第63話『別に倒せたんだからいいだろ』
王都に集められた期限は知らない。
いや、意外と時間的余裕はあるのかもしれない。国中に御触れを出したんだったら、国の隅っこにいたらエストフェルモーセンまで行くのに何週間も、下手すると何カ月もかかっちゃうかもしれないし。
「そこは考えられてると思うぞ。一応、王都から遠いところにいる奴らには魔法移動の補助が付くっぽいし」
シマはそう言って振り返った。俺は「へぇー」と言ったけど、揺れる体の所為で「へ、え、え、え」みたいに聞こえた。馬のリズムに乗って上下する体。
俺たちは全員馬に乗っていた。
エストフェルモーセンはクルスダールからは北西へ行ったところにあって、歩いて旅をすると数週間の距離らしい。馬に乗っているのは、ある程度俺とレツが乗れるようになったから、それなら時間短縮しようって事になったからだ。お金は間違いなくキヨが払った。
なんか都合のいい財布みたいになってるよな……一応あぶく銭だけど。
あの時オッズを下げずにあの金額を賭けたのって、配当金を支払わせることであの闇賭博を潰しちゃうのが目的だったらしい。
だからホントに潰れちゃえば、配当金そのものはどうでもよかったっぽいんだけど、結局手に入った大金でキヨはさらにあの自警団を作ったんだから、ハラーたちは踏んだり蹴ったりだ。
俺とレツはまだちょっと慣れない感じで馬に揺られている。あの時は二日間だけの集中レッスンだったけど、今回は王都に着くまでじっくり練習だ。ただ困ったことに未だ馬に乗ったままバトルは出来ないので、モンスターが現れる度にあたふたと馬を降りてるんだよな。
でもその辺はキヨとシマが馬上から攻撃しつつモンスターを押さえておいて、その隙に俺たちが馬を下りてバトル参加って手順になっているから、レベルが全く稼げないってことにはなってなかった。
「ギルドに行かなかったり、冒険中とかで御触れに気づかなくて王都に行かなかったとかでも、それでもペナルティあるのかなあ」
ハヤは誰に言うでもなくそう言った。なんかそれって厳しい。
「もともとどこかに集められるタイプの人間じゃないからなぁ……そりゃ取りこぼしはあるだろうし、それに全勇者集める理由ってのがイマイチわけわかんねぇし……」
シマはそう言って首を傾げるみたいにして首を鳴らした。
勇者ってのはお告げをクリアするために冒険をしているのが常だ。だから最初から全勇者を集めるって事自体が不可能に近い気がする。なんでそんな事するんだろう。
その日のキャンプは森の中だった。荒野にぽつんとキャンプするのも何だか不安だけど、森だと見通しが利かないところが不安になる。どこでキャンプするにしたって、ちゃんと気を抜かないでいないといけないんだけど。
俺は結界道具を配置してから、ハヤが張った結界魔法のきらきら光る線を足先で踏んでみた。地面に描かれているわけでもないし、かといってきちんとそこにあるみたいな魔法陣は、足先で擦っても消えない。
「こら、何してる」
ハヤはそう言って俺の頭にげんこつを置いた。別に消そうと思ったんじゃねーけど。
「いたずらしてるヒマあったら焚き木探してくる!」
はーい。俺は結界から離れて森の中をうろついた。あんまり遠くなって、下手にどうしようもないモンスターに遭っても困るから、視界にキャンプの見えるところまでしか離れない。
……でも俺だってレベル上がってるし、この辺のモンスターってそんなにすごいレベルのがいなかったから、ちょっとぐらい離れても大丈夫なんじゃないかな。
俺は枯れ枝を拾いつつ、ちょっとだけ森の中に入って行った。そうそう、剣だって新しいのになってるんだし、クルスダールからここまでも着実にレベル稼いでるもんな。俺だっていつまでも子どもじゃねーぜ。
そう思って枯れ枝を拾おうと屈んだ頭上に、気配を感じた。
ゆっくりと顔を上げると、目の前に大きく口を開けた真っ赤な目をしたワニみたいなモンスターが居た。うそ……
「う、わっ!」
俺は思わず持っていた枝をそいつに投げつけた。ワニは鋭い爪のついた前足で枯れ枝を払った。
「はああああああ!」
枯れ枝でその視界が遮られた瞬間、座り込んで下がる俺の背後からレツが飛び出してモンスターに斬り付けた。モンスターはギリギリのところで避けたけど、触れていないはずの切っ先が空気を裂くようにしてモンスターにダメージを与えた。
「キヨ!」
俺は立ち上がりながら、木々の向こうに見えたキヨに声をかけた。
キヨはチラッと俺とモンスターを見たけど、その場で拾った枝を持ちなおしただけだった。ちょっと、助けてよ!
