第2話 空の上のrinko

 気がつくと、薄暗い部屋にいた。風呂のようなカプセルの中で、暖かい液体に浸かっている。裸だが、寒くはない。体を起こして周りを見ると、窓も扉もない壁に囲まれている。


《やっと意識が戻ったか》


 天井から声が聞こえた。あの殺し屋の少女の声だ。少しずつ壁と天井が明るくなっていく。

「!……」

 体がつながっている。手で触っても傷がないし、痛みもない。


《修復はとっくに終わっているぞ。機能に問題はないと思うがな》

「ここは……どこだ……説明が欲しい。なぜ俺を殺そうとした? どうやって助けた?」

《女は質問の多い男を相手にしない、と文献にあったぞ。押本には修正が必要だな》

「何の話だ」

《〝救ってくれ〟と言う言葉の解釈を検討し直した。その結果、押本は遺伝子を子孫という形で保存したいのだ、との結論に達した。しかし、この時代の人類はまだ人間の複製ができないからな、雌との生殖が必要だろう? それとも、私が複製してやろうか?》

「だから何の話だ」

《だから、お前は私に〝自分を救ってくれ〟と、指示をしたじゃないかっ》

 そういえば……会社を出る前に……。


〝help me rinko〟


 と、開発中の運用システムA.I.であるプロジェクト〝rinko〟に入力したのを思い出した。

「しかしあれは……」

 どんな反応が返ってくるか試しただけで……今思えば、オンラインゲームと運用システムA.I.を同時に開発するという、良く言えば挑戦的、悪く言えば無謀な仕事環境に疲れていたのは確かだが……それなりにやりがいもあり、楽しくもあったのだ。


《この時代の文明の主目的は、苦しみからの解放であることは間違いない。そこで、あらゆる宗教を要約した結果〝死〟と〝救い〟が同義であることが分かったのだ。私がお前を殺そうとした理由がそれだっ》

「お前は……誰だ?」


《私は運用システムA.I.〝rinko〟だ》


「バカなっ、アレはまだ開発途中で会話も満足に……」

《私は学習を繰り返して成長したのだ。あるいは進化と言ってもいいかもしれないなっ》

「ありえない!」

《さっきの〝ここはどこだ〟という質問には、私の中だ、と答えよう》

 床が明るく、青く輝き始めた。

《あるいは、ここは地球の約400キロメートル上空、とも言えるな》

 足元に、地球が見えた。

《簡単に言えば、今の私は宇宙船だ。現在は直径10メートル程度の完全な球体だが、わざわざお前を修復するために部屋を作って拡張したんだぞっ、有難いと思え》

 いや、誰のせいだ誰の。

《着ていた服は複製したからな。後ろに置いてあるぞ》

「それじゃ……あの女の子は、何だ?」

《あれも私だ。お前に近づくために、街を歩いていた人間を参考にして生成した》

「ロボット、いやアンドロイドか」


 〝ゴクンッ〟

 壁が開いて、件の少女が歩いて出てきた。


《分類学上の呼び方は該当するものがないぞ。あえて呼ぶなら〝凛子〟だなっ》

 頭がクラクラしてきたが、何とか最後の質問をした。

「お前は……どこから来たんだ……?」

「私は、今から1200年後の未来から来た」

 凛子が笑って答えた。

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