第22話 浜辺の修行

「アイスニードル!」

 恋紋が放った氷の針が、押し寄せる砂蟹すながにの波を凍らせた。砂蟹とは生き物ではなく、砂浜が蟹の大群に似せて波打つ現象であり、これに足を取られると身動きができなくなってしまう。


「テヤッッ!」

〝ガシャーンッ!〟

 海の波頭から次々と飛び出すアイス飛魚トビウオを、夏菜が炎の剣で砕いていく。

「テイッッ!」

〝ガシャーンッ!〟

「イヤッッ!」

〝ガシャーンッ!〟

 アイス飛魚はキラキラと輝いて綺麗だが、割れるとかなりうるさいのが玉に瑕である。もちろん、体に衝突するとそれなりに痛い。

〝ガシャーンッ!〟

 我々湯乃高ギルドは学校が終わると、時々こうして近くの吉浜海岸に遊びに、ではなく修行に来るのだった。


「小夜ちゃんっ、ヤドカリ穴や! そっち行ったでっ!」

「えいっ!」

 私は筆蜂を召喚して、砂浜を移動する落とし穴に飛ばした。これも足をすくう罠の一種だ。穴の底にはドリルのように回転するヤドカリがいる。砂蟹と一緒に引っ掛かると、アイス飛魚の犠牲になってしまうのだ。

「えいっ! えいっ!」

 ヤドカリ穴は突然現れることが多く、念の為に何匹かの筆蜂を召喚した。実は今までに何度か痛い目にあっている。


〝ガシャーンッ!〟

 砂浜に割れた氷の山ができると、ようやく魔物の攻撃が止んだ。海風が頬に冷たい。

「ふうーっ、暑いなーっ」

「なっちゃんだけだよ」

「いつもやけど、炎の魔剣振り回してよう火傷せえへんな」

「恋紋、雪降らせてくれよ」

「あかんて、うちらは寒いってっ。ここ冬の海やで」

「なっちゃんっ、炎の剣であったまろうよっ!」


『おめでとう、褒美にこれを与えるとしよう』

 声に振り返ると、いつものように大きな岩に擬態していた岩亀が現れた。 


『さあ、開けるが良い』

 ニタニタと笑う亀が、小さな宝箱を砂の上に置いた。

「どないする?」

「今日は恋紋ちゃんの番だから」

「がんばれーっ」

「しゃーないな……」

 恋紋はそっと宝箱に近づくと、長い杖の先で蓋を開いた。


〝ボボンッッッ!〟

 思った通り、灰色の煙が吹き出した。これを吸い込むと、しばらくの間は姿が老人に変わってしまう嫌がらせの宝箱なのだった。

『チッ!』

 不服そうな岩亀は海に帰って行った。


「よう分からんけど毎回出て来よるなー、あのカメは」

「マンネリだよねー。どうせなら、なっちゃんが討伐しちゃったら?」

「やだよ、あいつ攻撃したらひっくり返って泣き喚くもんっ」

「もしかしてラスボスちゃうか? 倒さへんからいっつも最後に出てよるんや」

「たぶんそうだよねー」

「それじゃー、今度じゃんけんで負けた人が討伐の役なー」


 こうしてわざわざ寒い中、誰もいないシーズンオフの海岸に来る理由は、学校の校庭に魔物は現れないからである。

「ねえ、他の体育会系の部活って、冬は砂浜走ったりしないの?」

「秋頃まではおったよな」

「情けないよなー、だからどの部も全国大会に出れないんだよー! 全く最近の若いもんは!」

「なっちゃんが元気すぎるんだよ」

「早よ帰ろーや、うちお腹空いたし」


 砂浜での修行が終わると、駅のそばにある老舗の団子屋に立ちって帰るのが習慣になってしまった。普通の女子高生は魔物と戦ったりはしないだろうが、甘いものに勝てないのも普通の女子高生なのである。根っからの文系である私が、寒い外で長い時間を過ごす理由でもある。


 そして、我々が初めて〝落書き魔人〟と邂逅かいこうしたのは、実はその団子屋ではないかと私は考えている。もちろん、彼は普通の客としてそこにいただけなのだが……。


 その時我々は、注文したみたらし団子が焼けるのを店の中で待っていた。

「でも最近〝マジユニ〟のモンスターにも楽に勝てるようになったよな」

「そうやなー、もううちらの敵やないよなー、攻撃のパターンも読めるし」

「マンネリかもしれないけど、楽でいいじゃない」


 正直なところ、夏菜がこのまま飽きてくれれば《湯乃高ギルド》は解散になるのだろうと思った。

「と言うことで明日だけど、放課後の修行は湯乃原山の上で決定だからな!」

「えっ、なんでまた山の上なのっ? 学校から20分は歩くじゃない!?」

「山の上の方がモンスター強そうじゃん!」

 夏菜は諦めが悪かった。


「なっちゃんに必要なのは〝強敵〟だねー……」

「ふっふっふっ、実は体力を回復するポーションを買ったんだよっ」

「なんや、その薬を試したいだけやんかっ」

「えっへっへっ」

 その時、私はふとショーケースを覗いている小学生ぐらいの女の子が気になった。見慣れないセーラー服を着ていたのだ。

 彼女は先に注文をしていた団子の包みを受け取ると、楽しそうにそそくさと店を出て行ったが、そのあとで連れらしい男が支払いを済ませて後を追った。


 私は背中しか見ていないが、おそらくこの男が〝落書き魔人〟なのだ。


 三人寄ればかしましい、とはよく言ったもので、狭い店内で我々三人の話が彼の耳に入っていたのは間違いなく、でなければ、湯乃原山の上で我々《湯乃高ギルド》を都合よく待ち構えていたわけがない。

 夏菜と恋紋によれば、彼はかなりレアなプレイヤーであるらしい。


 次に、その最初の戦いとなった顛末を語ろう。

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