クラスメイトの阿南さんの好きな食べ物
「うーーん。どうしようかなぁ……」
授業と授業の合間。10分休憩の時間。
教室の席に座ってボクは考える。
何をすれば彼女は喜んでくれるのか。
頭を悩ませていると。
後ろからサッくんに声をかけられる。
「よーっす、ハラちゃん。何シケた顔してんだよぉ」
「ま、まぁ……色々あってね」
友達にはボクと阿南さんの関係は話していない。
話さないのは特に明確な理由があるワケじゃないけど。
なんとなく、阿南さんが嫌がるような気がして。
「てかさ、聞いてくれよハラちゃん! 昨日父ちゃんと母ちゃんの新婚生活の頃の話を聞いてたんだけどよ」
「新婚生活?」
「おうッ。父ちゃんったら、初デートの時にどこ行ったと思う?」
「うーん、水族館とか?」
ボクがそう言うと。
サッくんは豪快にゲラゲラと笑って。
「父ちゃんにそんなセンスねぇって! ハハッ」
「えー? 水族館ってそんなセンスいいかな」
無難な回答をしたつもりなんだけどな。
ひとしきりサッくんは笑ったあと。
正解を教えてくれる。
「答えは回転寿司屋だよ。マジダサいよなぁ!」
「別にいいと思うけど……」
「いやッ、センスねぇだろ。友達同士ならいいけど、恋人と回転寿司屋って……俺、それ聞いた時マジでウケてさぁ」
「ふーん。回転寿司屋……か」
お寿司は普通に美味しいし別にいいと思うけど。
世間的にはセンスがないと判断されるのか。
世の中というのは中々難しいものだな。
(そういえば、阿南さんって好きな食べ物って何なんだろう……)
それが分かればお礼ができるのだけど。
ぼんやりとそんなことを思いながらサッくんの話を聞き流すのだった。
※※※
「今から皆には絵を描いてもらう」
「高橋先生、絵ってなんでもいいんですか?」
「いや、お題は『思い出の場所』だよ。授業終了まで描いてもらうからね」
美術の時間。担当の高橋先生がそう言った。
思い出の場所……か。中学生の頃に家族で行った沖縄の水族館でも描こうかな。今でも記憶に残っているし、ボクの身体の何十倍もあるジンベエザメが優雅に水槽の中を泳いでいる様子は圧巻の美しさだった。
と、その時。
男子生徒数名が高橋先生にこうオネダリする。
「先生、たまには席替えしましょうよ」
「席替え……? 急だなぁ」
「俺、一番後ろの端っこの席だから飽きたンすよぉ〜。頼むって先生〜!」
「そんなイキナリ言われても困るよ」
男子生徒の提案に困った様子の高橋先生。
と、そこで他の女子生徒も次々と口を出す。
「いいじゃん先生! 美術室広いんだし、友達同士で集まって描いたほうが楽しいっしょ!」
「それな〜。お願い高橋センセ〜!」
「……仕方ないね。今回だけだよ?」
先生の了承が取れたところで。
クラスメイトの皆がワーッと歓声を上げる。
……高橋先生、女の子が口を出してから妙にすんなり受け入れたな。もしかして、ちょっとスケベな人なのかな。
そんなワケで。
クラスメイトが美術室の好きな席に腰掛けて絵を描き始める。ボクはサッくんとマーくんと一緒だ。机を給食の時みたいにくっつけてお話しながら楽しく絵を描く。
「クッソ〜! 上手く描けねぇ!」
「サッくんは絵が下手ですねぇ。それでもオタクですか?」
「そういうマーくんだってそんな上手くねぇじゃん」
「私はいいんですよ。漫画より小説とかのほうが好きだし……」
「小説って、ラノベしか読まないだろマーくん」
「……さぁ、何を描こうかなぁ〜」
「とぼけやがって……」
二人が話しているのを聞きながら。
黙々と絵を描く。しばらくして。完成する。
……うん、かなりいいんじゃないか? プロ並みとは言えないけど、高校生にしては割と上手いと思う。
ジンベエザメの躍動感ある泳ぎも表現できているし。それを眺めるボクとお母さんの絵も上手く描けた。
満足して、ペンを机に置くと。
(……まだ授業終了まで10分もあるのか)
それまで暇だなぁ。
サッくんとマーくんはまだ描いているから話しかけて邪魔するワケにはいかないし。
……そういえば、阿南さんは何を描いているのだろうか。
ふと、彼女が座っている席に目をやる。
真剣そうな面持ちで黙々と絵を描いていた。
阿南さんの『思い出の場所』……か。少し気になるな。
大人っぽい彼女のことだ。例えば美術館とか骨董品店とか。あるいはフランスで見たエトワール凱旋門とかだろうか。
「クソ〜。絵ってマジで難しいなぁ……」
「自分の画力の無さが腹立たしいです……」
サッくんとマーくんは作業で忙しそうだ。
話しかけたら邪魔しちゃうよね。
他の生徒の中には席を離れて友人の描いた絵を見に来ている人もいる。
……阿南さんの絵、気になるな。
少しくらいなら迷惑にならないよね。そう思いボクは席を立って阿南さんの様子を見に行くことにした。
