恋愛適齢期男女のホンネ
柊チヨコ
第1話尾崎莉乃「始まりの水曜日」
ピピピピピ………
シンっと静まり返る部屋の中に響き渡る無機質な電子音。
まだまだ重い瞼はそのままに、音の鳴る方へゴソゴソと手を伸ばす。
(うーーん…)
ピピピッ
なんとか無事に電子音を止めることに成功した。
二度寝したい気持ちをぐっと堪え、エイッ!と体を起こす。
布団から出た時に寒さを感じないのは、春が来た証拠。
カーテンを開けて日差しを浴びると、日差しの柔らかさから春の訪れを感じる。
思いっきり背伸びをすれば、頭も体も少ししゃきっとする。
「あー…朝かぁ…今日は、まだ水曜日か……よし!」
キッチンに移動してポットに水を入れてセット。
赤いボディとオシャレな注ぎ口が特徴的なこのポットは、同期の雫からの誕生日プレゼントだ。
雫はセンスが良いんだよね、服装とか小物とかもさりげなくいつもオシャレで。
そんなオシャレポットでお湯を沸かしている間に洗面台で顔を洗って、歯を磨く。
朝はコーヒーのみ。
最近は、早めに出てカフェでモーニングをとりつつその日の仕事内容を整理してたんだけど、今は訳あってお休み中。
パパっと化粧をして、今日は内勤だからカジュアルめの服装に身を包む。
少しぬるくなったコーヒーを胃に流し込んだら、いざ、会社と言う名の戦場へ出発!!
これが私、尾崎莉乃の一日の始まり。
平日の朝なんて、みんなこんなもんだよね?
朝はコーヒー用のお湯をわかすだけで精一杯。
お洒落なスムージーとかパンケーキとか、憧れるけど…憧れてるだけ。
同期の桜は素敵女子だから、朝からちゃんとしたもの食べてるんだろうな。
あぁ、桜のところにお嫁にいきたい…なんて。
大学を卒業して入社した会社はチョコレートのメーカー。
「私が作ったお菓子で、みんなを笑顔にしたい!」そんなキラキラした気持ちで入社したけど、企画部に配属され働くこと早五年。
正直、目の前の仕事に追われる日々。
従業員数約五百人の、まあまあな規模の会社。
そんな会社へは、家から電車で三駅。
満員電車は嫌だから、混みだす二本前の電車に乗るのがお決まり。
約十分の電車タイム中に、今日の予定をぼんやり思い浮かべる。
(ええっと、今日は午前中に来週予定のプレゼンの打ち合わせが一件と、午後は来年度の新製品開発のキックオフミーティングだったな。)
最近は、プレゼンを任されるようになったり、お客様との商談に同席する機会も増えてきた。
自分でできる仕事の幅が広がるのは、素直に嬉しいし、やりがいも感じてる。
でも、最近忙しすぎる?って思うことも。
残業時間が多すぎて、この前総務からお小言いただいちゃったし。
私自身、あんまり器用なタイプではないことは自覚してる。
時間配分とか、もっと効率的にできる部分はあると思う。
同期の真帆はインテリで仕事もばりばりこなすタイプ。
上司や先輩にもはっきり意見できてカッコ良いなって思ってる。
それに比べて私は……
充実した毎日の中でも、自分と他人を比べて落ち込む時はある。そんなことしたって何にもならないのにね。
でも、情緒が不安定になるのって、やっぱりプライベートが充実してないからかなぁ…と思ったり。
ふと電車のつり革広告に目をやると、「あなたの出会いをサポート!」という結婚相談所の文字が。
恋愛……かぁ。
あれ、最後に彼氏がいたのって………四年前!?
