第46話 成人の部、だからと言って

「てへっ! 魔王になっちゃったっ!」

 全身が銀色に輝く魔神が目の前に立っている。

「何が〝てへっ〟ですかっ。俺は落書きのままなんですけどっ!」

 ダークエルフのQとデーモン娘に並んで、何を血迷ったのか魔王に転生した海乃幸がそこにいた。


「海乃っ、結局やっぱりエロいなっ!」

 妖しく光る赤い瞳に薔薇のような唇。白く透き通った豊かな髪をまとめた頭には、銀色に輝く王冠が載っている。背中のマントは白い炎が踊っているようだ。

 もちろん、その姿は当の本人がデザインして正式に採用したものであり、銀色の長い錫杖しゃくじょうを手に立つ堂々としたたたずまいは最終ボスに相応しい威厳があった。

 だがしかし、サキュバスと違って露出はほとんど無いものの、全身の肌は真珠のような艶のある薄い膜で覆われているため、体のラインが丸出しである。

「これって本当は、真珠の妖精王をイメージしたんだけどなー」

 魔王化補正で元から均整の取れていたスタイルが目一杯強調されてしまい、ボディラインにより一層のメリハリが付いてしまった。その結果、凛子が言うようにどこからどう見ても妖艶な痴女にしかならなかったのである。


「私は転生なんてやめろって言ったんだよ、クラブの客にはサキュバスの方が受けるんだからさー」

「だよねー、お客さん怖がらないといいけど……」

「だって……サキュバスじゃ幸太が一緒に遊んでくれないんだもんっ」

「僕は忍者だから半蔵と一緒に修行するんだよっ!」

「ママも一緒に修行するーっ!」

 いつまでも子離れができない魔王であった。


『それでは第1試合、小田原二丁目旅団対、ギルド海乃。共に前へっ』

 本日はマジユニ競技大会の二日目、さっそく海乃チームの出番である。


「父ちゃん行けーっ」

「がんばれーっ」

 成人の部はパーティ対パーティの総力戦で、プレイコートは広く取って一面のみになっている。パーティは最大で4人までのルールだ。


『互いに礼っ!』

 ギルド海乃の相手は、騎士と槍使いに弓使い、そして戦斧を抱えた戦士の四人で、残念ながら全員が屈強な男たちであった。

『構えてっ!』

 もはや試合の結果は始まる前から決まっていた。魔石の賭けは成立せず、四人のお父さんたちを一生懸命に応援する子供や奥さんたちの声援が虚しく響いた。

「何だあの銀色の魔人は、エロすぎだろ」

「ああ、エロいが余裕で勝てるな」

「エロいからって、油断するなよ」

「問題ないって、エロいだけだ」


『始め!』

 次の瞬間、試合は終了した。

『勝者っ、ギルド海乃!』

 魔王がサキュバスから引き継いだ全てのスキルをいきなり炸裂させたのだ。

 ひざまずく四人の勇者に幸あらんことを! この後、家庭問題が勃発しなければ良いのだが。


『湯乃原高校ギルド対、網代あじろウィッチクラブ。共に前へっ』


 女子高生のN.P.C.たちはすでに剣士と魔法使い、そして召喚術師の姿になっているが、対するご婦人方の三人は単なるジャージを着ているだけで、武器も防具も持っていない。

