第12話

 池の水面に映し出された映像は、今までは静止画だったが動いている。


 ――クラリサが、ハッとして振り返る先に、鈍い緑色の髪の少年が現れ、何やら言っている。音は一切聞こえない。

 そして、何かを叫びながらクラリサが、池に身を投げた!――


 「緑の髪……」

 「大丈夫かい? 立てる?」


 そう言ってマクシムがメルティに手を差し出す。

 彼の声に、メルティはハッとする。そして、映像の少年が現れる先に振り返った。

 そこには、鈍い緑色の少年がた立っている。


 「これはどういう状況?」


 そう少年は訊ねて来た。


 「ルイス殿下……違うのです。メルティが……妹が嘘をいうものですから」

 「嘘を言ったからと、突き飛ばすなど淑女としていかがなものかな」

 「それは……」


 マクシムがそう言うと、クラリサは口ごもる。


 (あの方が、ルイス殿下……)


 「というより、権力を振りかざすのと威厳を示す事は違う。君の場合は、どっちだ?」

 「………」


 さらにマクシムに言われるとクラリサは、胸の前で手を合わせ指を絡め握る。祈りのポーズをして、首を横に振った。


 (あの動作は、させない!)


 「私が聖女なのよ!」


 メルティは立ち上がった。

 クラリサは、池に飛び込もうとする。映像通りだ。


 「「あ!」」


 ルイスとマクシムの声が重なった。

 バッシャーン!

 池に落ちたのは、メルティだ!


 「え……」


 メルティに引っ張られ池には落ちずに地面に尻餅をついたクラリサは唖然とする。

 代わりに、止めたメルティが池に落ちたからだ。


 「マジかよ」


 マクシムが、上着を脱ぎ捨てた。


 「誰か!」


 ルイスが声は張り上げる。警備の者を呼んだのだ。

 マクシムがメルティを助ける為に池に飛び込み、彼女を引き上げる。


 「大丈夫か」


 メルティは、咳き込みながら頷いた。


 「なぜ池に飛び込もうとなど」

 「聖女だと信じてもらいたかったから……」


 両手で顔覆い、クラリサは泣く。

 あの場で、切り抜けるのにはそうするしかないとクラリサは思った。池に飛び込んだとしても、すぐに助け出されるだろう。

 死のうとしたとなれば、メルティではなく自分の言い分が正しいとなると打算的な考えの行動だった。


 「とりあえず、二人とも、いや三人共着替えた方がいいだろう。父上に伝えてくれ。それと、着替えの用意を」

 「っは」


 二人の兵士がルイスに一礼すると去っていく。


 「二人を」

 「失礼します」

 「きゃ」

 「僕はいい。歩ける」


 メルティは、兵士にお姫様抱っこで抱き上げられる。


 「あの、歩けます」

 「いいから大人しく抱っこされていろ」


 マクシムがそう言えば、「はい」とメルティが大人しく従う。

 それを顔を上げたクラリサが、信じられないと言う顔つきで見ていた。

 聖女である自分は、抱っこしてもらえないからだ。


 「君は歩けるよね。行こう」


 そうルイスに言われ、よろっとクラリサは立ち上がる。

 計画が台無しにされた!

 クラリサは、そう思うと悔しくて仕方がない。本来なら自分が抱っこされ心配されていたはずだ。


 「クラリサ嬢、悪いけど、婚約の件は考えさせてもらう」

 「え……なぜですか」


 驚いて言うと、ルイスが歩みを止めクラリサに振り返る。


 「聖女かどうか以前に、君の素養の問題だよ」


 そう一言いうと、また歩き出す。


 「待って下さい。あれは……」

 「君、メルティ嬢が池に落ちても心配した様子を見せなかったよね」

 「………」


 そう言われクラリサは俯く。

 言われた通り、心配などしなかった。死ぬことはない。助け出される。そう思ったから。いや、そう思っていたからこそ、飛び込もうと思ったのだから。

 それよりも、止められた事に驚いていた。

 メルティの近くに居たマクシムさえも突然の事で動けなかったのに、メルティが止めに入ったからだ。

 まるでわかっていた様に――。


 クラリサは、ハッとする。

 メルティが予言を見たに違いない。それで、自分の行動を止めたのだ。

 普段は、使用人のつまらない予言しかしないのに、こういう時に限って邪魔してくる。それと同時に妬ましくも思った。


 予言さえ見えれば、本当に未来を変えられるのだと。

 なぜ自分ではなく、メルティなのだ。

 クラリサは、少し先に行く兵士に隠され足先しか見えないメルティを睨みつける。


 城に戻ると大騒ぎになった。幸いなのは、他の貴族の目に晒されなかった事だろう。


 「大丈夫なの。池に落ちたと聞いたけど」


 ファニタが、心配する母親の演技を見せる。


 「二人とも無事でよかった。池に落ちたと聞いて生きた心地がしなかった」

 「え……」


 イヒニオも心配する父親の演技をしてみせた。

 その姿に、クラリサは呆然とし、メルティは白ける。

 いつもなら、恥をかいたとメルティを叱っていただろう。そして、聖女のクラリサが無事でよかったと二人に抱きしめられていたはず。

 だが、そんな姿を陛下の前で晒すわけもなかった。

 陛下は、濃い紫の髪でアーセンと似た容姿だ。


 「とにかく、二人は湯を浴びなさい。風邪をひく。クラリサ嬢は、ドレスを着替えるといいだろう」


 クラリサは、陛下の言葉にも耳を疑った。

 自分も汚れた姿なのに、着替えだけなのだ。

 クラリサは、聖女になってちやほやされると思っていたのに、特別になったと思っていたのに。どうしてと悔しくなった。


 「わ、私も泥だらけだもの。湯を浴びたいわ」


 ぽつりとクラリサが言うと、一斉にみんなが驚いた様に振り向いた。


 「その前に言う事はないのか」


 ルイスにそう言われるが、何を言えばいいのかクラリサはわからない。


 「ご迷惑を掛けてごめんなさい」


 そう言ったのは、クラリサではなくメルティだった。

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