コンビニバイトの城島くん
トモユキ
コンビニバイトの城島くん - 小説版
「今日から入りました、新人の
私――
城島くんは身長一八〇センチを優に超える大男。
コンビニの制服はその大胸筋で今にもはちきれそうだし、パンパンに膨らんだ二の腕なんて、私の太ももより確実に太い。おまけに半袖から突き出た腕は色黒で、相当毛深い。
新型コロナウィルス対策でマスクをしているが、その隙間から覗く太い眉ともみあげ、つぶらな瞳は、アフリカの原生林を想起させるほどに、
彼は、その……。
いかんいかん。
私は、いつもにこにこしてる店長が、珍しく真剣な表情で語ったセリフを思い出した。
「いいかい寺島ちゃん。彼を見て十人中十人が、そういう顔だと思うだろう。でもそれは絶対、彼に言ってはいけないよ。いくらガタイが良くったって最近の若い子は繊細だから。面と向かってそんな事言われようものなら、コンビニのバイトなんてすぐ辞めちゃうよ。貴重な日本人バイトなんだから、大事に育ててあげてね」
このご時世、コンビニバイトは外国人ばかりだ。私にとっても日本語が流暢に喋れるバイト仲間は一人でも多く確保したいところ。
顔なんて付いていればいい。身体も大きい分、力仕事も得意だろう。店長の言う通り、わざわざリスクを負う必要はない。
「初めまして、寺島です。店長から城島くんの教育係をやるよう言われてるから、よろしくね」
「はい! どんどんこき使ってください、寺島先輩!」
「あはは、元気いいね。じゃあまずはレジから覚えよっか」
予想通り体育会系のノリの城島くんは教えてる最中も、ハイ、ハイ、と小気味良く返事をしてくれて頼もしい。この分なら重い缶瓶ケースも全部やってくれそうだし、これは掘り出しモノかもしれませんよ、店長。
一通りレジの操作を覚えてもらったところで、私は早速、城島くんの実践投入を試みた。
「じゃあ私が後ろでヘルプするから。レジで接客やってみようか」
「ええ? もうですか!? できるかなあ」
「大丈夫大丈夫。後ろから指示出すし、実際にやった方が早く覚えるから」
城島くんは太い眉で深い彫りを作り、気合を入れてレジに立った。しかし今はお昼前。この時間店内に客は一人もいない。
しばし流れる沈黙。
いかん。このまま二人とも黙りこくってたら気まずくなる。それで辞めるなんて言われたら大変だ。ここは小粋な女子トークで、明るい職場を演出しないと。
「城島くんは、どうしてバイト始めたの?」
「実は最近、俺の地元で仕事がなくなっちゃいまして」
あー、コロナで雇い止めとか、ニュースでやってるもんなー。大変だ。
「田舎なのに治安が悪いのもイヤだったんで。それを機にこっちに引っ越してきたんです」
田舎の方がヤンキー多いとか聞くもんね。喧嘩強そうだし、逆に吹っ掛けられ易いのかしら。
「そっかー、それは大変だったね」
「ええ。おまけに仲間も例の感染症に結構やられてて……あ、俺は大丈夫ですよ。陰性でした」
「あ、ホント? びっくりしたー」
「それで、店長と面接したら……っと、お客さん来ましたね」
「じゃあ早速、がんばってね」
馴染みの学生さんだ。おにぎり二個とお茶をレジに持ってきた。バーコードで読み取るだけだし、これなら簡単だ。
城島くんは慣れない手つきで商品のバーコードを読み取ると、合計金額を伝える。
「四八〇円です」
「じゃあ千円で」
「お釣り……八百円です」
「いや違うでしょ!」
私は思わず後ろからツッコむ。城島君は慌てて、「五二〇円です」と言い直し、お釣りを渡した。
不思議そうな面持ちでお客さんが退店すると、城島くんはデカい図体を縮こませ、申し訳なさそうに、つぶらな瞳を向けてくる。
私は努めて明るく、フォローを入れた。
「あはは、緊張しちゃった?」
「すみません……円って慣れなくて」
「え、えん? じゃあ何なら慣れてるっていうのよ?」
「バナナなら」
ウホホッと笑う城島くんに、これは彼なりの冗談だと理解しながら、ノッていいものかどうか躊躇ってしまう。
その時店内に、来店チャイムの音が立て続けに鳴る。その音で、私はハッと我に返った。もうお昼の時間か。
