第29話 桜の下の迷宮〈中編〉
勇者たちがゾロゾロと地下への階段を降りて行くと、魔法使いたちの杖が迷宮を昼のように照らした。
すると、スライムの群れが現れた。
「ヤーーーッッ!」
「ファイアーダーツッ!」
「アイスニードル!」
「ライトアローッ!」
「トリャーーーッッ!」
「エイッッッ!」
「エアブレードッ!」
楽しそうに全力で戦う冒険者たちの咆哮が
「ハアッ、ハアッ、押本さんっ、ここはもう安全ですよ!」
スライムの青い体液でドロドロの谷口先生は嬉しそうだ。桜の木の下に現れたダンジョンはスライムの巣で、冒険者達に襲いかかるもあっと言う間に駆逐されてしまった。
「さあみなさんっ、先に進みますよっ」
しかし、気になることが一つある。
「谷口先生、ここは地下とはいえ学校の敷地内ですし、N.P.C.が現れるはずはないんですが」
「それはおそらく、法的には〝学校の施設が解放されて、第三者に貸し出されている〟からでしょう」
「すると、N.P.C.は以前から?」
「ええ、こんなに多くはありませんが、時々現れては、貸し出しの終了間際になると消えるんですよ。でも、ダンジョンが見つかったのは今日が初めてです」
どうやら、凛子が『環境の調整がうんぬん』と言っていた大型アップデートの成果らしい。
「先生っ、あそこっ!」
先頭を歩く騎士の女の子が、さらに地下二階へ降りる階段を見つけた。
「みなさん、準備はいいですねっ」
冒険者たちの高なる心臓の音がダンジョンに響いた。
地下二階へ続く階段を降りると、狭い一本道が続いていた。二人が横に並んで歩くので精一杯だ。
「あれっ、先頭どうしたーっ?」
しばらく進むと冒険者たちの行進が突然に止まった。
「せんせー、来てくださーいっ、柔らかい壁があって行き止まりでーすっ」
先頭からのSOSだ。谷口先生と一緒に見に行くと、通路は水色の半透明な壁で
「剣で切っても刺してもダメでしたっ」
騎士の女の子が水色の壁に剣を突き刺すが、引き抜くと傷が跡形もなく消えた。
「
「押本さん、あれ何でしょうねっ?」
谷口先生が杖の光で壁を照らすと、向こう側に箱が見えた。
「宝箱だっ!」
誰が言ったか、その一言で通路がぎゅうぎゅう詰めになってしまった。
はやる期待を抑え、とりあえず順番に壁の向こうにある宝箱を目で確認すると、さてこの柔らかい壁をどうやって突破するべきか全員で悩むことになった。そこに宝箱がある限り、どうにかすれば通れるはずなのだ。
一、一斉に魔法で壁を攻撃する。
一、剣や斧で壁を削って穴を掘る。
一、綺麗な声で唄を歌う。
一、壁におしっ○を掛ける。ただし男子限定。
なんとか最後以外はやってみたが、どれも効果はなかった。いくら傷をつけてもすぐに元通りの壁に戻るのだ。
狭い通路はみっちりと柔らかい壁で塞がれている。どこにも人が通れそる隙間は無い。
これは引き返すしかないのだろうか?
しかしよく見ると、水色に透ける壁の中に小さなゴミのようなものが浮かんでいた。
「谷口先生、あれって何ですかね?」
先生の杖が壁の中を照らすと、それはトマトのヘタに見えた。
「あっ、この壁って私が追いかけてた青いトマトだっ!」
それにしては大きすぎる。
「いや、これ巨大なスライムだな。あのヘタは多分、王冠だ」
「それじゃ美吉さん、試しにあの王冠を剣で攻撃してくれるかな」
「はいっ、それじゃーみんな下がって!」
谷口先生の予想したとおり、騎士の美吉さんが壁の中の王冠を剣で突き刺すと、スライムの壁は溶けてなくなった。
「やったーーっ!!!」
美吉さんが宝箱に駆け寄って蓋を開けると、中にはいくつもの指輪が入っていた。ここにいるプレイヤーの人数分はある。運営からのご褒美だろうか。
「美吉さん、いつも言ってるけど、いきなり宝箱を開けたらダメだよ、
「はーーいっ!」
谷口先生は正しい。ゲームマスターがアレなので、運営をあまり信用しないことだ。
さて、地下迷宮から校庭に戻ると、問題は指輪である。間違いなく魔法の指輪だろうが、いかんせんどんな効果があるのかわからない。ここは慎重にことを進めなければ。
「とりあえず、全員で指に
谷口先生の一声で、子供も大人も全員が魔法の指輪を装備してしまった。
「押本さんもログインしていれば、もらえたかもしれませんよ」
「まあ、私は運営ですから」
〝パキンッ〟
〝バチッ〟
〝パリンッ〟
〝ビキッ〟
〝パンッ〟
指輪の紅い石が一斉に割れ始めた。おそらく、これは凛子の罠だ。
『ハーーーーーッハッハッハハッッッ! よくぞ我の封印を解いてくれたなっ!』
割れた石の破片が煙になり集まると、人の形に変わった。
『褒美にこれをやろうっ!』
目の前に現れた水色の魔人は、口から大きな火の玉を吐いて攻撃を始めた。
「みんな! ラスボスだっ! 一斉に攻撃開始!」
さすがに分かっている谷口先生の指示は早かった。
〝ドンッ!〟
〝バカンッ!〟
〝ビシッ!〟
〝ズドドンッ!〟
〝ゴガンッ!〟
〝ボボンッ!〟
〝ガーーンッ!〟
水色の魔人は楽器のようにいい音で響いた。
「うげげげげげげげげげーーーーーっっっっっ!!!」
全員の攻撃を一手に引き受けたためか、水色の魔人はあっけなく地面に倒れ、地面を這い回った。
「ズッ、ズルいぞお前らっ! 一対一で戦えよっ!」
しかし、ここでマジックギルドの攻撃は終わってしまった。スライム戦で嬉しがって魔力を消費しすぎたのだ。
剣や斧を散々振り回した戦士たちも腕が上がらず、エルフの矢も尽きた。
「フハハハハハッッッッ! なんと情けない奴らよっ!」
「おっ、押本さんっ、あとはお願いしますっ!」
それでも、谷口先生とみんなの目には、希望の光が宿っていた。
「………………」
これは断れる空気ではい。
俺はやむなくスマホを取り出して、ログインした。
〝ポンッ!〟
「うぎゃーーーーーーーーっっっっっ!!!」
水色の魔人はたった一発の唐揚げであっけなく煙となり消えてしまったのだった。
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