第64話『感謝の気持ちは体で払ってくれてもいいよ』

 レツはちょっとだけきょとんとして俺を見た。


「前に言ってたけどさ、旅に出るのだってみんなと一緒に旅したら楽しそうだからっつってたじゃん。でも勇者ってずっと勇者じゃないみたいだし。いつか勇者じゃなくなったら、レツはどうすんの?」

 レツはちょっと考えるみたいに首を傾げて視線を固定していた。


「……どうしよっかな。いろいろ考えてた方がいいのかもしれないけど、何も考えてないや」


 え、そうなの? レツは少しだけ笑った。

「俺、旅に出るまで剣士としても働いてなかったし、この旅がなかったら剣士にもなってなかったと思うんだ。でもサフラエルでも結構仕事あったし、ちゃんと生活出来てたし、きっと勇者じゃなくなっても暮らしていけるんじゃないかな」

 それはまるっきり流れに身を任す的な……


「俺ね、実はブラウレスにいる時から、いろいろ何とかなっちゃってた感じなんだよね。あそこにいる時はまだちっこかったけど、世話してくれる人が居て」

 そう言えばレツってブラウレス出身だったんだっけ。っつか世話してくれる人が居るなんて、お金持ちだったとか!?


「ううん、全然そういうんじゃなくて孤児院……なのかな、俺一人だったんだ。その女性がいろいろ世話してくれるんだけど、でもお母さんじゃなかったんだ。不思議だなーとは思ってたけど、そういうもんなのかなって」

 確かサフラエルに集められたのって五歳とかの頃なんだから、その程度の認識しかしてないのは、なくはないか。


「それにその人、サフラエルまで一緒についてきてくれたんだけど、あそこでみんなに会って仲良くなった頃にどっか行っちゃったんだよね」

 サフラエルの孤児院は学校みたいで寮生活とか言ってたから、居ても一緒に住めないもんな。俺がそう言うと、レツは何度も頷いた。

「あんまりみんなのサフラエルに来る前の話ってしてないと思うんだけど、自分の両親の事ちゃんと覚えてるのってシマだけだったから、特におかしいと思ってなかったんだ。それに今はみんながいるしね」

 だから勇者じゃなくなっても大丈夫、と言ってレツは笑った。俺はキャンプの空き地に出て行くレツの後ろ姿を見送った。


 今の話、何も不思議は無いような気がする。

 でも一つだけ気になるところがある。それってレツにとっては失礼なんだけど。


 サフラエルに集められたのは、国家戦略だったんだ。つまり集められる前に何かしらの選抜があったはず。

 でもレツの話だとそんなのが全くない。みんなに直接そんな話を聞いたわけじゃないけど、コウの話では才能のある子どもが集められたって言ってたから、やっぱりそういうところがなかったらサフラエルに来るはずがないんだ。

 レツは特に適応した能力がないから剣士の訓練を受けてたって言ってた。つまり特に何の取り柄もないのに、国家戦略のサフラエルに呼ばれたってことになる。


 国家戦略ってのが、コウが言ってるだけでホントはそこまでのもんじゃないとかだったら……って、ダメか。マレナクロンじゃカナレスも知ってたし、そう言えばキヨが卒業の時に国の要請があったら蹴れないって言ってたんだった。やっぱ国家戦略は存在する。

 ホント、どういう事なんだろ。レツって謎が多い。


 キャンプに戻ると、もう焚き火が燃えていた。焚き火にはすでにコウの作った料理が美味しそうな匂いをさせていた。俺は焚き火の脇に座るために転がしてある大木に座った。シマはやっぱりでっかいモンスターをソファにしていた。


 今日のご飯は青菜がいっぱい入ってる辛いスープに、フライパンに押しつけてわざとちょっぴり焦がしたパンを入れて食べるのだった。スープとパンだけだと足りない感じするのに、こうするとすごいお腹に溜まる感じがする。

 あとコウの味付けがクルスダール以来スパイシーになった気がする。きっとあの屋台の味付けで趣向が変わったのかもしれない。


「そう言えば、キヨがモンスターと一緒に寝ないのってなんで?」


 キヨはちょっとだけ俺を見た。最初こそ誰も近づかなかったけど、今じゃ何だかんだでみんなシマのモンスターに寄りかかって寝てる。未だにモンスターを枕にしてないのってキヨくらいだ。