俺は慌てて剣を抜いてレツと並ぶ。レツもちょっとだけキヨを見た。俺を助けに来てくれたけど、何だか緊張した顔をしてる。ワニモンスターは俺たちを見据え、どっちから食ってやろうかって顔で笑っているように見えた。
「ど、同時に行くよ」
俺は黙って頷き、レツのタイミングを見て一緒にモンスターに斬り付けた。
両サイドから斬り付けられ避けようのなかったモンスターは背後に逃げようとして木に阻まれ、俺が前足を切り落とし、暴れるモンスターの胸をレツが貫いた。
モンスターが暴れてレツを蹴ろうとしたから、俺が返す刀で足に切りつける。しかしすでに致命傷を与えられていたモンスターはぐったりしてからふわりと消えた。
きらきら光る小粒のゴールドがそこに残された。
やった……倒せた……俺は思ったよりも緊張していたのか、がちがちになっていた肩から力を抜いた。
そこに何事もなかったみたいにキヨが現れた。俺がモンスターに投げた枯れ枝を拾う。
「キヨ! 何で無視したのさ!」
「怖かったんだぞーー!!」
キヨの胸を掴んでレツが揺さぶる。キヨは不思議そうな顔で俺たちを見た。
「別に倒せたんだからいいだろ」
そういう問題?! だっていつもみんなでやってることじゃん!
「何言ってんだよ、俺やコウがやる時は、お前ら何もしない事があるだろうが。それと一緒だろ」
「それとこれはちょっと違うよおー……」
レツは拗ねるように言った。俺とレツはレベルがみんなより低い。だからみんなが倒せてしまうモンスターだって、俺たちだけじゃ心許ない。だから俺たちの場合、何もしないんじゃなくてみんなに比べて効果がないだけだ。
「だから別にいいだろ。お前たちだけで、倒せたんだから」
キヨはそう言って、枯れ枝を持ちなおすとさっさとキャンプに戻ってしまった。俺たちだけで……
「あれ、もしかしてそういう……」
俺とレツは顔を見合わせた。
そう言えば俺とレツって、二人だけでモンスター倒せた事ってなかったかも。いつもみんな一緒にバトルしてるから、結局いつだってレベルの高いみんなに譲ってもらってる感がある。
でも今のは全く二人だけで戦って倒したんだ。そりゃ見た目は強そうだけど、そんなに手こずる相手じゃなかったとはいえ。
「それで、キヨは手を出さなかったのかな」
「一人前、てことかな」
たぶん場所もよかったんだろう、もっと開けたところだったらあのモンスターもあんな風に退路を塞がれることなく簡単にやっつけられなかったかもしれない。俺とレツは顔を見合わせて、嬉しくなって笑ってしまった。
「キヨ、わかってて見てたんだね」
「実は内心、ひやひやしてたかもね」
俺たちはくすくす笑いながらキャンプに向かって歩き出した。
レツって、何か不思議。この前の竜の時とか、みんなが倒されても絶対引かない構えで戦ってたのに、さっきは二人で倒せたモンスター相手に緊張してるみたいだった。みんながいるとやっぱり助けてもらえるかもって甘えちゃう気持ちがあるのかな。
「ねぇ、レツって勇者じゃなくなったらどうするんだ?」
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