Ⅰ勇者になるハズの俺がしょうがなく見習いとして入ったのは、ゆるふわ勇者とチートな仲間

さい

第1章 仲間集め

第1話『気持ちはわからなくはないが、そう簡単になれるもんじゃないんだよ』

 俺はこれから一緒に旅立つ仲間を見た。

 誰もが振り向く圧倒的イケメンの白魔術師、精悍なのにどこか飄々とした雰囲気の獣使い、口数少なく鋭い視線で隙のない褐色の武闘家、みんなのまとめ役みたいなクールで知的な黒魔術師、そして……何だか一人だけやけに旅慣れない感じの、ふんわりした印象の剣士の勇者。


 俺はこの人たちと、勇者の旅に出る。

 でもこれで……こんなんで、俺、勇者になれるのかな。



 始まりは二日前にさかのぼる。



「気持ちはわからなくはないが、そう簡単になれるもんじゃないんだよ」

「そんな!」


 情けない顔ですがる俺に、司祭は少しだけ苦笑してみせた。

 白い髭の長い司祭は、柔和な顔に複雑な表情を浮かべている。同情の混じった表情。でもそのうち何割かは侮蔑も混じっているような気がする。

 ちくしょー田舎もんだと思って!


「でも! 勇者になるためにはお告げをもらって、冒険を達成すればいいんじゃないんですか!?」


 司祭は小さく息を吸うと、ため息に見えないようにそっと吐いた。


「確かに、勇者とは課された冒険を達成する命を受けた者だ。しかしな、剣士や戦士であれば誰でも勇者となるわけではない」


 当たり前のような返答に、俺は祭壇に掛けた手を握りしめた。

「それじゃ、どうしたら勇者になれるんですか……?」

 情けない気持ちでちょっと上目遣いに司祭を見た。そんな俺を彼はまるで労るように見下ろす。俺のこと、子どもだと思ってんのかな……


「夢枕に立つのだ、お告げがな」


 ……そんな。


「……そんなの、聞いた事なかった」

「うむ、勇者に憧れる者は多いが、意外にもあまり知られておらんらしい」


 ……そんな、それじゃ話が違うじゃないか。

 この世界じゃ誰だって小さい頃から勇者に憧れる。

 いつか自分も冒険の旅に出てモンスターを倒し、お告げを達成して国王なんかから称号を授与されたりして……そんな風に夢見る特別な存在。誰もがなれるワケじゃないけど、誰もがなりたいと思う存在。


 だからこそ誰でも挑戦する事は出来ると思ってたのに、夢枕にお告げが立つ事で勇者となるなんて、それじゃ超特別なんじゃん。全くの素人には挑戦すら許されないっての?


 呆然と佇む俺を、司祭は気の毒そうな顔で見ていた。


 ここまで来たのにな……この街「サフラエル」へは乗合馬車で二日かかって着いた。

 同じ国の中だし、街道を行けばモンスターの脅威も少ないから、きちんと料金を払いさえすれば山奥の谷の集落出身の俺にだって辿り着く事ができる。

 それでも、馬車の料金で俺の財布はほとんど空だ。


 それだって、俺のわがままを最後には飲んでくれた母さんの貯金がほとんどだ。

 ここで勇者になってパーティーを組んで冒険に出れば、いくらでもモンスターを倒して稼げるから大丈夫だと思ったのに、まさか旅に出る前に挫かれるなんて。


 家族の反対押し切って出てきたってのに、旅に出る事すら出来ずに戻りましたなんて、絶対できないよ。どうすりゃいいんだ……


 口から内臓の全てが出そうなくらい深いため息をついたら、司祭がそっと祭壇を回って俺の隣に立った。少し屈むようにしてそっと肩に手を置く。


「見たところ、特に職業を持っているわけではなさそうだ、何か訓練は受けたのかね?」


 俺は俯いたまま首を振った。

 貧乏な山間の集落に生まれてたら、そんな訓練なんてそうそう受けられない。だいたいが、自分たちの集落だけを全世界と思って暮らしてるんだ。俺はそうはなりたくなかった。


「……君は、何のために勇者になりたいんだね」


 何のため? 俺はぼんやりと顔を上げた。


「勇者でなくてもモンスターを倒す事はできる。もちろん、この世界にはそういった者が多くいる。ではそれではなく勇者を選ぶという事は、どういう事なんだね?」

「俺は、」


 何のためって、そりゃもちろん勇者になってモンスターを倒して、そんで国王に感謝されたりとかして……勇者になるってそういう事、じゃないのかな?

