第24話

 バシャ。


 「どうなさいました。洗面器の湯が熱かったでしょうか?」


 洗面器から勢いよく右手を出したメルティを見て、侍女のセーラが驚いて聞いた。

 翌日の朝。いつもの予言の時間儀式で、驚いただけだ。


 「え? あ、いえ。だ、大丈夫よ」


 メルティは、少し同様していた。

 予言が思ってもみなかったモノだったからだ。

 ルイスとダンスをする自分メルティの姿だった。


 (どういう事? もしかして、今日のダンスの相手ってルイス殿下なの? 王城へ行くのかしら)


 今日は、リンアールペ侯爵夫人が迎えに来てダンスの練習に行く。集中して行う為に、この屋敷の外で行うと言う。

 クラリサの話では、リンアールペ侯爵夫人宅に行く事になっていたはず。ルイスを招待したのだろうか。二人が、いえ、リンアールペ侯爵夫人が王家と親しいとは思わなかったメルティは、驚く。


 (どちらにしても行ってみればわかるわ)


 その後、支度を終えたメルティをリンアールペ侯爵夫人が迎えに来た。家族全員でお出迎えをする。


 「おはようございます。今日は朝から娘にご指導頂けるとはありがとうございます」

 「まあ、今日のドレスも素敵ですわね。侯爵夫人」


 イヒニオやファニタがペコペコして、リンアールペ侯爵夫人のご機嫌を伺う。


 「ありがとうございます。では、行きましょうかメルティ嬢」

 「あの、侯爵夫人。ご相談なのですが、もう一人の娘、姉のクラリサもダンスのご指導をお願いできないでしょうか」

 「も、もちろん、代金はお支払いいたします」


 ファニタがお願いすると、すかさずイヒニオが代金を支払うのでと付け加えた。


 「申し訳ありませんが、前にも言いました通り彼女には、教える事はできません。参りますよ、メルティ嬢」

 「あ、はい。行って来ます」


 メルティが乗り込む姿を呆然と見つめる三人。

 ルイスにお誘いを受けたという報告を聞いたイヒニオ達は、それならリンアールペ侯爵夫人の条件もクリアしたのではないか。そう思いクラリサを連れて行ってもらおうと考えた。


 もちろん、パーティーに参加しているクラリサの方がメルティよりダンスは上手い。

 ダンスを見れば、クラリサの方が優秀だと思うに違いない。これを機に一緒に授業を受けられるかもしれないと、甘い考えをしていたのだ。


 「どういう事? 連れて行ってくれるはずだと言ったよね」


 クラリサが、悔しそうに言う。


 「きっと、ルイス殿下との事はまだ、耳に入っていないのよ」

 「そうだな。次回はきっと連れて行ってくれる」

 「そうよ。メルティは、触りを少し習っただけだもの。ずっと踊っていないのだし、教えるのに値しないとすぐに帰って来るわよ」

 「でもメルティだけ、リンアールペ侯爵夫人宅にお呼ばれするなんんて許せないわ!」


 自分を差し置いて、養女のメルティがリンアールペ侯爵夫人の授業を受けるだけでも許せないのに、その彼女の家にお呼ばれされたのだ。正確には、ダンスをする為に招かれたのだが、クラリサにすれば一緒だった。


 「そもそもお父様がいけないのよ。確認もせずにサインをなさるから!」

 「な、何を言う。どちらにしても、サインをしないわけにはいかなかったんだ」


 気づかずに契約書にサインをしたとは言え、気づいたとしてもラボランジュ公爵から紹介されたリンアールペ侯爵夫人を断る事などできるはずもない。

 気が付いて出来たとすれば、クラリサも一緒にと言う事だろう。

 しかしそれも、きっぱりと断られている。


 連れて行ってもらえると思ったクラリサは、張り切って身支度をした。それはもう、ダンスパーティー行く恰好だ。

 メルティは、いつもと同じく着古したドレス。

 気合からして違うはずなのにと、クラリサは地団太を踏む。


 「まあ、おちついて、クラリサ。おしゃれをしたのだもの、今日は買い物でも行きましょう」

 「……そうね」


 では少し休んでから出発しようと、屋敷の中へと三人は戻っていくのだった。



 「メルティ嬢、お尋ねしたいのですが、クラリサ嬢が着ているようなドレスはお持ち?」

 「え?」

 「いつもそのような、ドレスよね」


 ジッとメルティを見つめリンアールペ侯爵夫人が問う。

 リンアールペ侯爵夫人も気づいていた。このドレスは、クラリサからのお下がりなのだろうと。流行も全然合っていない。かなり古いものだ。


 「えーと……」

 「いいえ。結構よ」


 答えづらそうなのでそう言えば、メルティはシュンとして俯く。

 三か月後にデビュタントだと伝えているのにも拘らず、イヒニオ達はメルティにデビュタント用のドレスを用意している気配がない。

 一つ上の姉は、可愛がっているというのに。やはり自分の子ではないからか。


 ラボランジュ公爵夫人から依頼を受けた時に、彼女の境遇は聞いていた。だから夫妻の様子を見て来てほしいと頼まれた事も承諾した。

 病弱だと聞いてはいたが、今は至って健康に見える。厳しく指導したが、具合が悪くなったことなど一度もない。

 彼女の事が不憫に思えて来た。必ずやデビュタントを成功させてあげたくなったのだった。

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