第50話『でも考えてみると出来すぎてねぇか?』

 宿のベッドに、ハヤはちょこんと座っていた。

 激しい咳も治まったら声が出ない以外は意外と平気そうで、足をぶらぶらさせている。


「それで、結局ウィーランは置いて来ちゃったの?」

 俺はシマを見てから頷いた。

「あの人連れてきたって何にもなんないし、大体ハヤがこんなになっちゃってたら、公演を手伝うもなにもないじゃん」


 あの後、俺とシマは取りすがるウィーランを放置して、ハヤを連れて宿に戻った。ちょうどそこにキヨがいたので新しい宿にみんなで来たのだ。新しい宿は街の広場から公園通りを下って、ちょうど俺がウィーランを見かけた辺りの路地裏にあった。


 ハヤの状況を説明すると、キヨは一瞬眉間に皺を寄せ黙ってどこかへ行こうとした。それをシマが留めたのだ。


「ちゃんと説明して。それからにして」


 シマは冷静な表情のままだった。キヨはシマを見たけど、唇を少し噛んで視線を外した表情は、何だか少し泣きそうにも見えた。


「ウィーランは逃げようがねーだろ。そのハラーってヤツのところに逃げ込むにしてもタイミングが悪すぎる。俺たちがそこへ行くのは目に見えてるし、って事はつまり、バラしたのが自分だって言うようなもんだ」


 シマはそう言ってみんなを見た。

 俺とシマは、ハヤが気分が悪くなっちゃったからと言って劇団を後にしてきた。旅の疲れが出たと説明したから、セスクや他の劇団員も心配してくれていた。ウィーランに毒を盛られたとは言ってない。そしてそれをウィーランも知っている。だから今、彼には逃げる理由がない。


 ハヤは咳が治まると、声が全く出ない以外は辛いところはないようだった。それでも全く声が出ないのは、原因がわからないだけに収まりが悪い。

「それで……」

 レツはそう言って顔を上げると、シマからゆっくりとキヨに視線を移した。キヨは黙って椅子に座っていたが、両手で顔を覆うとそのまま髪をかき上げ、深いため息をついた。

「キヨくん」

 コウはそっとキヨの肩に触れた。誰もキヨの所為だとは思ってない。

 キヨが話を広げなかったのは、大ごとにしたくなかったからでもあると思う。もし本当にセスクの命を狙ったようなものだとしたら、確証もないまま部外者の俺たちが手を出す事じゃないし、確証があるならそれこそしかるべき機関に任せるべきだ。


「ハヤ、セスクの馬車を暴走させたのはウィーランだって言ってた」

「え!」


 キヨ以外の三人は俺を見た。シマもあの場に居なかったから初耳なんだ。キヨは顔を拭うように両手を下ろした。それからもう一度、ため息をつく。


「最初にセスクを送っていった時、ディアビが言った事覚えてるか」


 ディアビが言った事? 俺はコウに振ったけど、コウは首を振った。レツもわからない顔だ。

「『あの馬車が暴走した時にはどうしようかと』。そう言ったんだ」

 それが、何かおかしいかな? だってモンスターが現れて、馬車が暴走したのは間違いないんだし。

「あー……なるほど」

 え、わかったの? どういう事? 俺は呟いたシマを見た。


「モンスターが現れてない、な」


 ええ? だって、モンスターが現れたから暴走したって……

「そう言ったのはセスクなんだ。でもセスクはあの窓のない馬車の中で着替えをしていた。外の状況が見えるはずないんだ。誰かがモンスターだと言ったのを聞いたか、馬が暴走したんだからモンスターだと思ったか、そのどっちかだな」

 えええ、じゃあモンスターは最初から居なかったのか?


「その上でディアビのあのセリフ。モンスターが現れて馬車が暴走したんだとしたら、剣士も魔術師も居ない劇団が、結界の中に逃げ込んで何とかやり過ごしたってのに、その事言わないはずはないだろ。って事はむしろ、劇団の人間には何も起こってなかった」

「それ、あのセリフだけで気付いたの?」

 レツに聞かれてキヨは髪をかき上げた。

「そん時はおかしいと思って引っかかってただけだよ、だから後で聞きに行ったんだ」


 それでハヤたちと一緒に劇団に行った時、あの場にキヨが現れたんだ。

「モンスターが現れたわけじゃない。だとしたら、何で馬車は暴走を始めたのか」

「ケツ蹴り上げれば暴走始めるだろうけどな」

 シマが簡単にそう言った。キヨはチラッとそれを見た。

「暴走そのものが馬が何かに驚いたとかだったら、別に構わなかったんだ。でも考えてみると出来すぎてねぇか?」

「出来すぎてるって?」

 レツが問うと、キヨは指を一本立てた。


「逆に考えよう。もしあれがセスクを亡き者にしようとした計画だとしたら」


「キヨくん、それはちょっと乱暴過ぎないかな」

 コウは少しだけ怪訝な顔でキヨを見た。

「立証されなければそれでいいんだ。ただ実際にセスクは、俺たちのキャンプに飛び込んで来なかったら、あのまま暴走する馬車の中でもっとひどい怪我を負って亡くなっていたかもしれない。馬がいつか疲れて立ち止まったところが5レクスを越えているかもしれない」


