#2 偽姿

 屋上に行くついでに職員室に担任に頼まれたプリントを持っていくと言い、彼女に先に行ってもらった。

 彼女と教室で別れてからそこまで経ってないが、女子を待たせるわけにはいかない。

 それに、待たせたら、どうせ、あとから紫苑や零にちょっかいを出される。確実に。あの二人はこのようなことになると親友組、いや、クラスで確実に一番厄介で面倒くさい。それは嫌だなぁ。


 そんなことを考えながら急ぎ足で屋上へ向かう。


 *


 屋上の扉の前に着いた。大きくて、重くて、冷たい、屋上と此方側を隔てる扉を開ける。

 扉を開けると、彼女が、風に長い髪をなびかせながら立っていた。

 僕は彼女に声をかけるのを戸惑った。いや、声が出なかった。彼女に声をかけたら、何か大切なモノが壊れてしまう気がして怖かった。

 僕が彼女に声をかけられず、彼女を見てると、彼女が振り向いた。

 彼女は、

「……遅いわね」

 先ほどとはまるで別人のようだった。

「ッ?……ごめん」

「はぁ…まぁいいわ」

 彼女は、ふふっと笑いながら僕に近づいてきた。正直、気味が悪い。

「突然だけど、私の名前はわかるかしら……?」

華川はなかわ 萌々ももさん……」

「そうよ、せーかいっ」

 彼女が微笑んだ。しかし、それは優しいものではない、どす黒い闇に満ちたものだった。

「……この姿……、やりにくいわね……」

「ぇッ…!?」

 僕は驚きを隠せなかった。

 急なタメ口に、お嬢様みたいな口調。今まで敬語だったからこれだけですごく驚いた。

 ただ、もっと驚くことがおきた。

「ふぅ…」

 彼女の美しい黒髪はウィッグで、本当はバチバチのピンク色の髪。

 彼女の綺麗な青の瞳はカラコンで、本当はハートの浮かぶピンク色の瞳。その前に、何故ここでカラコン外したんだ?

 とにかく、いかにも俺が嫌いな色だった。

 彼女が素の姿になると、数十秒沈黙が続いた。その場の雰囲気を壊すように、彼女がパチン、とカラコンのケースを閉じた。

「ふふっ……じゃあ、本件を言わせてもらうわ」

「は、はぁ……」

 このあとのことは正直聞きたくない。今すぐ逃げ出したい。帰りたい。皆に会いたい。

 ただ、ここまで見てしまったら、もう戻れないと思い諦めた。

 彼女はにこっと笑った。その笑顔が気持ち悪くて仕方がない。吐き気がする。

「あんたさぁ……“邪魔”なんだよねぇ」

 その一言に驚いた。

 邪魔……か。

「……どこに……ですか?」

 恐る恐る聞いた。検討はついているが。

あの輪の中親友組によ」

 親友組、ね……やっぱりな。

「“邪魔”……だからなんですか……?」

 彼女は声を上げて笑った。

「あっははは……!あんたにはっ……あんたには絶望を味あわせてやるわ……!」

 絶望…?ははっ、そんなの無理に決まってる。

 親友組には〝約束ルール〟がある。


 1,仲間が傷ついたら助ける

 2,自傷・自殺行為等をした場合は止める

 そして最後、


 3,仲間を信じ、裏切らない。


 このルールがあるんだから絶望は無理。今までそれを破ることはなかったから。

 僕は仲間を“信じる”。

「ぅあっ……!!」

 そう喘ぎ声をたて、彼女は自分を殴り始めた。

「はっ?何して……!?早く保健室にっ…!」

 僕は彼女に近づいた。しかし、彼女は無視して数発自分を殴り。

「っはハ…いいの……。最後はこれカッターでっ」

 彼女はポケットからカッターを取り出した。そして彼女は、自分の腕を切りつけた。

「ちょ……!本当に大丈夫ですか……!?」

 いくら僕を馬鹿にして、邪魔者扱いした相手でも無視はできない。これは駄目すぎる。

「ごめん狂ってて……ははっ……」

 彼女はどこか寂しげに笑う。

 あれ?僕はその笑顔に──。

 彼女がウィッグを被り、カラコンをつける。偽りの彼女に戻っていく姿を僕は黙ってみていた。

「ごめん……これカッター、持っててくれない?」

 彼女は血がついているカッターを差し出してきた。

「……わかりました」

 カッターを手に持ったとき、僕は気づいた。

 だけど気づいたときにはもう────


「きゃぁぁぁぁぁっ!!!」


 手遅れだった。

 彼女が甲高い声で叫ぶ。まるで“助けを求める”かのように。

「“カッターキャー”……か」と僕は、小声で呟く。代表的ないじめの始まりの一種で、小説や漫画でよく使われる。しかし、だからといって皆が僕を信じてくれるとは言えない。

 自分は馬鹿だ。あのとき受け取るときの自分を思いっきり殴りたい。

 大丈夫……彼ら親友組なら信じてくれる。今まで約束を破ったことなんてないのだから。

「どうした!すごい悲鳴が……」

 クラスメイトが屋上の扉を勢いよく開けて入ってきた。

「うぅっ……ぅああっ……っ……」

 萌々は鼻を啜りながら涙を流している。嘘泣きだけどね。

「音か萌々!どっちか状況説明しろ!!」

「それが──」

 僕が説明しようとした瞬間、

「待って……!わ、たしが、説明する……!」

 話を遮られた。もう、終わりだ……。僕が会話する隙間なんて1ミリたりとも無かった。

「大丈夫?」

「深呼吸して……」

 萌々は、深くを息を吸って、あのね、と全てを吐き出してしまいそうな声で言った。

「音さんがっ……!私のことを……殴って……、蹴って……切ってきたの……!!」

「は…?」

 何言ってるんだよ……コイツ……!

 俺はぐツぐツと自分の体が熱くなっているのを感じた。

「何言ってるんですか?

 貴方が自分で傷つけたじゃないですか!

 嘘つかないでください……!」

「そっちこそ、嘘、つかないでよ!!私はっ……貴方に告白しようと思ってただけなのに……!」

 嘘だ嘘だ嘘だ……!虐める気しかないくせに!!今だって嘘付いてるじゃん!

「萌々ちゃん可愛そう……」

「最低……音くんってそんな奴だったの……?」

「音!萌々に謝れ!」

 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ……!何も知らないくせに。

「謝れも何もそっちがやったことでしょ?

 てか俺の意見には聞く耳持ってくれないの?嘘かもしれないのに」

 これは萌々の自作自演だ。まぁ、説明しても“無駄” だろうけど。

 その時勢いよく屋上の扉が開いた。

 あぁ……来た。一番来てほしくなかったほしかった人たち。

「何があったん!?」

 紫苑……蒼さん達……裏切らないよね守ってくれるよね信じるよね約束を守るよね




 #信じるよね…?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る