第2話 神子様

 気が付くと見知らぬ場所にいた。

 目の前には大きな溜め池と、小さな小さな家のようなもの。それから薄桃色の花がたくさん咲く大きな木がある。ハラハラと落ちる花びらが綺麗だと思った。


「ここは……どこかしら……」


 最後の時、神官が言った『貴方様のこれからが幸多からんことを』という言葉。彼は儀式のあと生贄がどうなるか知っているのだろうか。過去、生贄にされた聖女達もここへ来たのだろうか。


「おい、あんた神子様か?」


 考え込んでいたら後ろから突然声を掛けられた。驚いて振り向くと、見慣れない服を着た男性が立っている。歳は、私とそう変わらないだろうか。


「神子様なんだろ?」


「違います」


 もう一度尋ねてくる男性に、今度こそ返事をする。私は『ミコ』ではない。名前はアンリだし、他に呼ばれるとしたら聖女という肩書だけだ。


「えぇーっと、いやあんたは神子様なんだよな。俺ら的には。でもあんたは自分が神子様だと思ってないみたいだ」


「何を仰っているのか、よく分からないのですが」


「だよな。悪い。……でもとにかく、ここにそのおかしな格好した女の子がいたらそれは神子様で、俺ら村のもんが保護するって昔から決まってんだよ」


 『そのおかしな格好をした女の子』そう言われて自分の身体を見下ろすと、目に入る生贄の聖女が見に纏う衣装。これを着た女性がこの場所にいたら保護すると昔から決まっているということは……。


「もしかして、50年おきに女性がここに現れるんですか?」


「そうだ」


「その女性を保護してくださる集落があると?」


「そうだ。50年前に来た神子様のとこに連れてくから、怪しいだろうけどついて来てくれるか?」


 50年前の聖女様? そんなことがあり得るのだろうか。人間は長くても60年程しか生きられない。50年前に生贄となったのなら、少なくとも65歳にはなっているはずで……普通に考えれば生きているはずはないのに。


 疑問に思いながらも男性について行く。そうするしかないからだ。自暴自棄であるとも言える。見知らぬ男性について行くなど、これまでの自分なら絶対にしないと断言できる。

 男性に促されて白くて大きな乗り物に乗り、シートベルトというものを装着する。ダンプに乗せるのは女性には少し身体に負担かもしれないと言われたが、その揺れは馬車に比べて直接的ではない分マシだと思ったし、ものすごいスピードで大小、色も様々な乗り物が行き交う様には素直に驚いた。


「俺は和也っていうんだ。カズでいい。あんたの名前は?」


「アンリ・ヴァンタービルと申します」


「アンリ、ヴァン……? まぁいいや、アンリな。名字がとんでもない割に名前は日本人ぽくて呼びやすい」


「にほんじん?」


「今いるのが日本って国で、住んでる俺らは日本人。あんたの見た目は整っちゃいるが髪も目も茶色だし悪目立ちはしねぇと思うぜ。先代の神子様は金髪だし目も緑色いしで、50年前のこんなクソ田舎では目立ちまくってただろうな」


「なるほど……」


 なにがなるほどなのか分からないがとりあえず相槌を打っておいた。髪や目の色で目立つだとか目立たないだとか、あまり理解ができない。茶色は目立たない色で、ブロンドは目立つらしいけれど……男性の顔をちらりと伺うと髪も目も真っ黒だ。まさか誰も彼もが黒髪に黒い目だったりするのだろうか。


「よし、ここだ」


 男性はそういうと乗り物を止めて、降りてしまう。私はシートベルトというものの外し方も分からず慌ててしまったが、私の側にあるドアを外から開けてくれて、シートベルトも外してくれた。


「降りられるか? 高いだろ」


「えっと、」


「少し触れるぞ」


 決して降りられない高さではなかったが、どこに足を掛けようかとかんがえている内に男性が私の背と膝下に手を回してヒョイと持ち上げられてしまった。


「こっちだ」


 面食らっている内に降ろされて、すぐさま離れていく。これが文化の違い……。男性が女性を抱き上げるなんて、夫婦か婚約者じゃない限りありえないわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生贄公女は愛を知らない 千環 @-_-chiwa-_-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