一日目前半 解き放たれた地獄

第7話 無人の自走船

「おう、準備はどうだ?」


「ばっちしですぜ。ポットさん。」


 時間は過ぎて日が上る。

 とある商業施設の倉庫前にある場所の荷台の中。

 荷物を積み終えた職員が最後の確認をする。

 すると、ポットと呼ばれた大柄の男が満足したのか頷いた。


「おーし。依頼通りだな。んじゃ、今日も今日とて配達だ。出発するぞ。」


「いつでもどうぞ。」


 積み荷から降りたポットは、運転席へと移動する。

 そして、そこにいる馬の腰を撫でる。


「お前らもよろしくな。」


 馬からの返事はない。

 伝わるほどの意志疎通が出来ないから仕方ない。

 でも、大事な相棒達だからそれでいいのだ。

 ポットは、そんな相棒達に指示を出す。


「うし、しゅっぱーつ!」


 馬から伸びる紐をポット強く引っ張ると、馬が走り出す。

 そして、繋がれた荷台も引っ張られて動き出す。

 そのまま、馬車は道に沿って施設を離れていく。

 目指すは、お得意先の施設だ。


「ふんふふーん。」


「ご機嫌っすね。」


「おうよ。あの新人に、送りもんを用意したからな。」


 新人とは、昨日会った施設の若い新人の事だ。

 わざわざ、祝いの贈り物を用意したようだ。


「へぇ、どうしてまた?」


「あの年であんな場所に就くなんて偉いじゃねぇか。励ましのもんぐらいやっても、ばちはあたんねぇだろ。」


 そう言いながら、ポットが懐の少し高級なペンを手で触る。

 これから向かう先は、危険と隣り合わせの場所だ。

 そのような場所で、若い年で働くのは凄いことなのだ。


「喜んでくれるといいっすね。」


「おう。早く渡したいぜ。」


 早く喜ぶ姿が見たい。

 その気持ちが、ポットのテンションを上げる。

 その為に、頑張って選んだ物だから。

 急ぐ気持ちを押さえながら、馬車の運転に集中する。

 すると、前から何かが来るのが見える。


「なんだ、ありゃ。」


「自走船ですかね。」


「だよなぁ。」


 間の前から来ているのは、一隻の陸上自走船。

 このまま進むと、馬車と衝突してしまうだろう。

 それでも、速度を落とさず真っ直ぐ走る。


「ちょっ、ぶつかるんじゃないんすか?」


「やべぇ、退避だっ!」


 直前に気づいたポットは、馬に指示して方向を変える。

 それにより、すんでの所で回避できた。

 横に逸れて停止した馬車の側を、ボロボロの自走船が進む。


「危ねぇな。気を付けやがれっ。」


 怒鳴り付けても返事はない。

 その自走船は、何事も無かったかのように進んでいく。 


「何なんだ一体。」


「施設の自走船でしょうかね。随分ボロボロっすけど。」


「ボロボロ? まさかっ。」


 何かに気づいたポットは、一頭の馬を荷台から外す。

 そして、急いでその上に飛び乗った。

 紐で指示を出し、方向を変える。


「どうしたんすか?」


「自走船を追いかける。戻らなかったらお前も追いかけてこい。」


 強い語気で荷台の男に言いながら、馬に指示を出す。

 すると、自走船を目掛けて馬が駆け出す。


「すまねぇ。飛ばしてくれ。」


 足で軽く馬の胴を蹴ると、馬の速度が上がる。

 相手の速度は早い。

 そうしないと、追いつけないからだ。

 そうして何とか横に並ぶと、船に飛び移る。


「よっと。潜入成功だ。おい、運転手。船を止めろ!」


 ポットが運転席へと叫ぶ。

 しかし、船は止まらない。

 反応は無いようだ。


「いねぇのか? そんな馬鹿な。」


 自走船は動いている。

 ならば、人がいないのはおかしい。

 不信に思ったポットは、運転席に駆け寄る。

 すると、中で誰かが倒れているのが見えた。


「いるじゃねぇか。おいっ、返事しろっ! くっ、仕方ねぇ。」


 それでも返事はない。

