為に仕方なく連れて行ってあげているの! 本来ならあなたなど、行けるわけないでしょう!」


 クラリサが、怒りで馬車の中でとは言え大声で叫ぶ。もし万が一に御者の耳にでも入れば、自分が聖女ではないという事が知れると言うのに。だがクラリサは、それに気づいていない。


 「あなたがやる事は、私を立てる事よ。なのに、何のんきに楽しんでいるのよ。しかもあなたのお陰で、恥をかいたわ!」

 「え……」


 きっとドレスの事を言っているのだとうと思うも、それはクラリサが選んだものだ。普段も登城する時は、ファニタが選んでいる。自分では選ばせてもらった事などない。まあ選べるとしても、着古したドレスには違いないのだが。

 理不尽だと思うも言い返せば、更に激昂するに違いない。


 「何睨んでいるのよ」

 「別に睨んでなど……」


 つい言い返した途端、左頬に激痛が走った。叩かれたとわかりショックを受ける。

 今まで、怒り狂ったとしても叩かれた事などなかった。

 左手を頬に添え泣き出したメルティを見てやっと、怒りが収まってきたクラリサは言う。


 「リンアールペ侯爵夫人に習っているからと調子に乗らない事ね。乗馬は自分から見学すると言うのよ! いいわね!」

 「………」


 泣きながら馬車から降りる姿に、皆が驚く。何が起きたかは見ればわかる。クラリサが叩いたのだと。


 侍女のセーラに冷たいタオルをもらい、頬を冷やす。


 「メルティ。少しいいかしら」

 「………」

 「クラリサに言って聞かせたわ。安心してもう叩かれる事はないから。いい? これは家のもめごと、姉妹喧嘩よ。みだらに人に言わないのよ」


 クラリサに謝らせると言う言葉はなく、遠回しにリンアールペ侯爵夫人に言うなと言って来た。メルティは、頷く。それしかできなかった。

 養女だと知らない時はきっと、ファニタが叱ってくれたのかもと思っただろう。だがそれはない。きっと叩いた事が知れるから叩くなと言ったのだろうと。


 「お母様、お姉様は何とおっしゃっておりました?」

 「……恥をかいたと言っていたわ。あなた、リンアールペ侯爵夫人に言われていたのではなくて。教えてくれればよかったのに」


 ファニタは、ドアを開けつつ答えた。

 何を言われたか聞いただけで、文句が帰って来て本当に愛されていないと確信に至る。


 「そう。お母様は気づかなかったのね。今日言われて帰って来るまで」

 「な……。ドレスなど人それぞれでしょう!」


 バタンとドアを閉めファニタは出て行った。

 ファニタもメルティに嫌味で言い返されるとは思っていなかったのだ。


 (ラボランジュ公爵夫人がお母様だったらよかったのに)


 厳しくも優しい貴婦人。リンアールペ侯爵夫人より憧れる人。もし叶うなら、ラボランジュ公爵邸で侍女として雇ってもらえないだろうか。

 そう密かに思うメルティだった。

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