第3章 おとなしい子の過小評価

第1話 地味女子ちゃんに話しかけることになりました




 ゴールデンウィーク中は楽しかった。実家に帰省して、箱根旅行もして、旅館で鈴音と電話して、お母さんが乱入しかけたりして。


 でも私にはやることがある。先生の課題をクリアしないと。


 連休明け特有の、ちょっとどんよりした空気が教室に漂っている。鈴音たちは相変わらず盛り上がってるけど、私は箱根温泉饅頭をひとつまみ。


可憐かれんちゃんおはよー」


 えんじ色のセミロングのおとなしそうな女の子。自分の席で本を読んでいるけど、私に声をかけられた途端に固まってしまった。


 いきなり名前呼びだけど、クラスの派手女子に苗字で呼ばれると、それだけでなんか怖いでしょ。


「あ、おはよ……」


「温泉饅頭どうぞ!」


 この子が今回のターゲット・神谷可憐かみやかれんちゃん。属性のえんじ色ネクタイが似合う。


 属性の説明は難しい。他の属性に当てはまらない人が集まっているから。


 体をバラバラにしたり、手足が伸びたり、ウイルスを撒き散らしたりと実態は様々。


 可憐の場合は指先から血液を発射してくる。足元に巻いて滑らせるもよし、固めてメリケンサックにするもよし。


「あっありがと……」


「それとちょっと頼みがあるんだけど……」


 なぜこの子か。大人しくて話しかけやすそうだから。何より異能が魅力的だ。ああ、だんだんノイズ先生に似てきた気がする。


「バトル学の授業で異能コピーさせてくれない? 使い方も教えてよ」


「うん……」


 よし行ける! 怖がられてるけどこれは想定内。私だって鈴音にビビってたし、その壁を取り払うコミュ力……というか戦闘狂力は持ち合わせていない。


 慣れてくれば仲良くなれるでしょ。こっちも気楽に行こう。





*******





 そしてバトル学最後の15分、私は仕込みをした。鈴音に囁く。


「鈴音、加賀と穂村の倒し方探らない? 私は可憐かれんに異能コピー聞く約束してるから、先にお願い!」


「任せとけ!」


 鈴音は男子2人の首根っこを掴み、脇に引きずっていく。これで私1人、可憐もビビらない。


 ところで当人可憐はどこかな……壁際で固まっていた。


 鍛えているので背筋は伸びているけど、それでも怖がってるのが伝わる。気持ちは痛いほどわかる。私はにっこり笑って手を振った。


「お疲れ〜!」


「よろしくお願いします……」


 敬語を使いたくなるのもわかるよ。でも課題クリアのためだ、付き合ってくれよ!


「ちょっと触るね」


 手の甲に触れて異能をコピー。適当な場所に向かって血を発射してみた。鼻血の如き血液がピュウ。


「あんま威力出ないなあ」


「ええと、あの、異能塾で練習して量増やしたんだ。その前はこんな感じで……」


 粘度の変え方も教えてもらおうと思ったんだけど、威力がこれじゃダメだ。私は何度か打ってみたが水鉄砲レベル。


 普段の授業見てる限り、可憐はホース並みの威力が出せる。今すぐじゃ無理だけど、コピーするなら育成はしたい。


「じゃあどんな訓練方法をやってる?」


「ええと……」


「レーナっ!」


 しまった! 鈴音にどつかれた!


「楽しそうだから混ざっちゃお!」


 さすがかわい子ちゃんは発想が違う! 凡人以下の私には思いつかない行動をとってきた!


「神谷って血でバトルするんだろ。ドラキュラの逆だよな」


「アツいよなーそれ」


 そして加賀と穂村も来てしまった。可憐のライフはゼロ。悪者が1人もいない地獄が出来上がってしまった。全部私のせいだ。


 こうなりゃ肉を切らせて骨を断つ作戦に変更だ。


「鈴音と加賀、バトルしないの? 加賀も逃げないよね?」


「ああ? 逃げるわけねえだろうが!」


「いいね! 加賀あっちに行こうよ!」


 よし! 当たりがきついイケメンとバーサーカー美少女を引き離したぞ! 穂村はおっとりしてるし大丈夫でしょ。


「今度は神谷の異能コピーするんだな」


「そうそう! だからトレーニングメニュー教えてよ!」


 可憐は1ミリほど安心している様子。


「ええと、とりあえず計量カップ用意して、注ぐイメージで血を出す感じで……量は毎日計測してたかな。あと貧血対策の鉄分サプリ取ってるよ」


「そっか……貧血対応しなきゃいけない……あれ……?」


「あぶねえ!」


 視界が歪み暗くなり、仰向けに倒れてしまった。穂村に受け止めてもらう。これ貧血だ。


「池亀さ……レナちゃん大丈夫?」


「え、倒れてんのあいつ」「貧血かな」「どうした?」


 鈴音たちや先生もやってくる。こんな時にあれだけど、大勢に覗き込まれてるって結構恥ずかしいかもしれない。


「貧血か。これは回復ライトじゃ治せないな。保健室で休んでいろ。あと5分だし出席扱いにしておくぞ」


「あ……じゃあ私が連れて行きますね」


 可憐は私をお姫様抱っこした。そしてそのまま異能訓練場を出た。





********





「下ろすよ、よいしょ」


 保健室特有の薬品の匂い、保健医はいない様子。私はベッドに寝かせられる。それにしても可憐って力あるなあ。


 そりゃ異能バトル科は鍛えてるし、私だってもちろんできるけども。可憐は近くの丸椅子に腰掛ける。座り方がなんとなく男らしい。


「とりあえずなんか食べないと……朝もらった箱根の饅頭でいいかな?」


「それは可憐が食べてよ。ゴールデンウィーク中どうしてたの?」


 加賀は確か群馬のおばあちゃん家、穂村は弟妹たちと水族館。鈴音はなんて言ってたかな……。


「千葉の実家に帰ったよ。ごめんね貧血のこと言い忘れて」


 今まで体質はコピーできていた。つまりやりすぎると貧血になる異能だってこと。


「可憐はどれくらい出せるの?」


「今は5リットルぐらいまでは貧血にならないよ」


 それは普通にすごいな。


「レバニラ食べて、あとご飯は大盛り3杯、肉は500グラム、10時と3時にプロテインバー食べて、夕飯の後は生卵飲んでるよ」


 なんてストイックな。そりゃいい筋肉してるわけだわ。そして今の可憐は結構リラックスしてる。よかったよかった。


「鍛えてるんだね」


「異能があんまり戦闘向きじゃないから……それに男らしくなりたいんだ! ロックンロールみたいに!」






 

 可憐は急に立ち上がり、拳を振りかざして熱弁した。

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