 確かにあの状況で、怪我だけでクルスダールに戻れたのはかなりの幸運だ。俺たちじゃなかったら、わざわざクルスダールまで連れてくることもしなかったかもしれない。だとしたら、セスクが無事戻れる可能性は恐ろしく低かったことになる。

「もしあれがセスクを亡き者にしようとしていたのだとしたら、何のために、なぜあの場所だったのか、なぜ今なのか」

 俺たちはみんな顔を見合わせた。声の出ないハヤも見ている。


 何のためにってのは、やっぱ祭りが絡んでるよな。看板俳優を降板させたかったから。俺が言うとみんな頷いた。でもなぜあの場所だったからかってのは、

「あの場所なら、とりあえず無事に街へ戻れるから……かな?」

 シマが言うとキヨは頷いた。

「その上で、逆を言うなら、5レクス境界方面へ深追いする事はできない場所だ。剣士も魔術師もいない劇団の人間には、セスクを助けに行けない場所。じゃあ、なぜ今なのか」

「それは祭りの前だからでしょ」

 コウはすんなり答えた。看板俳優のセスクを失わせる目的っつったら、祭りに出て優勝されちゃうのが困るからだ。


「それもある。でもそう考えるとな、じゃあなんで今までじゃだめだったんだって事になるんだよ」


 今まで? あ、そうか。セスクとあの劇団がクルスダールの祭りでいい成績を修めるようになったのがいつからかわからないけど、今年もメイン会場でやれるんだから少なくとも去年も上位だったはずだ。

 でもセスクが看板俳優なのはもっとずっと前からかもしれない。だとしたら、祭り直前まで計画を実行しないでいる意味がない。


「セスクを何とかしたいんだったら、別にいつでもできるんだ。似たような場所は5レクス圏内にいくらでもある。なのに今、祭りの前に実行した。それはなぜか」


 俺たちは揃って腕を組んでうーんと唸った。2秒唸ってレツが「降参!」と言って両手を挙げた。俺も挙げた。シマが苦笑して「お前らもうちょっと考えろ」と言った。でもわかんないもんはわかんないし!


「簡単だよ、そいつは、クルスダールに帰ってきたかったからさ」


 クルスダールに帰ってくる!? 俺とレツは同時に叫んだ。

「旅芸人の一座は基本的には巡業だ。どこかに出身地はあるだろうけど、普段は巡業を続けているからぐるぐる国中を回ってる。そんな巡業の間にもしセスクを失ったらどうなるか」

「巡業は停止かな、廃業まで行かなくても」

「そう、国のどこかでね」

 あ……そうか、彼らは国を回っているから、どこかで劇団が立ちゆかなくなったら、そこで解散するのが一番可能性が高いんだ。

「でもそいつは計画を実行した上で、クルスダールに戻ってきたかった。国の中でもここから遠いところで劇団が解散したら、魔術師でも剣士でもない一般の人がここまで帰ってくるのは至難の業だ。金もかかる。だから今、実行した。ここに戻って来れたからだ」

 これだと一番すっきりする、とキヨは言った。


「でもそれは、さっきの計画があったとして、でしょ」

 コウはなおも言いつのった。馬が暴走したのが本当に故意じゃなかったら、この想像はかなり暴力的だ。

「だから聞いてきたんだよ。あの劇団で、一番最近加入したのは誰か、そいつはどこで加入したのか、そいつは、血縁なのか」

 コウはちょっとだけ目を見開いた。

「それが、ウィーランだったの?」

 レツの言葉に、キヨは肯定するように少し目を伏せた。ウィーランの加入は一年前で、クルスダールで加わって、でもまだ血縁じゃない。


「ウィーラン、座長が酔っぱらって暴れたのを祭りの方にバレないように収めたとかで、それで劇団に入ったって言ってた。でもそんなのおかしいって、ハヤ言ってたんだよ。祭りにバレないように出来たりするのに、何で劇団で雑用やってんのか」