普段は暇なこの店も、昼休憩の時間は、近隣の大学と会社からどっと人が押し寄せる。
ほどなくお客さんが、城島くんの前に次々と並んできた。彼は臆する事なく会計を始める。
「おでんの卵と大根と、おにぎりと、唐揚げですか。全部一緒に入れてもいいですか?」
「いいわけないでしょ!?」
「タバコ? すみませんお爺さん、二十歳以上でしょうか? え? でも人の見た目ってわからないじゃないですか!」
「自分でお爺さんって言ってるじゃない!」
「え? おにぎりの賞味期限が切れてる? お客さん、ウガンダでも同じ事言えます?」
「すみませんっ! 代わりの持ってきます‼」
「冷凍の鍋セット、お持ち帰りですか?」
「当たり前でしょ!」
「コンドー……ム?これもお持ち――」
「早く袋に入れなさい!」
ダメだ。このままではいつまで経っても列が捌けない。私は我慢できず城島くんと場所を交代する。
「あ、釣り銭足りない。城島くん、隣のレジから十円玉の束持ってきて」
「分かりました」
五メートルほど離れた隣のレジに向かって城島くんは二、三歩歩くと、おもむろに手を軽く握って、指の背を床につけた。
そして、四つん這いとは思えぬスピードでレジに到達すると、また同じ動作で戻ってきた。
その動きは動物園やテレビで見た事がある――ナックルウォーキングと呼ばれる独特な移動方法、そのものだった。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがと」
レジ前に並ぶお客さん全員が、私達に奇異の目を向けてくる。
何馬鹿な事考えてるの皆、常識的に考えて。
彼は日本語を喋って、私の言いつけを守って、コンビニで働いているのよっ!? そんなわけ……そんなこと、あるわけないじゃないっ!
心で強く念じても、お客さんの熱視線は収まるどころか、更に深く私の胸を抉ってくる。
耐え切れず、私は後ろに立つ城島くんに囁いた。
「城島くん、混んできたから隣のレジでやってみて。ゆっくりやってくれればいいから」
「わかりました」
やはりナックルウォークで隣のレジに移動する城島くん。見間違いじゃなかったんだと、震えながら目の前の会計をこなしていく。
予想通り、城島くんのレジには誰も並ばない。ただ不審者に向ける疑念の目が、隣のレジに注がれている。
最初から戦力としてアテにしていたわけではないので、これでいい。見世物にしちゃって悪いけど、今はとにかくそこでじっとしてて。
「こちらのレジもどうぞ~」
健気にも、私のレジ前の行列に声をかける城島くん。一斉に彼から目を背けるお客さん。
居たたまれないぞこれ。と思いつつレジで会計を進めていると、突然聞いた事がない音が店内にこだました。
ぽこっ、ぽこっ、ぽこっ、ぽこっ。
そのリズミカルな音に、私だけでなく店内全員の目が奪われる。
城島くんは両手を交互に胸に打ち付け、踊るようなドラミングを披露していた。思わずステップを踏みたくなる、軽快なリズムが店内に響き渡る。
お客さんの視線が集中した事を確認すると、
「こちらのレジもどうぞ~!」
性懲りもなく明るい声。そしてまた、鳴り響くドラミングの音。
その軽快なリズムの中、私もお客さんもただ黙々と、笑ってはいけない会計を進めていくのだった。
* * *
昼休みが終わり、すっかり誰もいなくなった店内で、私と城島くんはカウンターの中で一息ついていた。
「寺島先輩、今日は役に立てなくてすみませんでしたっ!」
勢いよく頭を下げてくる。城島くんなりに思うところがあったのだろう。健気だ。
しかし腰を折って前屈するその姿は……いや、何を考えてるの裕子。
そんな事あるわけない。
だって彼、最初に言ってたじゃない。
最近、地元で仕事がなくなったって。
……そういえば、アフリカって森林伐採で野生動物の生息地がどんどんなくなってるって、ニュースでやってた。
あと、田舎なのに治安が悪いのもイヤで引っ越したって。
……密漁ハンターが、絶滅危惧種を無理矢理捕まえているとも、言ってた。
でもほら、仲間が例の感染症で結構やられたって!
