生贄公女は愛を知らない

千環

第1話 生贄の聖女

 この国では癒しの魔法を使える女性を聖女と呼び、大切にする。単に怪我や病気を癒せるからだけではなく、50年に一度、聖女が生贄となることで、国の周辺に出没する魔物が減少するからだ。生贄の儀式を行ってから50年もすると魔物が増え始め、また儀式を行うことで減少する。聖女一人の命で、国民全ての安寧を得る。そのため、聖女は国から大切にされるのだ。


「私は絶対に嫌よ!! 生贄になるのなんてお姉様でいいじゃない! どうして私なのよ!?」


 生贄に選ばれた妹が喚いている。


「生贄の聖女は魔力が多くないとなれない。アンリでは無理だ」


「でもリノアが生贄なんて! どうにかしてアンリに変更できないんですか!?」


「教会が決めたことだ……国王も認めている。勝手をすれば当家は爵位を剥奪されてもおかしくない。どうしようもないんだ」


 母親が私を身代わりにしようと訴えている。父親がそれを家のためだけに否定している。


「そんな! 私はまだ16よ!? 死にたくないわっ!!」


「リノア!」


 泣き喚きながら去って行く妹を母親が追う。私はただそれを見ている。父親はそんな私を忌々しげに睨んでくる。


「お前にまともな魔力量さえあれば、リノアを失わずに済んだものを」


 この人は何を言っているのだろう。私に魔力がもっと多くあったなら、そもそも妹だけを偏愛することもなかったのでは? それとも、私が愛されないのは魔力が少ないせいだけではない?

 何も言わない私に苛立ったのか、父親は舌打ちをして去って行った。

 生贄の儀式は一ヶ月後。それまで、いや、それ以降もこの家で私はどんな顔をして過ごしていればいいのだろう。結婚して出て行くことが決まっていることだけが救いだと思った。



 ヴァンタービル公爵家は、優秀な魔法士を多く輩出する名家だ。多属性魔法を扱う才能と魔力量。それらを当たり前に持って生まれてくるはずのヴァンタービルに、魔力をあまり持たない私が生まれた。

 父は母の不義によるものだと言い、母は矜持を傷付けられ私を憎んだ。2年後に生まれた妹がヴァンタービルに相応しい子であったことで、二人の関心は妹だけに向き、私は家のお荷物となった。


 しかしそんな私にも、15歳の時に婚約者ができた。とても優しく、穏やかで、彼と一緒にいる時だけは笑うこともできていたように思う。

 だから、あと少し我慢をすればいい。彼のもとに嫁ぐまでだけ。



 ……そんな風に思っていた私は甘かったのだ。母親の私に対する憎しみや、妹から見た私という存在の軽さを分かっていなかった。


「早く着替えなさい。もうすぐ教会の者が来てしまうわ」


「これは、生贄の聖女の衣装ではないですか。これを私に着ろと?」


「お姉様が顔を隠して儀式に出ればいいのよ。そうしたら私は不本意だけど、お姉様として生きていくわ。死ぬよりはマシだもの」


「私として、って……どうやって」


「フリオ様は受け入れてくれたわ。お姉様より私の方がいいって、あちらの家も思ってる。ヴァンタービルの落ちこぼれなんかより、私を嫁にしたいってね。口止めもしているわ。もうお姉様が行くところはないの」


 フリオ様……あぁ、そうか。もう、私が生きている意味なんてないのか。唯一の希望だった婚約者にもいらないと言われてしまったなら、私はもう本当に誰からも必要としてもらえない人間だ。

 頭がぼーっとする。失望しているというのに涙も出ない。母と妹が無理矢理に服を着替えさせてくるが抵抗する気も起きない。

 私は無気力のまま、母と、私の振りをした妹に連れられ、教会に引き渡されて、生贄の聖女になった。



「リノア・ヴァンタービル公爵令嬢ですね?」


「……はい」


 全てがどうでもよくなった。

 もし私がリノアでないことが教会にバレたとしてもどうでもいいし、それで私が処罰されようともどうだっていい。どうせ死ぬのだから。


「今から儀式を行うため、神殿の奥を抜けて聖域へと参ります。ついてきてください」


 言われた通りについて行く。前後左右に教会の神官が配置されているのが煩わしい。逃げたりなんかしないのに。

 進めば進むほど、空気中の魔素が濃くなっていくのを感じる。人間は魔素を取り込んで自分の魔力に変換し魔法を行使する。その変換した魔力を体内に蓄積させておける量を一般的に魔力量と表現している。しかしこれほどの魔素が空気中にあれば、魔力量など大して意味がない。魔素を取り込み変換し続ければ魔力は尽きないのだから。


「ここが聖域です」


 あまりの魔素の濃さに、身体が軽くなったような気さえする。祭壇の中央まで連れて行かれ、人一人が通るくらいの穴に水が溜まっている。澄んでいるのに底が見えない。まさかとは思うが、ここに飛び込めと言われるのではないだろうか。死ぬということは分かっていたけれど、それが溺死だという覚悟はできていなかった。ここへきてさらに苦しんで死ぬなんて……そんな……。

 恐怖心で頭が真っ白になる。


「今から我々が祈りを捧げます。そうしたら聖女様はこちらへ」


 こちらと示されたのはやはり、水の溜まった穴である。私は返事もしていないというのにお祈りが始まった。すると、周りが明るくなるほどに穴が発光し始めた。もしかすると、水に入って溺死するという儀式ではないのかもしれないと思わせる神秘的な光景だった。

 それを見ている内に不思議と恐いという感情が無くなり、水に入っても死なないのではと思えてきた。今なら行けると思ったその時。


「それでは、貴方様のこれからが幸多からんことを」


 お祈りを終えた神官に促され、私は光の中に飛び込んだ。苦しくはない。しかし眠るように自然に意識が遠くなっていった。

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