 すかさず谷口先生が手を挙げて確認する。

『ログインはまだしなくていいですか?』

「ハイッ、私たちはこのままで大丈夫ですっ」

「いつでもどうぞっ」

「始めてくださいっ」

『わかりました。えーそれでは続けますっ、互いに礼っ!』

「よろしくねーっ!」

「よろしくお願いしまーすっ!」

 剣士の声は相変わらず大きく、楽しそうだ。


『構えてっ!』

 ジャージ姿の三人は横一列に並んだままだが、スマホをポケットから取り出した。

『始め!』

「スウィートログインッ!」

「チェーーーンジッ!」

「ユニバーースッ!」


〝テッテレレーーーーッッ!!! チャララララララーーーンッッッ!!!〟

 どこからともなく聞こえるB.G.M.。真昼間の青空を流星がカラフルに染め上げた。

〝ピロロロロロロローーーッッッ!!!〟

 三人の乙女たちがステッキを片手に、星々の輝きを背負って踊り狂う。


「何やアレっ?!」

「えっと、攻撃していいのか?」

「なっちゃん! 待ってあげてっ!」


 赤、青、黄色の揃って際どいミニスカ衣装の乙女たちが、人生一番の笑顔でポーズを決めた。

「網代ウィッチクラブっ! ただいま参上っ!」

 ここに、かつてアニメの魔女っ子ヒロインに憧れた大人たちの夢が成就したのだった。

「甘い平和を守るためっ……」

竜炎斬りゅうえんざんっ!」

「ギャアアアーーーーーーッッッッ!」

 剣士が炎の剣を一振りすると、火柱が一面を焼き払った。


「こっ、降参ですーーーーっっっ!!!」

「えっ?!」

「夏菜っ、やりすぎやってっ」

「だよねー、相手はおばちゃんなんだからさー、空気読もうよー」

『勝者っ、湯乃原高校ギルド!』

〝パチパチパチパチッッッ!〟


『川端総合病院ドクターズ対、湯乃原商店街マスターズ。共に前へっ』

〝グキッ!〟

 一人のドクターが倒れた。

「いっ、医院長っ、どうされましたっ?!」

「こっ、腰がっ……」

「整形外科っ、早くっ!」

「誰か救急車呼べっ!」


〝ピンポンパンポーン!〟

『川端総合病院の佐藤先生、佐藤先生、緊急連絡が入っております。先ほど、第二婦人科病棟の吉田さんが破水されましたので、直ちに病院にお戻りください。第二婦人科病棟の吉田さんが……』


「麻酔科っ、あとは任せたぞっ!」

 一人たたずむ麻酔科。

 腰を痛めた医院長に整形外科と婦人科が消えて、残った麻酔科一人と商店主四人の戦いになった。案の定、麻酔科はボコボコにされて敗退したが。


「ちょっと酒屋ちゃんっ、あんた容赦なかったわねー」

「去年あの病院で盲腸の手術受けたんだけどよー、あいつの麻酔が効かねーんだわ。あの病院ダメだぞ。さっき破水した吉田さんつったら魚屋んとこの奥さんだろ、大丈夫か……」


《成人の部》だからと言って、昨日の子供たちよりもレベルの高い戦いになるわけではない。むしろ、働く大人たちは修練を積む時間など満足に取れず、また運動不足も重なっているのだ。試合で怪我をしないだけでも十分に良い結果と言えただろう。


茅ヶ崎ちがさきけもっ子愛好会対、鎌倉中央大学魔法研究会。共に前へっ』

 鎌倉魔研は惜しかった。独自に開発した数々の魔法はとてもよくできており、特に相手を笑わせて動きを封じる魔法は凛子のお気に入りだった。しかし、最後に披露した呪文があまりにも長すぎ、詠唱に失敗した。

 魔法使いの大学生たちは、ネコとウサギにシカ、そしてカバの獣人たちを爆炎に巻き込んで共に倒れてしまったのだった。

『ドローっ、両者敗退!』

「バカニャッ!」

「バカウサッ!」

「バカシカッ!」

「バカカバッ!」

「む、無念っ!」


 そして、いよいよ決勝戦となった。

『両者前へっ』

 共に危なげなく勝ち進んだギルド海乃と湯乃原高校ギルドは、ついにここにきて相対することとなったのである。


「なんだ、押本君はあの三人を知ってるのかい?」

「ええ、まあ……」

 薬屋の女主人が主催する賭けはほどなく成立した。渋谷のギルド長たちはクラブ海乃に乗ったが、俺は悩まず湯乃高ギルドを選んだ。決勝までが楽な戦いであったためギルド海乃の実力は定かでないが、三人のN.P.C.たちがかなりの強敵であることは身をもって知っているのだ。

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