第86話『そんな種族、あっという間に滅びそうだと思わない?』
俺たちはジョルディについて森の奥へと進んだ。
賑やかな街の通りを進むと次第に家の木は減り、普通の森の木々に変わる。それでも道は真っ直ぐ進んでいて、気づくと俺たちの前には白い城がそびえていた。
街と同じ不思議な木でできている感じがする。でもどちらかというと、鍾乳石に見えた。
その造形は上へと延びる塔の連なる城で、でも人の手による石造りやレンガのような直線的なものではなく、自然とそう育ったような流線形。
エストフェルモーセンの城も塔の多い城だけど、あの建物の角という角を無くして流線的にしたら似るだろうか。不思議な木で出来た街の風景も十分信じられない光景だったけど、こっちはむしろ奇跡のようだった。
太古からの種族エルフのために、鍾乳石が意図を持ってその形を作り上げたような。
更に城の周りには城と同じくらいの高さの木々が生い茂り、まるで白亜の城を空からの視線から守っているみたいだ。あの木々の高さだってあり得ない。
白亜の城は、頭上から射す日と木漏れ日の二つの光を従えて、穏やかにきらきら光っていた。
俺たちは圧倒された。あのキヨでさえ、しばらく言葉を失って立ちつくしていた。何というか、俺たちの知ってる色んなモノが全部裏切られたみたいな建物だった。
「すごい……」
レツが見上げたまま呟いた。うん、すごい。
ジョルディは美しさに圧倒されている俺たちを嬉しそうに眺めて、じゅうぶん時間を取ったあとでそっと促した。
何だか圧倒されすぎて歩みまで鈍くなってしまう。俺たちはぼんやり城を見上げながら近づいた。
歩きながらキヨは胸元から手紙を取り出すとレツに差し出した。
レツはちょっとだけ驚いて、それから拗ねるように唇を尖らせた。キヨは不機嫌そうな顔で手紙でレツの胸を叩く。
レツはしぶしぶその手紙を受け取った。代表者が王に手渡すべきって事なのかな。
「俺、王様にするような礼儀作法、できないよ」
「じゃあ出来るようにしろ」
キヨは小声で拗ねるレツにそう言って、それから先を歩くジョルディに近づいて声をかけた。
彼女はキヨの呼びかけにちょっと振り返る。
「たぶんわかってると思うけど誤解しないで。君が森の入口で出迎えて、その上ここまで連れてきてくれるのって、何か理由があるの? それともそういう仕事?」
ジョルディはちょっとだけきょとんとしてから、にっこり笑った。
「ええ、誤解しないわ。私の仕事は来訪者を迎える事。もちろん全ての来訪者を私が引き受けてるわけじゃないけど、今日はあなたたちだけだと思う。冒険者はモンスターの居ない森には用はないから、やっぱり物好きな旅人じゃなきゃここまで来ないの。それにエルフってね、人が思う以上にのんびりとした種族なのよ」
のんびり? 俺と見合ったままコウはちょっとだけ首を傾げた。
「エルフの食べるものは森で育つ。エルフの持つ自然と調和する力で勝手にね。時には獣や鳥を狩るけど普段はそこまでしない。つまり黙ってても食べ物は出来るの。
それに趣味と言えば歌を歌ったり音楽を奏でたり……装飾品を作ったり美しい武器を作る事もある。物語も好きね。得意なものを交換することで生活は成り立つ。でもそれだけ。それだけで、満足なの。食べ物も満ち足りてやることも満ち足りて、そうやって生きてる」
それから彼女はちょっといたずらっぽい顔でキヨを見た。
「そんな種族、あっという間に滅びそうだと思わない?」
キヨは珍しく驚いた顔をした。それを見てジョルディは面白そうに笑った。
「こんな風に定住しているエルフは持って生まれた魔法の力と、持って生まれた生来ののんびりな気質のお陰で色々足りちゃってるから、する事がないの。仕事……ううん、仕事じゃないわね。だってこんな事しなくてもやっていけるんだもの」
エルフの自然と調和する力が、あの家々やこの城を造ったのだとしたら、日々の糧となる野菜くらい簡単に育っちゃいそうだ。食べる事に困らなければ、争うこともない。
人はエルフを羨ましがるかもしれないけど、エルフのように魔法の力を持って生まれる事はできない。だから、羨ましがるだけで奪おうとはしないだろう。
それは奪えないものだから。だから人々は近づかないんだ。
エルフは完全に人とは違う。
マルフルーメンで会った二人のように、人間っぽく刺激を求める人もいるんだろうけど、それだってエルフ側からの歩み寄りだ。人はその満ち足りた種族に自ら近づこうとはしない。
