真宵猫ー黒幕ー2
階段からする足音にその場にいた誰もが顔を向けた。
足音は一人、だんだんと近づいていき、とうとうその足音の元凶の顔が見える。
「―――ッ!カレン様、何をなさっているのですか!?」
カレンに叫んでいるのは二十代後半の男性、右手にゲージを抱えておりどうやらカレンとは知己のようだ。そんな男はカレンが先生に跪いている今の状況に驚きを隠せない様子だ。
「
いつの間にか鎖を外されたカレンが男へと視線を向ける。
男の名前は荊芥というらしい。カレンのことを様付けするのを見るにカレンの方が上のようだ。
「はい、今日の供物をお持ちしました。というかこれはどういう状況ですか!?こ奴らは誰ですか?なぜここにいるんです!?それになぜあなた様が跪いて……」
「この者たちはわたくしの客人です」
「きゃ、客人……?せめてこの者たちが誰なのかきちんと説明してください!!」
荊芥の怒鳴り声に反応してか荊芥が持ってきたゲージの中身が一人でに暴れ出す。
「あっ!こら!暴れるんじゃねぇえ!」
そう言うと荊芥はゲージを地面へと叩きつける。
中に入っているのは生き物らしい。叩きつけられた時、動物の鳴き声が聞こえてきた。
嫌な予感がした
「なあっ!?」
何とかゲージ内に衝撃を加えることなく奪うことに成功した。手に取ると結構ずっしりとした重さがある。
急いで中身を確認すると中には――――猫がいた。
暗くて模様や色までは確認できないが猫であるのだけは確かだ。ただ猫にとっては外が見えないためこちらに回収してもゲージ内で激しく暴れている。このままではどこか怪我をする勢いだ。そのため魔法で一度眠らせる。
「木漏れ日溢れる楽園の都、汝はそこで眠りにつく【二階級魔法:
魔法をかけると揺れていたゲージはぴたりと動きを止め、中身を確認してみると猫はぐっすりと眠っていた。
「おい、テメェ!そのゲージを返しやがれ!!」
「返せと言われてはいそうですかと返すとでも?」
「くそがっ!カレン様の客だかなんだか何だか知んねぇがすぐにそのゲージを返せ!じゃねぇとぶち殺すぞ!」
荊芥は懐から小型ナイフを取り出すと目の前に構える。
すかさずこちらもゲージを地面に置き、杖を構える。
殺意が体に突き刺さる。
相手が動いたのならそれに合わせて魔法を打とうと考えていたらカレンの方から静止の声がかかる。
「荊芥、下がりなさい!」
膝を着いたままだが荊芥を睨みつけている。
「で、ですが!?」
「下がりなさい!」
「は、はい」
二人がどういった関係なのかわからないがパワーバランスは何となくだが見ていてわかる。僕と先生のような上下関係のようだ。
「すみません、魔女様、この者が大変な失礼を」
「気にしてないわ。だけど暴れてもらっても困るから怜、その男を拘束しなさい」
「あっ、わかりました」
先生に言われ荊芥を拘束する。拘束時抵抗するものと思っていたが案外すんなりと拘束させてくれた。どうもカレンの睨みが効いているようだ。
「さてカレン、とりあえず聞くのだけれどそこの猫をこれからどうするつもりだったのか聞いてもいいかしら?あとは出どころなんかもわかれば教えてほしいわね」
「あっ、えっと、それは私の力をつけるための供物としていました。ただ一匹も殺してはいません。私は愛欲の魔女の
「そう……」
供物なのに殺していないとなると何か別の使い道があるのだろうか。
怜はゲージの中にいる猫に目をやる。どうも改めてこの子を見てみると黒猫のようなので依頼の猫、チャコではないようだ。もしかしたら依頼の猫は本殿にいるのかもしれない。
「じゃあ本殿に今から向かいましょうか」
「はい!僭越ながら私がご案内させていただきます!」
なんというかとんとん拍子に話が進むのと先ほどまで殺し合っていた敵が先生の下僕みたいになっているので頭が混乱する。
そんな怜を見かねた先生は怜の裾を引っ張り声をかける。
「怜、行くわよ」
「あ、はい!」
横目でカレンを見る。向こうさんはもうこちらに攻撃する意思はないらしい、これ以上頭の中で一人考えても仕方ないのでおとなしく先生に指示に従う。
気持ちを整理し、改めて先生に駆け寄ろうと近づいたとき、先生の近くにいたカレンがいきなり苦しみだしその場に倒れこむ。
「うぐぅっ……!?」
『―――ッ!?』
先ほどの怜が当てた攻撃の傷が今になって痛みだしたのか先生の横に倒れ胸を押さえうずくまる。
荊芥も怜も二人の視線は倒れるカレンに向くなか、先生一人だけは壊れた拝殿へと視線を向けていた。
「まさか使徒様が我々を裏切るとは思いませんでした」
声がしたのは神社の半壊した拝殿の奥からだ。
そちらに視線を向けると装束を身に纏った老人が二人、姿を現した。
「
「ええ、まあ~……。まさか私のいないうちに使徒様を懐柔してしまう者が現れるとは思いもしなかったですが」
現れた神主のような格好をした老人と老婆の二人。ただその恰好は神聖なものとは程遠い。なぜなら二人の体には穢れが至るところにこびりついているからだ。
「さて、カレン様、私たちはあなたとは協力関係にあったと思われるのですがそちら側につくということはこちらとの契約も破棄されたということでよろしいでしょうか?」
古佐目と呼ばれた老人が右手に何かベルのようなものを持っており、ベルの音が聞こえてくることはないがベルを振るとカレンが一層苦しみだすのであのベルになにか仕掛けがあるらしい。
