第5話 食堂、親子丼、銀髪


 ◆ 冬城佳純視点 ◆



「――――で、あるからして……」


 キーンコーン カーンコーン


「ああ、時間か。はい、では今回はここまで。日直、号令頼む」

「きりーつ。きをつけ、れい」


 気の抜けた声で日直が号令を掛ける。


「「「ありがとうございましたー」」」


 四時間目の数Ⅰの授業が、ようやく終わる。「ああ。長かった」と思いながら、欠伸をし、椅子にもたれ掛かって伸びをする。


 今日は寝不足なのだ。いや、今日というか、いつもそうなのだが。

 仲の良いネッ友と毎日のように夜遅くまでゲームをして、日が変わってから床に就く生活をしているせいで、毎度のことながらこの時間帯は意識が持たない。


 眼を擦りながら、頬杖を付いて窓の外の景色を眺めていると、不意に肩をとんと叩かれる。


「なーに黄昏たそがれてんだ、冬城。外になんか珍しいものでもあるのか?」


 顔を上げると、目の前には無造作ヘアのイケメン――辺蓮が居た。


「辺……」

「もう飯の時間だし、さっさと食堂行かないと食券売り切れちまうぜ?」

「ああ、そうだな」


 教室を出て、一階にある食堂へ向かう。


「何か、いつもより混んでるな……」

「俺も同じこと思ったぜ」


 いつもは空いている食堂には、珍しく結構な人だかりが出来ていた。


「なぁ、辺――って、居ない……」


 すぐ横に居たはずの辺に話しかけようとするも、その姿がない。きょろきょろと辺りを見渡すと、五メートルほど先に無造作ヘアが見えた。

 辺は近くのテーブル席に座っていた生徒達に話し掛け、そのうちの何人かがわいわいと反応している。どうやら、辺の友人達のようだ。


 急いで辺の方へ近づくと、友人との会話が耳に入る。


「よっ、司。一体全体こりゃ何の騒ぎだ?」

「蓮じゃねーか。ほらあそこ、見てみろよ」


 そのうちの一人が指を差した先は、一際大きな人だかりの真ん中。群衆に囲まれ、窮屈そうに食事をする銀髪の美少女――。


 柏木さんだ。


「なんでも、棘姫が珍しく朝寝坊して、弁当作るの忘れたんだってよ。それで食堂で飯を食うなりこの騒ぎ。色んな生徒が食堂に集まって、連絡先を交換しようとしたり仲良くなろうとしたりしてるんだよ。ああ、しようとしたりって言うのはだな」


「未だ成功例は無い、ってことか?」


 辺のやり取りを聞きながら、柏木さんのすぐ真横に座る男子生徒を一瞥する。


「そういうこと。普段教室から出ない棘姫に近づける絶好のチャンスって訳だ」

「なるほどな……サンキュー司。――お、冬城。悪いな、寄り道して。行こうぜ」

「あ、ああ」


 目前の柏木さんにも圧倒されたが、辺の顔の広さにも同じくらい驚いた。

 やはりと言うべきか、二人とも俺とは住む世界が違う。柏木さんはともかく、辺は何で俺なんかと一緒に行動しているのかが謎なレベルなのだ。


 辺と共に食券機の列に並ぶ。程なくして列は動き、五分ほどで順番が来た。


「冬城は何食うんだ?」

「んー……俺はいつも通り親子丼だな。あれ、あと三食しかないのか。売り切れ寸前じゃないか」


 現金を投入し、タッチパネルをタップする。ウィーンという機械音の後、券売機は食券を吐き出した。


「んおっ。ラッキーだったな、冬城。……今日の日替わりは豚の生姜焼きか。俺はこれにしよっと」


 食券を持ってカウンターに向かい、調理員さんにそれを渡す。そして、辺と共に窓際の席に着席した。


 少しばかり談笑していると、いきなり辺のポケットがブーンと鳴る。


「冬城。すまん、ちょっとスマホ触るぜ」

「ああ、分かった」


 そんなやり取りの後、程なくしてある会話が聞こえてきた。ちょうど、カウンター席の方向からだ。


『柏木さん何食べてるの? 親子丼? じゃ、俺もそれにしよ!』

『ねね、柏木さん。私、隣座っていいかな!?』

『葵ちゃん、釣れねえな~。今日こそはLANE交換してもらうからな!』


 柏木さんはそれらを無視し、無表情で食事を続ける。


 容姿が良いというのも、何も良いことばかりでは無いんだな、なんて思いながら、それを遠巻きに眺める。柏木さんの美貌に一瞬気を取られそうになるも、別に俺には関係ないという思考でそれを押し潰す。