「あの湖じゃ運んでもらってたのに」

「実はまだ怖いとか……」

「え、もしかしてモンスターと一緒に寝るのも禁止?!」

「チカちゃんどんだけ独占欲強いの!」

「何も言ってねぇだろ」

 盛り上がるみんなをキヨは面倒くさそうに見て言った。でも何でなんだろ。

「別に理由とかそんなねーけど……あんまり体温て好きじゃないからかな」

 体温って、温もりってこと? いや普通、冷える夜なんかは温かいのが嬉しかったりするじゃん……どんだけ冷血動物なんですか。


「酒ばっか飲むから寒くないとか?」

「とか言って、ホントはチカちゃん以外と一緒に寝ない口実でしょ」

「モンスター枕にしてたら、絶対誰かとくっついて寝てるもんな」

「はいはい、勝手に言ってろよ」

「もふもふ気持ちいのにー」


 レツはそう言ってモンスターにばふっと抱きついた。

 長い毛と捻れた角が特徴の、鹿みたいなモンスターだ。長い毛が全身を覆っていて、どこから足だかわからない。敵の時は、あの角の突きがすごい脅威になる。抱きつかれた鹿モンスターはちょっと顔を上げたけど、レツがふにゃーって笑うと鼻先でレツの頭を突いてまた休んだ。


 こうやって見ると、どうみても普通のペットだ。今まではでっかいモンスター連れてきたって、よく懐いた感じってのはやっぱシマにしかなかったのに、今じゃみんなのペットみたいに見える。シマもどんどんレベルアップしてるって事だよな。


「エストフェルモーセンまでって、あとどんくらい?」

 シマはコウからお茶を注いでもらってキヨに聞いた。クルスダールを出てからもう一週間だ。馬で進んでるから結構稼いでると思う。

「そうだなー、たぶん一週間はかからねんじゃねーかな」

「やっぱ馬だと速いなー」

「その分、団長に頑張ってもらってるからな」

 キヨに言われてハヤはちょっと嬉しそうな顔をした。

 俺たちの馬は繋いであるんだから、狼なんかに狙われてしまう。でもハヤのレベルアップのお陰で馬まで入る結界を敷くことができていた。

「キヨリン、感謝の気持ちは体で払ってくれてもいいよ」

「何で俺が払うんだよ、コウが払うだろ」

「キヨくん!?」

「コウちゃんが!」

 期待いっぱいでコウを見るハヤと、青くなってキヨの影に隠れるコウの間に挟まれて、キヨは平然としていた。シマとレツは爆笑している。この人、さらっと仲間売ったよ……まぁ、ハヤも仲間だけど。


「普通のパーティーって何人編成なんだ?」

 俺が聞くとシマは笑いを収めて俺を見た。

「んー、まぁ大体、短期間でちょっと出てくる程度だったら三人とか?」

 三人! そしたらこのパーティーは二人も多いんだ。いや、俺もいるから倍なのか。でも三人だったらどういう組み合わせなんだろ。

「その辺は好みもあるだろうな。剣士は欲しいとか、白魔術師は絶対ってのもあるし、やっぱ黒魔術師は必要っていうヤツもいるし……」

「それはシマが獣使いだからだろ」

「それってどういう意味?」

 キヨは一口お茶を飲んでから俺を見た。


「必要なのは自分の職業以外で、その欠点を埋める職業だ。俺がパーティー集めるんだったら黒魔術師以外になる。結局自分がどの職業かによるよ」


 そうか。じゃあ今ここにいるみんなは職業がバラバラだから、組み合わせについて聞いたところでみんなバラバラの意見が出ちゃうんだな。

「まぁ、それでも白魔術師は大体入れるよな」

 コウはそう言ってお茶のお代わりを注いだ。回復系は確かに必要って気がする。ハヤを見てみたけど、にこにこしていて何も言わなかった。

 そう言えば、冒険に出る職業って基本的に攻撃する事がメインだから、白魔術師以外の選択って、どういう攻撃するかで決まるのかもしれないな。


 それにしたってこのパーティーに居るのは、剣士のレツと俺を除くと、主席クラスの三人がもともと別格だとしても、コウだってすごいレベルが高い。

 コウは今まで冒険仕事にはそんなに出てなかったみたいだけど、ストイックに鍛錬を繰り返す上に速攻型だからガンガンレベルアップしている。


 もともと勇者の旅に参加するような人たちって、こんな風にレベルが高いんだろうか。普通に冒険の職業に就いていたとして、その中から勇者が選ぶんだから、やっぱりそれなりのレベルなのかもしれない。


 だとしたら、王都に集められるのはそんなレベルの高い人たちばっかりなんだ。でも目的ははっきりしない。試験を受けさせてどうするんだろう。

 一体、何があるんだろう。

「眠くなったよ」

 レツはそう言うとお茶のコップを振ってから荷物に投げ入れ、ごろんとモンスターに寄りかかった。今日の見張りはハヤからだ。


 俺たちもレツにならって眠りについた。

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