カレンはといえば胸を抑えながらも必死で立ち上がりながら古佐目を睨みつける。
「ふ、ふざ……けんな!!私に―――何をした!?」
「なに、供物に少し細工をしただけですよ。」
「供物に……ですって?」
村長の
揺れる中身には黒い何かが入っている。
「うん?空の瓶?」
荊芥には中身が見えていないらしい、じゃああの瓶に入ったものは―――……。
「まさか穢れ!?」
「正解です。それもただの穢れではないですよ、その穢れには他の穢れを寄せ集める効果があるんです」
「なっ、まさかッ―――させない!ファルあの者を、殺しなさい!!」
その命令を聞きすぐにファルと呼ばれた黒騎士は老人たちに向かって突っ込む。
「自害なさい、意思なき木偶人形よ」
だが古佐目がそう言い放つとファルは老人たちの目の前で急に止まり、いきなり自身が持つ剣で自身の胸を思いっきり貫く。
「ファル……?ぁぐっ……!」
急な頭痛に襲われてカレンは頭を押さえ膝をつく。
どうしてファルがあの者たちの命令を聞いたのか、そもそもなぜ穢れなどを普通の人間が持っているのか。気になることがいくつもあるがそれを考える時間はないらしい。
「うぐぁああああぁぁ――――…………!!」
先ほどまでは横に倒れはしていたがまだ立ち上がる力はあったカレンだが急に体の中心部から黒い渦が弧を描いで現れると今以上に苦しみだし、渦はカレンの体を軸に近くにある穢れを次々に飲み込んでいく。
「くっ……!」
気を抜くと凄まじい引力に吸い込まれてしまいそうだ。そうならないためにも足に魔力を集中し、吸盤のように地面に固定し踏ん張る。横に置いたゲージにも土魔法を用いて地面に固定する。
人を軽々と浮かせる風に怜は魔力があったがため踏ん張りが効いたがこの中に一人だけそれができないものがいた。荊芥だ。
最初、荊芥はいきなり発生した渦に訳もわからないと言いたげな顔をしていたがそれが自分にも危害を加えるものだと知った時には、すでに宙に浮いていた荊芥にはもうどうすることもできなかった。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!た、助けてくれ―――!!」
「あ~もうくそっ!」
宙に浮きながらも必死で怜へと手を伸ばす荊芥、怜もまた飛ばされないように踏ん張りながらもなんとか掴めないかと手を伸ばす。
ただ荊芥とすれ違うのはほんの一瞬、荊芥の手には触れることすらできずそのまま渦へと飲み込まれていった。
「うわああぁぁぁ――――!!!」
「くっ!!」
過ぎた後醒めた頭の中で魔法を使って柱を建てればだとか動体視力を上げれば掴めたかもしれないとか後悔だけが頭の中をぐるぐると巡る。
「怜!しっかりしなさい!」
「―――ッ!先生!?」
先生の方に目をやると荊芥が境内の奥にある木に括られ縛られている姿が見えた。
「え!?」
「怜、この子とあとあそこの老夫婦は私が受け持ってあげるからさっきも言った通りカレンの相手はあなたがしなさい。頑張れたらご褒美をあげるわ!」
その目にはあなたを信頼している、という意思が感じ取れた。
というかこの状況でも先生はこちらの修行のことを考えているようだ。さっきもそうだが先生が出ればすぐに終わっていただろうし、このような状況にはならなかっただろう。
先生にとっての価値基準は怜の成長が最優先らしい。
ため息をこぼしながらもいつでも始められるように魔力を練っておく。
先生がご褒美をあげるなんて言っているのを聞いたのは本当に久々だ。先生がご褒美を用意する時は大抵クリア困難な場合が多い。一度だけご褒美付きのクエストをこなしたことがあったがその時は左腕と右目を失った。
ただご褒美はいつもいくらお金を積んでも手に入らないものをくれる。怜の持つ杖もご褒美でもらえたもだ。なんでも異界の素材を使って創られたらしい、折れることもなく、そして何より魔力を無限に杖にためることができる世界に一本だけの杖だ。
そのためやる気という面ではすごくあるのだが正直言って勝てるビジョンが思い浮かばない。
そうこう考えているとやがて渦は境内にある穢れすべてを飲み込むみカレンの体に吸い込まれていき体が異形のモノへと姿を変えていく。
それは老夫婦の目の前で自害した黒騎士も同じようで腕は人間のような形状だった頃の面影はなく右腕からは無数に体の内側から剣が生えてきており、左腕に関しては完全に一本の剣へと姿を変えている。
兜からは角が生え兜の口元部分は無くなり禍々しい牙の生えた口元が見えている。
胸元の鎧には真ん中にぽっかりと穴が開き、黒い泥のようなものが溢れている。
カレンの方はと言えばベールで顔を見えないのは同じだが背中からは蝶の様な羽が生えそれだけを見れば綺麗なものだが消し飛ばしたはずの右腕からは黒騎士の胸から出ている泥で形づくられた触手のような右腕が生えており、左腕は関節部分が地面につくほど伸びている。
そしてドレスの裾から見えていた足は消えその代わりとばかりに八本の蜘蛛のような足が生えている。
それはもう先ほどまでのカレンではなく別の生き物であった。
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