私、もう四年ひとりなんだ。
その事実に驚きながらも、(彼氏いなくても、私生きていけてるしな~)なんて思っちゃう自分もいたりして。
仕事は充実してて、愚痴を言い合えて尊敬できる同期もいる。
たまの飲み会も好きだし、家でのんびりする時間も好き。
チョコレートに限らず美味しいものは大好きだから、いってみたいお店や食べてみたいものは山ほどある。
そんな、割と平穏な毎日。
うん、私結構幸せだわ。
当分はこの幸せの中で生きていこう。
好きな人とか彼氏とか、いつかできるでしょう。
と、そんなことを考えていたらあっという間に降りる駅に到着した。
電車から降りて、会社へと歩を進める。
本当、暖かくなってきたなぁ。
ミントグリーンのスプリングコートは、今の時期にぴったり。
ふふっ、このコート買って良かった。
そんな事を考えながら歩いていると不意に「梨乃!おはよ!」と声を掛けられた。
声がした方を振り返ると、そこには同期・秋山雫の姿が。
「雫!おはよう」
「今日は朝カフェしてないんだ?」
「うん。今日は早めに会社に行って仕事始めようと思って。ほら、残業時間が多くてで怒られたばっかりだから」
「なるほどね」
雫は私の大好きな同期のひとりで、同じ企画部に所属している。
同じ部署とは言っても仕事の内容は全然違っていて、私は商談やプレゼンが多い企画一課だけど、雫は新商品の開発がメインの企画二課。
「午後からの打ち合わせ、よろしくね。一課からは、梨乃指名で入れさせてもらいました」
「新商品のキックオフだよね、任せて」
「もうね、梨乃のマーケティング力にかかってるから。完璧な資料がないと頭の固い経営陣の牙城は崩せないから」
「はいはい、頑張る頑張る」
仕事の話だけど、やっぱり気ごころ知れた人との会話って楽しい。
「あ、今度さ、また四人で女子会しよ。」
「いいね。この前は雫の家だったから、今度は桜の家だね。桜のご飯美味しいんだよね!楽しみ」
「そう!独り身女たちの寂しい日々の愚痴をおかずに、桜の美味しい料理とお酒を愛でるの」
「ちょっ、言い方」
笑い合いながら話をしていると、あっという間に目の前に会社が現れた。
守衛さんに挨拶をしてエレベーターに乗り込んで、三階で降りたら到着!
雫とはお互いのデスクがフロアの端と端だから、ここで一旦お別れだ。
自分のデスクについたら、まずはパソコンのスイッチをON。
お、今日は一番乗りだ。
パソコンの起動中に給湯室に自分のマグカップを取りに行って、コーヒーを淹れる。
会社のうっすーいコーヒー、嫌いじゃないんだよね。
コーヒーを持ってデスクに戻る頃には、だいたいパソコンは立ち上がってる。
社内専用アプリを起動してパスワードを入力。
今日の予定をチェック……あれ?新着で打ち合わせの予定が入ってる。
時間は午後四時。メンバーは…っと、営業部の篠宮係長と松永君、と私?
頭にハテナマークが浮かぶ。
営業部の篠宮係長は、二年前まで企画部で一緒に仕事をしていて、何なら直属の先輩だった人。
当時の役職は主任で、パワフルな仕事ぶりについていくのに必死だったっけ。
ラガーマンみたいな風貌で、笑顔が可愛いクマさんって感じ?頼りになるお兄さん的存在。営業部に異動になるタイミングで係長に役職が変わって、今は営業部全体のマネジメントをしてるとか言ってたっけ。
そんな営業部のエースが松永智也君。入社三年目って聞いたから、私の二歳年下。ぱっちり二重の端正な顔立ちにスラっとしたスタイルのザ・イケメン。一見近づきにくいのかと思いきや、話上手の盛り上げ上手で取引先にも可愛がられるタイプ。噂によると会社内に非公式のファンクラブまであるとか。こんな人の彼女になった人は気苦労が絶えなくて大変そうだな~と他人事ながら思っちゃう。何回か一緒に仕事をしたことはあるけど、なんとなくつかみどころがない感じ?正直そこまで仲良くないかなーって間柄。会ったら世間話はするけどね。
で、こんな二人が私に一体何の件で用があるんだろう?
新規のユーザー獲得の件?それとも…
ま、考えても分かんないから時間までは他の仕事しようっと。
それじゃ、今日もサクサク仕事しますか!!
このミーティングが、それまで平穏に過ごしていた私の生活を一変させることになるとは……この時は全く気付かなかったのです。
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