阿南さんは真面目な人だからか。
席を移動せずにひとりで黙々と絵を描いていた。
きっと阿南さんの友達も彼女と同様に真面目な子だから自分の席に座って作業をしているんだろうな。
「阿南さん。こんにちは」
「……あ、
ボクが話しかけると。
一瞬だけ怖い顔をして。それからボクだと分かるとパッと花が咲いたかのように優しい笑顔になる。
「何描いてるの?」
「えっと……」
「あ、ごめん。友達でもないのに絵を見られるの嫌だったよね」
「……」
「ちょっと気になったからさ。阿南さんの『思い出の場所』が。本当にごめんね?」
阿南さんは自分が描いた絵をチラリと見て。
上目遣いで恥ずかしそうに言う。
「……いいよ」
「え?」
「……原田君になら、見せても……」
「いいの? ボクに見られても」
「うん。ちょっと恥ずかしいけど……大丈夫。キミになら」
「ありがとう阿南さん。じゃあ、いいかな?」
阿南さんが恐る恐るといった感じで。
ボクにスケッチブックに書かれた絵を見せてくれる。
小さな女の子が無邪気に笑い、明るい色の髪型の女性がその様子を微笑ましげに見ている。親子だろうか。
テーブルには皿に乗せられたお料理が並んでおり。それらが女の子らしい優しげなタッチで描かれていた。って、この場所って……。
「ここって、回転寿司屋さんだよね?」
「……うん」
「お寿司好きなの? 意外だね」
「似合わないかな」
眉をひそめて悲しげに尋ねる阿南さん。
ボクは慌てて否定をする。
「ううん、そんなことないよ。お寿司美味しいもんね」
「……小学生の頃、お母さんが連れてきてくれたの」
「優しいお母さんなんだね」
「……」
「阿南さん?」
阿南さんはボクの言葉を聞いて。
一瞬だけ間を置いてから。こう続けた。
「……そうだね。とっても、優しいよ」
「ごめん、聞いちゃいけない話だったかな」
「ううん、そんなことないよ。私から話したんだし。それに……」
阿南さんはクスッと花びらが舞い散るように笑うと。
「原田君になら、話しても大丈夫だから」
「随分とボクを信用しているんだね」
「……ウチのお母さんね、接客業をしてて、色々なお客さんと関わってきたんだけど。昔、教えてもらったことがあるんだ」
「何を教えてもらったの?」
「善人か、そうじゃないかの違いだよ」
ボクが善人だとでもいうのか。
でも、自分ではそんなに良い子じゃないと思うんだよな。お母さんが隠してるお菓子をこっそり食べちゃうし、門限を30分くらい過ぎて友達と遊ぶこともあるし。欲しいゲームがあってお小遣いを前借りすることだってあるし。
「ボクは善人なんかじゃないよ」
「……そうかな」
「そうだよ。もっと良い人なんて沢山いると思うよ」
阿南さんは何かを言う代わりにクスっと微笑んで。それからボクにこんな問いかけをした。
「私、気になるな。原田君から見える世界」
「ボクから見える世界?」
「うん、キミの目から見た世界は、きっと果てしなく優しさで溢れているんだろうね」
「そうかな」
「そうだよ。羨ましいな……」
少し悲しそうに眉をひそめる阿南さん。
よく分からないけど、彼女を傷付けてしまっただろうか。ボクは鈍感なところがあるから無意識に相手の逆鱗に触れてしまうことがある。だからボクはとりあえず謝罪をすることにした。
「ごめんね、ボク何かしちゃったかな」
「……ううん、違うの。でも、ありがとうね」
「うん、こちらこそ。ありがとうね」
「……ねぇ、原田君」
「ん?」
阿南さんは少しためらうように言葉を止めて。
それから、真剣な顔でこう続けた。
「キミの目には、私がどう映っているかな……?」
「どうって……それは」
「それは?」
瑠璃のような綺麗な瞳でボクを映し。
ボクの言葉をジッと待つ阿南さん。
な、なんか緊張しちゃうな。
ボクは思った通りのことを返す。
「大人っぽくて優しい、ボクのクラスメイトだよ」
「……それだけ? その」
「その?」
「その……汚れて見えるとか、穢れてるとか……」
「そんなことあるワケないよ。阿南さん美人で可愛いし」
「……ッ」
「…………あ、可愛いっていうのは変な意味じゃなくてね? 客観的に見た視点でって意味で。別にやましいことは考えてなくて」
つい早口になって弁明すると。
阿南さんは──ひまわりの花が咲いたように笑って。
「ふふ……原田君ってば、必死すぎ……」
「……恥ずかしいなぁ」
「もぉ、可愛いなぁキミは」
「可愛いって……せめてカッコイイって言ってよっ」
「えー? どっちかっていうと可愛いよキミは」
「そんなぁ……」
男としての尊厳が……。
ガッカリと落ち込んでいると。
小さな声で阿南さんが呟く。
「……まあ、カッコイイところもあるけど」
「え? 何かな」
「何でもない。聞こえなかったならそれで」
「な、なんだったんだろう」