……たしか、エボラ出血熱に感染した事も、絶滅危惧種になった理由のひとつだとも、言ってた。
ダメだダメだ。私は何を考えている。
確かに巨体で毛むくじゃらでつぶらな瞳の城島くんだけど、彼は人間だ。人間の範囲だ。すぐにそんな誤解、解く事ができるはずだ。
「あのさ、ちょっと色々質問してもいい?」
「はい」
「あの、四つん這いで移動してたじゃん。隣のレジ行く時。あれじゃないと移動できないの?」
「やだなぁ、ちゃんと立って移動できますよ」
「あ、だよね」
「二メートルくらいなら」
……次の質問。
「城島くんの、好きな食べ物は?」
「え、そうだなあ。繊維質が多い野菜系が好きなんですけど、他にも木の実とか、果物とか」
「えーと、バナナ。とかは?」
「あーバナナ好きですよ! でもウチの田舎じゃアレ、食べられないんですよね」
「え?」
「あとはグンタイアリかな。たまに食べたくなりますよね」
「え?」
「え? こっちの人食べないんですか? 田舎だからかなあ」
確かバナナは東南アジアが原産地で、アフリカなどの熱帯雨林地域では、輸入しないと食べられないと聞いた事がある。
それよりも、グンタイアリの方が問題だ。でも田舎の方には、虫を食べる風習があると聞くし……。
そうだ、夢だ! 将来の夢を語ってくれれば分かる。人間の若者が見る夢だなって、確信が持てるはず!
「城島くんって将来の夢とか、あるの?」
「俺、実は憧れてる職業があって……」
そう、それよ! プロ目指してるスポーツ選手とかバンドマンとか! 練習ばっかでちょっと世間に疎いとか、そういう事なのねっ!
「コンビニ店員なんですけど」
ツッコミたいところを、ぐっと堪える私。……現代っ子は繊細。すぐ辞めちゃう。否定してはいけない。いけないのだ。
「それで、俺いろんなコンビニいって、面接する度、落とされて」
そりゃまーあの奇行じゃね。二足歩行二メートルが限界だし。ドラミングしつこいし。
「でも、ここの店長さんは、そんな俺の夢を叶えてくれたんです」
店長、ヤル気重視採用だからなあ。
「寺島先輩だって、こんな失敗ばっかの俺を見捨てず励ましてくれて……俺、もっと役に立ちたいんです。恩返し、したいんです!」
つぶらな瞳から涙の筋が落ちていく。それに気づいた城島くんは慌てて太い腕で顔をこすると、私に背を向けて座り込む。
城島くんと同じシフトに入って、彼の失敗で埋め尽くされた一日だったけれど。
彼と一緒にいて、分かった事が一つだけある。
「私、城島くんが健気にがんばってる姿、カッコいいと思うよ」
その一言に、城島くんは座ったまま振り向いた。つぶらな瞳が、本当ですか? と訊いてくる。
「だからほら立って! 元気出して!」
毛むくじゃらの腕を両手で抱え、私は城島くんを立たせる。
「城島くんは田舎育ちで世間知らずなところがあるから、もっと細かく教えてあげる。憧れのコンビニ店員になれたんだから、頑張んなよ。私だって、待ち望んでいた後輩が来てくれたんだから、頑張るよ!」
「寺島先輩。本当に俺なんかと一緒に、働いてくれるんですか?」
ナックルウォークだのドラミングだの、そんな事はコンビニ店員にとって些細な問題でしかない。ましてや人間かどうかなんて、バカバカしいにも程がある。
だって。
「私が城島くんと、一緒に働きたいの!」
「それは……」
つぶらな瞳に見つめられ、私の頬が紅潮する。
「群れに入れって事ですか?」
「違うわよ」
「ボス」
「ボスじゃないから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます