第19話 四大聖騎士、雷帝のセリア
荒野に乾いた風が吹いている。
土の一本道が地平の先まで続き、付近には枯草や岩が転がっていた。
俺たちは今、ドラゴン討伐のために北の街道を進んでいる。街道とはいえ、王都からそこそこ離れると、やはり整備が行き届いていない。なんとかしなきゃな……。
討伐隊はざっと数十人規模。
冒険者ギルドのメンバーやフリーの冒険者が集まり、まばらな列を作って移動している。
普段は丸腰な俺も今日ばかりはロングソードをぶら下げている。本当はスキルがあるから必要ないんだが、一応まわりの目を気にしてのことだ。
ちなみに隣のアスティはいつも通りのローブ姿。冒険者のパーティーには神官がいることも多いので、それほど目立ちはしない。ただ、俺はやっぱり不満だった。
「なあ、アスティ……やっぱり王都で待ってれば良かったんじゃないか?」
「んー? なんで?」
「なんでって、ドラゴンの討伐だぞ。しかもS級ドラゴンだ。どんな危険があるかわからないし、正直、俺は安全な王都で待ってて欲しかった」
「もー、レオはあたしに対して過保護すぎ」
アスティは呆れたように頬っぺたを少し膨らませる。
「あたしだってお父様仕込みの回復呪文があるんだから。ぜったい、みんなの役に立てるよ?」
「や、そういう話じゃなくてだな……」
「だいたい、危険なんてないでしょ?」
ブロンドの髪がふわりと揺れた。
溢れるような信頼を込めて、アスティは微笑む。
「あたしにどんなことがあったって、レオが守ってくれるんだから♪」
「……っ」
思わず心臓が高鳴ってしまった。
ちくしょう、可愛いな。
そんな信じきった顔で、そんなこと言うなんて、ズルいぞ……!
「あー、レオが照れてるー」
「う、うっさい」
「やっぱり照れてる! レオが雑な口調になる時は本気で照れてる時だもん。ふふふ、幼馴染には隠せないからねー?」
「知らねえし! あとレオって言うな。今はリックだ、リック!」
「はいはい、リックね。リックが照れてるー!」
細い指先がウリウリと俺の頬を突いてくる。
あーもう! ウザ可愛いな、こんちくしょう!
――と、そんなやり取りをしていたら、突然、背後から声を掛けられた。
「イチャイチャされているところを失礼します。レオ様、アリスティア殿」
「うおっ」
「きゃっ」
2人の間にずいっと顔を出され、俺とアスティは同時に仰け反った。
現れたのは、銀のロングヘアの女騎士。
前髪がやや長く、右目が隠れがちになっている。
腰に下げているのは細身のロングソード。
氷を思わせるような雰囲気を持ち、切れ長の瞳が美しい。
アスティはまた違ったタイプの美人だ。
「お、おどかすなよ、セリア。あとイチャイチャなんてしてねえから!」
「左様ですか? 私の目にはドラゴンのブレスの如くピンクな空気を発射されているように見えましたが」
「わかった。一回、城のお医者先生に看てもらってくれ。きっと心の目が曇ってるって診断してくれるはずだ」
「ふふ、かしこまりました。では、そういうことにしておきましょう」
大人の余裕で微笑するこの美人、名前はセリア・ルイターク。
俺が呼んだ、フェリックス王国の四大聖騎士のひとりだ。
昨日、城に帰った後に声を掛けたら、二つ返事で了承し、今日の討伐隊に飛び込みで参加してくれた。一応、偽名を使ってあるが、俺より顔が割れているので、まわりの冒険者たちがさっきからチラチラとセリアを見て『あれって……雷帝のセリアじゃないよな?』『いや四大聖騎士がギルドの討伐隊にいるわけないだろ』『他人の空似……だよな?』とざわざわしている。
そんな状況を意にも介さず、セリアは平然と口を開く。
「そろそろドラゴンが出たという出現場所に着くようです――ということを申し上げるためにイチャイチャ中のお二人に声を掛けさせて頂きました。どうかご容赦を。レオ様、アリスティア殿」
「だからイチャイチャしてないっての。まあ、了解だ。ありがとな。……あとアスティにも言ったけど、ここでは『レオ』じゃなくて『リック』な? 身分を隠してることは説明したろ?」
「はい、そうでしたね。まさかレオ様――いえ、リック様が日常的に城を抜け出しているとは、私も思いもしませんでした。本当に、思いもしませんでした。ええ、本当に」
「う……っ」
氷のような微笑で言われ、思わず言葉に詰まる。
セリアは結構な委員長気質だ。言外に咎められ、こっちとしては返す言葉もない。
一応、『全治1年』と言われた俺が元気なことは、四大聖騎士には話してある。さすがに女神のことは話せていないが、『スキルに目覚めて、そのおかげで全快した』とは言ってある。
ただ、以前からこっそり城下町に出ていたことは今回初めて告げたので、まあ叱られるのは当然だったりもする。
「リック様はいずれこの国を背負って立つ方なのです。その自覚はどうかお忘れになりませんよう」
「やー、わかってるって……」
「私も浅慮に御身の心配をしているわけではありません。幾度も稽古をつけさせて頂きましたが、すでに貴方の実力は私より遥か上……『フェリックスの剣王』のお力は熟知しているつもりです。それでも立場というものがありますから、今後はぜひ私にお声をかけ下さい。城下町だろうと北の街道だろうと同行させて頂きます」
「や、ほら、セリアも色々仕事が忙しいだろ? だから……」
「構いません」
静かに断言し、セリアは軽鎧の胸に手を当てる。
「私の剣は王国ではなく、貴方に捧げているつもりです。如何なる状況だろうと、私は貴方の言葉に従います。どうかそれをお心にお留め置き下さい――我が王よ」
「いや俺まだ王子なんだけどな……」
一点の曇りもない瞳で見つめられ、俺は頭をかく。
さすがに『全治1年』扱いの俺と違って、多忙なセリアをしょっちゅう城下町に連れ歩くつもりはない。
ただまあ、こんな忠義に厚くて美人な騎士に慕ってもらっているというのは、第一王位継承者として幸せなことではあるのだろう。
なんか今もずっと目を逸らさずに見つめ続けてくれてるしな……。
などと思っていたら、隣のアスティがなぜか戦々恐々とした表情でぽつりとつぶやいた。
「やっぱりセリアさんって……」
「アスティ?」
「アリスティア殿?」
鬼気迫る様子のアスティに対し、セリアと2人で首をかしげる。
するとその時、ふいに隊列の前方が騒がしくなった。慌てたような冒険者の声が木霊する。
「で、出たぞ! ドラゴンだ! しかも……で、でかい!」
直後、空が陰った。視界に映るのは巨大な翼。黒い鱗に覆われた体は雄々しく、そして力強く宙を駆ける。
――グオオオオオオオオオオッ!!
咆哮と共にブレスが放たれた。
光の奔流が隊列の前方に激突。大爆発が巻き起こって、冒険者たちの悲鳴が上がる。
「クソ……っ。先手を取られたか!」
歯噛みしながら俺はロングソードの柄に手をかける。すると目の前にス……ッと細い手がかざされた。セリアだ。
「我が王、ここは――この四大聖騎士『雷帝のセリア』にお任せを」
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