 パーティーを選んで無敵のチームとなり、モンスターを倒してお告げをクリアする。その中心にいるのが勇者だ。そうなりたい。


 俺の答えに、彼は少し寂しそうな表情で俺を見た。

 何だろう、俺の言ってる事、間違ってるんだろうか。


「わざわざ馬車で二日もかけて、その年でたった一人サフラエルまで来たのか……」


 司祭は俺から視線を外すと、小さく呟きながら石の床を眺めていた。


「……方法が、無い訳じゃない」


 長い逡巡のような無言の後、司祭はそう言った。え……?

「どういう事ですか!?」

 しかし司祭はそう言ったものの、いまいち踏ん切りのつかない顔で視線を外した。俺が懇願するように見つめ続けると、やはり深いため息をついて俺に向き直った。


「……勇者見習いという位がある。文字通り、勇者の見習いだ。お告げを頂く勇者たちパーティーについて冒険し、いつか勇者のお告げをもらう時のために備えるのだ」


 それじゃ……それじゃ、勇者じゃなくても勇者の旅に出られるんじゃないですか! それでも全然OKです!


「いや、街道を外れ標を超えるような旅が認められているのは、勇者たちのパーティーだけだという事は知っているのだろう? この世界は腕に覚えのある者たちにとっても、油断のならない危険な世界だ。だからこそ、民を守るための決まり事があるのじゃ」


 それはそうなんだけど、それがあるからこそみんな勇者になりたいってのに。

 モンスターを相手にする職業はたくさんある。でもその活動範囲はそんなに広くない。

 モンスターは倒せば倒しただけ、その場でゴールドが手に入る。倒されたモンスターが残すのだ。だから一攫千金を狙う人も多く、学び鍛えた腕を試そうと守りの外へ出てしまう。

 そして、戻らない。気付けば、国は衰退へ向かっていた。


 そのため諸国の国王たちは取り決めを交わした。力の強い魔術師たちを集めて諸国の王都と、決められた町や村の標から半径をおなじくする範囲の中に特殊な結界を敷き、その中でだけモンスター狩りを許可したのだ。

 許可の範囲を超えた旅はルール違反。バレたらいろいろやっかいな事になる。


 その中で唯一、守りの外へ旅をする事が許されているのが、勇者のパーティーなのだ。


「勇者じゃなくても勇者の旅に出られるというのは間違いだ。パーティーは勇者が選ぶものであって、それ以上でもそれ以下でもない」


 ……なんか難しい言い方してるけど、結局勇者が選んだ人たちって事でしょ?

 首を傾げる俺に少し苦笑すると、司祭は俺の頭に手のひらを乗せた。


「まぁ、それは追々わかる事かも知れん。今、勇者に選ばれた者がいて、そして今、勇者について行こうとする者がいる。これもきっと神の思し召しだろう。

 君はまず、勇者見習いとして旅立ち前のパーティーを集めている勇者の元へ行き、パーティーへの加入が可能か聞いてみるべきだな」


 俺は優しく微笑む司祭を見た。

 じゃあ、じゃあ俺、旅に出られるんだ! よかった、ここに来て……でも、そしたらどうしてさっきあんなに嫌そうに教えてくれたんだろう?

 でもいいや、とにかく俺は勇者見習いになって、勇者のパーティーが見つけられたら旅に出られるんだ。


「ありがとうございます!」

「まだ礼を言うのは早いぞ。加入が認められなくては旅立ちもままならないからな」


 このあとギルドに行きなさい、そう言って頭を撫でる司祭を見たけど、俺はもう全然大丈夫な気がしていた。


 谷の家を出て二日、念願だった街の教会で司祭からの祝福。今はまだ見習いだけど、絶対勇者になってみせる。


 俺は気持ちも新たに、司祭が施す祝福を受けていた。

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