 しかし、船は止めないといけない。

 なので、仕方なく扉を開けて中に入る。


「船を止めるには・・・これかっ。」


 ポットが運転席にあるボタンを押す。

 すると、エンジンが停止する。

 さらに横のレバーを倒すと、車輪の方からブレーキ音が聞こえてくる。


「止まりやがれっ!」


 ポットが強くレバーを倒す。

 それにより、船の速度が遅くなる。

 そして、ついに船が止まる。


「はぁ、何とかなったか。」


 目の前には、商業施設が見えていた。

 このまま行くと、大惨事になっていただろう。

 しかし、喜んでいる場合ではない。

 ポットが、運転席の人物の肩を揺する。


「おいこら。もう少しで大惨事だっただろうが。起き・・・こいつ、冷てぇ。」


 その人物に触れると、冷たい感触が伝わってくる。

 それは、その人物が既に死んでいるのをポットに伝える。


「嘘だろ。そういえば、足元が。」


 入った時は焦って気付かなかったが、足元が滑るのだ。

 そちらを見ると、赤黒くなった液体が床を染めていた。


「血だ。」


 それらは全て人の血だ。

 出所を探ると、その死体の足から出ている。

 具体的には、千切れた足の間からだ。


「何が起きてやがるっ。こいつ・・・は。」


 ポットがその死体の顔を見る。

 そして、気づいてしまった。

 その人物が、例の新人であることに。


「おいっ、おい。どうしたんだよ! なんでっ!」


 あまりの衝撃に、ポットが叫んだ。

 無理も無いだろう。

 こんな形で再会するなんて、誰が思うのか。

 あまりの悔しさに、ポットが台を叩く。


「一体、何があったんだよ。ん? この書類は。」


 よく見ると、運転席の台にファイルが置いてある。

 そして、その書類の表紙に何かが書いてある。

 ポットがそれを拾うと、赤黒い文字で書かれたものを読む。


「しせつ、くるった。えりあ、しずんだ。しせつ、いっしょに?」


 要領の分からない言葉が並んでいる。

 いや、意味は分かる。

 しかし、その内容は信じられないものだ。


「すべてなくなった。すべてこわされた。やつらにうばわれた。いずれはたいりくも。・・・奴らって誰だ?」


 疑問を持ったポットが、書類から紙を取り出した。

 その一番上の紙には、エリアのマップと四枚の写真が張ってあった。

 エリアを破壊した四匹の写真が。


「こいつらが、エリアを破壊したのか。それを知らせようと。」


 この新人は、死を悟っていたのだ。

 だから、この文字を最後に記したのだ。

 職員としての仕事をまっとうする為に。


「あんた、立派だよ。立派な職員だ。」


 最期の時まで、職員としての仕事を全うしたのだ。

 その勇姿こそ、立派だと言うに相応しい。

 懐のペンを取り出したポットは、死体の服のポケットに入れる。


「そいつは餞別だ。本当は、それを持って働く仕事が見たかったがな。」


 しかし、それはもう叶わない。

 それでもポットは贈るのだ。

 彼の勇姿に、敬意を評する為に。


「それと、こいつは預かるぜ。お前の最後の仕事、無駄にはしねぇよ。」


 そう言って書類をファイルに戻すと、運転席から出て船を降りる。

 すると、船を囲うように人の群れが出来ていた。

 その中の一人が、ポットに近づいた。


「おい、ポット。これはなんだ?」


「話は後だ。中にいるのをちゃんとした場所で寝かせてやれ。」


 いつまでも、こんな所に寝かせておくわけにはいかない。

 ポットの気づかいだ。

 それだけ言うと、ポットが施設の中へと向かう。


「ちゃんと、届けてやるからな。」


 それが、命をかけてまで情報を伝えた新人の為に出来る事だ。

 その為に、ポットは急いで施設の中へと入る。

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