「太古の昔に比べたら、寿命だって短くなっちゃってる。だからきっと、あとは時間の問題じゃないかって思うわ。まぁ、それでも私の世代でって話じゃないでしょうけど」
「エルフの魔法は人には受け継がれない。人と交わるようになったらエルフの魔法の力は消えていく。人にも魔法を使える者はいるけどエルフには遠く及ばない。守ろうとは思わないの?」
ジョルディは少しだけ笑ってキヨを見た。
「……守りたいとは思うわ。でも人間って魅力的なんだもの。それってエルフが悪いわけじゃないでしょ?」
「エルフの男性じゃ物足りないと」
ハヤが言うとジョルディは楽しそうに笑った。ハヤはキヨの肩を乱暴に引き寄せた。
「キヨリン、ここはガツガツ行っとけばモテモテ間違いナシだね」
「そういうのはお前に任せる」
キヨは面倒くさそうにそう言った。
「でも団長じゃエルフにいそうじゃん。コウちゃんとか絶対エルフに居ないタイプだからモテるよね!」
レツが楽しそうに言うと、コウは呆けた顔でレツを見た。
「……顔が地味って言ってる?」
「眼光鋭いって言ってる」
「おいおい、合コンの帝王と呼ばれた俺が実力発揮する時代が来ちゃったんじゃねー?」
シマが意気揚々と言うと、その他四人が「ないないないない」と同時に突っ込んだ。ジョルディは声を上げて笑った。
「だから、あなたたちを迎えに行ったのも、王との謁見の段取りをつけたのも、私がしたかったからしたの。いつもと違う人達と出会って、いつもと違う事をしたいから。それが楽しみ」
それから彼女はキヨに向き直った。
「だから誤解しないわ、キヨがそう聞いたのは純粋に私を信用したいからだもの。キヨって案外真っ直ぐなのね。いろいろ隠すのがクセになってるっぽいのに、そういうのは丸ごと出しちゃうタイプ」
「わかるの?」
ハヤが興味津々で聞いた。ジョルディはにっこり笑って頷いた。
「心の中身は読めないわよ。でも動きっていうのかな、私には風みたいに感じるの。キヨのは、ふわって吹いて止まる。それがクセみたいないつもの動き。それって心が動くとすぐ隠すって事かな……そう思ったら全部真っ直ぐ私に届く。複雑なのか単純なのかわかんないわ」
ハヤたち全員、「へええええ」と感嘆の声を上げて感心した。キヨは納得いかないというか、困ったような顔をしてる。
「ねぇねぇ、じゃ他のみんなは?」
レツは無邪気に聞いた。ジョルディはうーんと少し考えてから、
「ハヤは二種類の風を持ってる。普段感じる風と、その奥に別の風があるの。シマは穏やかな風がずっと動いてる。絶えず動いていて辺りを巡ってる。コウのは動いてないみたいに感じるけど、何だかとってもキレイな球体をしてる。きちんと動きを守って循環してるみたい。レツのは、」
ジョルディは一人一人の描写をしながらレツを見た。レツは言葉を一瞬止めたジョルディを見て、一瞬小さく「あ」と言った。
ジョルディはそれからゆっくりと微笑んだ。
「……レツのは、いつも相手に向けて吹いてるわ。もらったものを手渡すのが得意」
ジョルディがそう言うと、なぜかレツはちょっとだけ辛そうな顔をした。それからジョルディは俺を見て、俺の頭に手を載せた。
「あなたにはまだ言わないにするわ。色々可能性があるから決まらないもんね」
……そういうもんなの? ちょっと気になったんだけどな、俺の心。
ジョルディは優しく俺の頭を撫でてから、みんなを促してお城に向かって歩き出した。
お城の門は開いていた。衛兵みたいな人はいなくて、美しい花が咲き誇る庭でハルさんが使ってたみたいなリュートを弾いてる人と、その近くで庭の手入れをしている人たちがいる。
ジョルディに言わせると、あの人たちもやりたいからやっているんだという。エルフに労働の義務はない。働く事は義務じゃなくて、持てあました時間を有効に使うための手段なんだと。何だかそう言われると、ますます変な感じがしてくる。
「誰もやりたがらない仕事ってないのかな……」
俺たちは継ぎ目すら一切見あたらない不思議な建物の中に入った。柔らかな日差しが差し込んでいて、白い壁がぼんやりと光って見える。天井を支える梁も、まるで木の枝が支えているみたいだ。
シマがこっそり俺の耳元に近づいた。
「……エルフもトイレ行くのかな」
俺は思わず吹き出した。ちょ、そういう失礼な事言ってると心の動きでバレちゃうよ!