阿南さんはやっぱり少しミステリアスで。
でも、彼女が楽しそうだったから。別にいいかと。
ボクはそう思い、その日の授業を終えるのだった。
※※※
「ハラちゃん! 帰ろうぜ〜!」
放課後。サッくんが駆けてくる。
もうこんな時間かぁ。結局阿南さんになんのお礼もできなかった。何がいいんだろうなぁ。
サッくんと共に通学路を歩く。
マーくんは遅刻した挙句に宿題を家に忘れたらしく、先生に職員室に呼ばれこっぴどく叱られている為に今は不在だ。
「なぁ、ハラちゃん」
「なに、サっくん」
「ハラちゃんってさ、異性からもらったら地味に嬉しいものランキングって知ってるか?」
「地味に嬉しいものランキング、か。知らないなぁ」
「この前テレビでやってたんだよ。一位なんだと思う?」
一位かぁ。しかも、ただ嬉しいんじゃなくて『地味』にだもんな。なんだろう。お金とかかな。
悩んでいると、意外にも早く正解を教えてくれるサッくんだ。
「正解は、手書きの手紙らしいぜ? この時代だからこそ、想いが伝わっていいんだと」
「あー。なるほどね? それはボクも嬉しいかも」
「だろー? あーあ、俺も可愛い女の子から手紙貰ってみてぇなぁ〜〜」
手紙、か……確かに、ジュースのお礼にしては丁度いいかもな。阿南さんにお手紙でも書いてみようか。
ボクは家に帰ってから買ってきたレターセットを取り出して。ボールペンで阿南さんにメッセージを書く。
『阿南さんへ。この前はジュースをくれてありがとうね。美味しく頂きました。最近お話するようになって嬉しいよ。身体に気を付けてね。原田より』
「……こんな感じかな」
あまり長文でも気持ち悪い感じがして嫌だろう。
あくまでジュースのお礼のお手紙なのだから。
筆を置いて、一息つく。明日学校に行ったら渡そう。
『キミの目には、私がどう映っているかな……?』
阿南さんが言った言葉。
どういう意味だったのだろうか。
何か、例えるなら何かに怯えるような。
自分の存在を恐れるような雰囲気だった。
(阿南さんは、阿南さんなのに……)
ボクは少しでも彼女の恐れを取り除くことができただろうか。
次の日。学校にて。
「阿南さん」
「あ、原田君。おはよう」
なんだか目が冴えて早起きしてしまって。
いつもより早めに登校すると、阿南さんが座っていた。
早速ボクは阿南さんにお手紙を渡すことにした。
「はい、これ。良かったら……」
「これはなぁに?」
「感謝のお手紙だよ。ジュースのお礼」
「お手紙? いいの? 貰っちゃっても」
「そのために書いたんだから。あ、もしかして嫌だったかな」
阿南さんはパァっと花が咲いたように笑うと。
「ううん、とっても嬉しい。大事にするね」
「ありがとう。そう言ってくれると書いた甲斐があるよ」
「ふふ、この時代に手書きのお手紙って、なんか良いね」
「やっぱり阿南さんも嬉しいんだね。お手紙もらうと」
流石、地味に嬉しいものランキング一位なだけある。
ミステリアスで大人っぽい阿南さんにもその例に漏れないようだ。
「……変、かな」
阿南さんが不安そうに問いかける。
ボクはキチンと否定してあげる。
「ううん、変じゃないよ。阿南さんは、全然」
「……私、自分で自分のこと変だと思ってるの。私のしてることって……意味があるのかなって」
「阿南さんは何をしているの?」
気まずそうに言い淀む阿南さん。
言いづらいことがあるのだろうか。
だったら無理させるワケにはいかない。
「ごめん、言いづらいことだったら言わなくていいよ?」
「……」
「阿南さん?」
「……ありがとうね。原田君」
「うん。大丈夫だからね」
安心して欲しくて。
『ありがとう』の意味も分からずにボクは彼女を励ました。すると、阿南さんは一言。
「私……お母さんのこと、大好き」
「そうなんだ」
「うん。だから、あの人が馬鹿にされるくらいなら、私はいくらでも汚れていい……ずっと夜遅くまで働いて女手一つで育ててくれたんですもの」
「汚れるって……どういうこと?」
怖い顔をしていた阿南さんは。
我に返ったようにハッとして。
──ボクが好きじゃない笑顔になるのだ。
まるで、蝋人形が下手な人間の真似をするように。
「何でもないよ。原田君」
「……阿南さん」
「お手紙、ありがとうね。大事にするよ」
「うん。こちらこそ」
阿南さんはミステリアスで、大人っぽくて。
そして、腹の底に深い闇を秘めている子だ。
ボクにその深淵の中を照らすことはできるのだろうか。
……この子には心から笑っていて欲しいな。
そう、何となく思うボクだった。
クラスメイトの物静かな阿南さんは先生と肉体関係にある。 まちだ きい(旧神邪エリス) @omura_eas
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