 俺はハヤを見た。ハヤはちょっとだけ肩をすくめて見せた。

「ああ、おかしいな。劇団の中のリーって子と付き合ってるみたいだったけど、それだって団に入ってかららしかったよ。ウィーランの入団状況がおかしいんだ。あの劇団のクリシーへの対応に比べると」


 ……そうだ、あの座長、血縁じゃないと認めないみたいな事言ってたのに、まだ家族になってないウィーランを入団させてるのって、明らかな矛盾だ。それが自分の不始末をもみ消してもらったからだとしても、そのもみ消しをしたウィーランが入団して結局やってるのが雑用なんて更におかしい。

 それにウィーランって、お金欲しい人って言ってた。旅続きの巡業劇団にお金儲けしたい人が、無理矢理入り込もうとするだろうか。


「でも……セスクは無事戻ってきた。ただ怪我していて舞台には立てない。俺の考えすぎならいい。でももし……そいつの計画が本当にセスクを狙っていたんだとしたら、」


 キヨはそこまで言って悔しそうに唇を噛んだ。

 もしかして、最初キヨはそれを確かめるためだけに、ハヤを手伝うようし向けたのかな。セスクを狙ったかもしれない計画があったかどうかを、内々に聞けるように。

「……キヨくんそこまで考えて、それで先手打ちたかったんだ」

 そんな計画がキヨの杞憂だとしたら、それでいい。でももし本当にそんな狙いがあったんだったら、セスクは再度狙われる可能性がある。


 それであの時、手遅れになる前にって言ってたんだ……あの時は、ハヤが狙われるとは思ってなかったのかもしれない。いや思ったかもしれないけど、ハヤは素人だから、大した芝居ができなかったらわざわざ手を下す必要はないと考えるかもしれない。だいたいハヤが一緒に練習したのは昨日一日なんだ。それだけのハヤを標的にするとは、キヨでなくても普通思わない。


 キヨは下を向いて深いため息をつくと、膝に肘付いた手を顔の前で合わせた。

「……団長ならあいつ落としてネタ仕入れてこれると思って、油断した。油断とかで済む問題じゃねーけど……ごめん」

 キヨは何だか泣きそうに見えた。

 いつもだったら、混ぜっ返すハヤの声が聞こえない。ハヤはしばらく座ったままキヨを見ていたけど、何だか嬉しそうに笑って立ち上がった。それからキヨの前に立って、キヨの頭を両手で包むと髪にそっとキスをした。それから頭を撫でる。キヨは目を閉じていた。

「別に誰もキヨくんを責めないよ」

 コウは何でもない事のように言った。

「団長が昨日の段階で狙われる程の才能見せちゃったから悪いんだよねー」

 シマが冗談めかして言うと、ハヤは腕を組んで大仰に深く頷いた。みんなキヨを気遣ってる。


「っていうか、ハヤ自分でそれ治せないの?」

 俺がそう言うと、ハヤはちょっとだけ肩をすくめた。

「……呪文が必要なんじゃないか? その毒消し」

 シマの言葉にハヤはちょっと考えてから頷く。

 そっか……ハヤ、簡単な回復魔法とかなら呪文使わないでも発動出来るようになってたから、もしやと思ったんだけど。

「団長だったら、たぶん今回の分は体で返してもらうからって嬉々として喜ぶと思うよ」

 ハヤは笑い声の出ないまま笑って何度も頷いた。キヨは何だか拗ねるような顔で見上げている。

 ハヤはそんなキヨの手を取ると、手のひらに何か書くような仕草をした。キヨはそれを見て少し驚いたような表情でハヤを見上げた。ハヤはにこにこ笑っている。複雑そうな表情でいるキヨに、ハヤは体を傾けて近づいた。


「『もーキヨリンたら、そんな顔してたら襲っちゃっていいみたいじゃーん』」


 ほぼピッタリのタイミングでレツが言った。ハヤは楽しそうに頷いて、それに合わせてレツは「既成事実、既成事実」と言って跳ねた。

 ハヤとレツの動きと言葉が合い過ぎてて怖い。シマとコウは吹き出した。それからハヤはキヨに抱きつく。


「『大丈夫っ、チカちゃんには黙ってるから!』」


 シマとコウは爆笑して見ている。いやでもハヤは絶対そう言ってる気がするよ、っつか何でそこまでトレースできるんだレツは。結局みんな似てるって事か? 類友ってヤツ?

 キヨは面白がって吹き替えするレツを不機嫌そうな顔で見た。

「せっかくこいつが黙ってんのに、お前が継承してどうする……」

 それを聞いたレツとハヤは顔を見合わせてから、にっこり笑った。


「『嬉しいくせに』」

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