でもその仕事はきっと誰もしたがらない仕事かも。どうしてんだろ……いや、聞けないけどさ。
城の中に居る人たちも、みんなそれぞれ勝手に何かをしてるみたいだった。忙しく立ち働いてる感じもあるんだけど、何というか、にこにこしていて労働してますって感じじゃないのだ。
それにしても、好きで来訪者を迎えてるジョルディが王との謁見の段取りをつけられるってのは、それも好きでやってる人が居るって事なんだろうか。王の家臣を好きでやってる……何だかそう言うと、威厳とかそういうのもない感じしちゃうけど。ボランティアの家臣。
あ、でも本当は賃金をもらってやるんだし、逆に辞められちゃう事もあると思えば、見返りがなくてもやりたいと言う人の方がいいのかな。
「やぁ、ジョルディ」
俺たちがテラスに面した広い廊下を歩いていると、窓辺に立っていた男性が声をかけた。
廊下の左側は柱と柵のベランダになっていて、深い森林から木漏れ日が踊っている風景が眺められる。雨降ったら吹き込んじゃいそうだけど、そういうのも平気なのかな。
男性はエルフ特有の柔和な微笑みを浮かべた、人のよさそうな表情で俺たちを見た。
「王様! こんなところにいらしたんですか!」
「王様!?」
俺たちはみんな声を揃えて言った。妖精王はその反応を見て朗らかに笑った。
え、だって超若いじゃん! ハヤたちと……あんまり変わらない感じ。
透き通る金髪は女性のように長く、宝石のはまった細いバンドのようなものを額に付けている。エルフでも男性は短い髪だったけど、王様は違うのかな。表情は柔和だけど意外と精悍な顔つき。エルフだからもう当たり前なんだけど、文句なくイケメン。
青を基調とした服もエルフの衣装にありがちなゆったりしたものだったけど、宝石をちりばめた凝った腕輪を両腕に付けていた。
「せっかく謁見の間にお通ししようと思ってたのに、廊下でばったりじゃ威厳もなにもないじゃないですか」
ジョルディに言われて妖精王は苦笑した。
いや……一介のエルフにそんな言い方されちゃうのってどうなの……
「私に威厳もなにもないだろう。まだ王位を継いでから日が浅いのだし、威厳を振りかざすつもりはないよ。彼らが客人だね、それじゃお茶でも飲みながら話を聞こうか」
妖精王はそう言って俺たちを促すように腕を広げ、それから廊下の先へと戻った。一応、扉は控えていた召使いらしき男性が開けた。ジョルディはちょっと憤慨するみたいに息をついてあとに続く。
「ジョルディって、何者……?」
レツが小さい声でシマに囁くと、シマは小さく肩をすくめた。
「それより、王位を継いで日が浅いって初耳だな」
キヨは小さくそう言った。
「っつか、お茶でも飲みながらって……」
「ざっくばらんな王様ですね」
ハヤとコウはやっぱり小さく言葉を交わした。
エストフェルモーセンみたいな大仰な王都でもないし、衛兵が固めてるようながっちがちの城でもないから、エルフにとってはこれが普通なんだろうか。でもこの王様が5レクスの結界も何とかしてる人なんだよね?
……いや、言ってみれば5レクスの結界を不安定にしてる王様って事なのか?
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