 あんなに大勢の生徒に注目されて、名前も知らない奴が何人も馴れ馴れしく話しかけてきて。そんな状況での食事、俺だったら多分我慢できそうにない。

 本人は同情して欲しいとか、そういうことを思っているかどうかは分からないが。これだって、俺の薄っぺらい同情心から来るものだ。


 なぜ柏木さんは友人を作らないんだろうか? 気心知れた友人と一緒にいれば、少なくとも変な虫が寄ってくることも減るだろうに。

 何にせよ、俺はこうして同情することしか出来ない。俺にはあの群衆に足を踏み入れて「さあ、散った散った」なんてことを言う度胸もないのだ。


 そんなことを考えていると、厨房の方から番号を呼ばれた。


「二百二十三番、二百二十四番の方!」

「お、出来たみたいだな。行くぜ、冬城」

「ああ」


 立ち上がり、カウンターまで向かう。まず辺が生姜焼き定食を受け取り、席に戻る。続いて俺も親子丼を受け取り、トレーを持って着席。辺の反対側だ。


「冬城、完全に見惚れてたな」

「いつから見てたんだ……そう見えたか?」

「いや? 冬城のことだから、同情しながら眺めてたんだろ?」


 うっ。こいつ、なかなか鋭いな……。


「そんなところだ。俺は静観主義だからな」

「お前は話しかけたりしないのか?」

「しないな」

「……時に、それはどうしてだ?」


 辺はいつものへらっとした表情でなく、神妙な面持ちになる。


「俺は柏木さんに興味は無い。話してみたいとも思わない。だから話しかけない」

「お近づきになりたいとは思わないのか? あんなに美人なのに?」


「……前にも言っただろう。俺は恋愛自体に興味がないんだ。それに、不純な動機が見え透いているのに、わざわざ相手が取り合ってくれると本気で思ってるのか? それが無意味なことくらい、あいつらを見れば一目瞭然だろ?」


 柏木さんに話しかけ、無視を決め込まれている連中を一瞥しながらそう言うと――辺はニヒルな笑みを浮かべた。


「やっぱりお前は俺が見込んだ通りだぜ。――だから気に入った」


 ドドドドという効果音が顔の横に出てきそうな迫力だ。


「な、何だよ急に。どこぞの動かない漫画家みたいなことを」

「本心から言っただけだぜ。それより……さっさと食わないと俺が食っちまうぜ?」


 辺の箸が、丼の上に載ったぷりぷりの鶏肉の方に伸びる。

 俺はすかさず、トレーごと丼ぶりを退けた。


「あっ」

「――いただきます」


 両手を合わせ、スプーンを突き差し、親子丼を口の中に掻き込む。


「一口くらいくれてもいいじゃねーか」

そへはへきんそれはできんこへはほへのこうふつはこれはおれのこうぶつだ


「あっははは。ハムスターみたいになってんぞ~、冬城」

「むぐむぐ」


 味わう暇もなく、親子丼を平らげた。ゴクリと最後の一口を飲み込む。

 水をあおり、空のコップを台にトンと置いた。


「ふぅ。ごちそうさま」

「良い食いっぷりだったな」

「ああ。やっぱり学食は親子丼に限る」


 辺は生姜焼きを箸で摘まむ。


「たまには日替わりも食ってみないか? 今日の生姜焼き、死ぬほどうまいぜ」

「確かにそれもありだけどな……。日替わりなら、金曜のハンバーグ定食も捨てがたい」

「おっ。じゃあ金曜は日替わり定食で決まりだな」

「ああ」


 そこで俺は昨日の夜、蕎麦とある約束をしていたことを思い出した。


「悪い、ちょっとスマホ触る」

「んあ? お、おう」


 Hiscodeを開き、文字を入力する。

 蕎麦に「明日からテスト週間だから、いつも通りVCボイスチャットで勉強しよう」と誘われたのだ。もちろん了承したが、細かな時間を指定していなかった。


『今日何時から勉強しようか?』


 入力して送信。それから少しして――食堂内が何やらざわつき始めた。


『柏木さん、誰その人! も、もしかして彼氏から?』

『んだよ、彼氏居たのかー』

『嘘っ!? いやいや、もしかしたらただの友達って線も』


 カウンター席の方から聞こえる。

 視線を向けると、柏木さんがスマホを取り出して操作するところを、大勢が覗き込んでいるのが見えた。あれは、プライバシーも何もあったもんじゃないな……。

 というか、柏木さん彼氏が居たのか。あの鷹合先輩を振ったのも頷ける話だ。


「はぁ。食った食った。ごちそうさま……さて、飯も食ったし戻るか」

「そうだな」


 ブーンッ


 ポケットが振動する。返信が返ってきたようだ。


〈Sob_A221 :今手が離せないから、後でね。〉


 ま、飯時だもんな。

 りょーかい、と書かれた熊スタンプを送信。蕎麦が好きなキャラクターのスタンプ「ベアートリスのいとま」の新作を、俺も買ってみたのだ。


「あ、そうだ。冬城、帰りに書店寄らないか? BUMPバンプの発売日なんだ」

「ああ、悪い。俺、今日は友達と勉強の約束してるんだ。彼女はどうしたんだ? 今日は部活か?」

「ああ、それなんだがな……。千乃の奴――」


 ◇


 銀髪の少女は、スマホの画面を見ながら微笑する。


『おい、今柏木さん笑ってなかったか!?』

『あの棘姫が口角を上げただと……!? 今週の学級新聞に載せなければ……』

『やっぱり、彼氏とか居たんだね』

『男か……男が居るんだな……』


 周囲から聞こえる有象無象の戯言たわごとは、彼女の耳には届かなかった。


(カスミ、私とおんなじスタンプ買ったんだ……。嬉しいな……)


 ◇◇◇ ◇◇◇


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