芽生えるマリーゴールド 〜魔王を倒して10年、英雄達は宝探しの旅に出る〜
@ichiwalu1
第一章 旅立ち
第1話 動機がなければ始まらない
「なあ、カレーナ。今日はなんの日だと思う」
いきなり、居酒屋で話している中、剣士ユーブラがわたしにそう話しかけてきた。
今日は4.5年ぶりだろうか、久々にこのパーティーメンバー3人に会った気がする。
「え? なにかの記念日だよね」
方向音痴で、このパーティーメンバーの名前しか覚えていないわたしだ。
当然、覚えてなんかいない。
「ああ、そうだ。ジーナは分かってるよな?」
ユーブラは察したのか、酔っ払って酷い様な、魔法使いジーナに話を振った。
「きょうはユーブラとカレーナちゃんがけっこんするひだよね〜」
「酔い止めのポーションあるか? ちょっとこのバカに飲ませてやってくれ」
「えー、ユーブラぁ、かおあかいよ〜」
「ユーブラ。パーティー内の恋愛は……」
盾使いセリーヌはドン引きしたような顔で、ユーブラを見た。
「これは酔いだ! セリーヌ、早くこのクズに正気に戻してやってくれ」
「分かった」
なんだか、このやりとりだけで懐かしく感じる。
ユーブラがツッコミで、ジーナがボケ。
そして、セリーヌとわたしはそれを見守る。
5年経った今でも、感じることができるなんて、それがどんなに嬉しいことなんだろう。
わたしも今年で35歳。
15歳の頃に彼らと出会ったが、今も昔もあのときのまんまだ。
「んで、ユーブラ。今日はなんの日なの?」
するとユーブラは、なにやら地図みたいなものを取り出した。
「――今日は、俺達が魔王を倒してから10年記念日だ。おめでとう!」
『おめでとう!』
ユーブラがビールのグラスを前に出すと同時に、ジーナは水を、皆はビールを片手に乾杯した。
「そっか。今日で10年か」
「俺達が旅をしたのが、まるで昨日のことのようだ。時の流れってのは、はえーな。」
ジーナがそう言うと、場は静かになった。
そうか、今日であの"魔の戦い"と言われた、人間と魔物の最終決戦が終わってから10年が経ったのか。
誰もが時の流れの速さを感じていた。
わたしも、ユーブラも、ジーナも、セリーヌも。
誰もが皆、感じるものは同じだった。
「――魔の戦い」
つい、わたしはあの時のことを思い出して、口からそう出てしまった。
「そうだそうだ。あの俺達の戦いは、魔の戦いって呼ばれていたな」
「懐かしいですね」
「たしか魔の戦いって、カレーナが……」
「言ったら、おまえの恥ずかしい秘密をバラす」
「ごめんごめん。失言した。すまない」
わたしはジーナに弱い酒を渡した。
わたしは知っている。ジーナはほろ酔いぐらいの時の方が、失言が少ないことを。
「ユーブラ、この地図がさっきから気になるのですが」
「たしかに、それは俺も初めて見る品物だぞ」
「これは10周年祝いってやつさ」
ユーブラは、地図を広げた。
地図に描かれていたのは、まるで10歳ぐらいの子供が描いたような汚い字の宝の地図だった。
たぶん、この世界の地図っぽい。
「――宝の地図?」
「カレーナ、よく分かったな。そうだ、宝の地図だ」
「これが宝の地図?」
ジーナは地図を明かりで透き通すように持ち上げて眺めた。
「魔王討伐の際に、国王から頂いたものだ。どう見ても、宝の地図だろ」
ユーブラはすぐに言い返すが、ジーナは酒の勢いも相まって、笑って言い返す。
「これが宝の地図だと? 笑わせるな。こんな子供が描いたような地図におまえが騙されたのか」
「・・・」
「あれ? 怒らないんだ」
いつもならここでユーブラは怒っていたが、どうやら少し悲しげな顔をしていた。
この表情は、5年前パーティー解散の時と同じだった。
久々に見た顔。
剣士らしくない、情けない顔だ。
「ほら、ユーブラが落ち込んでしまったではないですか」
「はあ? 俺じゃなくてユーブラが悪いんだ。あんなやつ、どうせほっておいたって、すぐに元通りになるさ」
ジーナも今日は様子がおかしい。
5年で酔いがひどくなったのだろうか。
いつもより毒舌だ。
「ジーナ、あなた酔ってますね!」
「へ?」
「ごめん、わたしが飲ませた」
「今すぐ酔い止めを飲みなさい!」
セリーヌはいつも、このパーティーのお母さん的存在のように思える。
わたしも悩み事があれば、セリーヌに相談するぐらいだ。
セリーヌがいなかったら、このパーティーは1日で解散していただろう。
それぐらい、セリーヌの存在は大きい。
「んで、どうしてユーブラが何も喋らないんだ?」
「やっと酔いから目覚めたのか」
ジーナも酔いから目覚め、この場の暗さにも気付いた。
ジーナが酔いから覚めると、場を明るくする人はもういない。
どうしよう。
「ユーブラももうしっかりとした大人だ。また元通りになるさ」
「そ、そうだといいですね」
ユーブラが落ち込むのには理由が必ずある。
前は、パーティーとの別れが悲しくて落ち込んでいた。
ってことは、今回は、地図をバカにされて落ち込んでいる。
おそらく、この地図は国王のものではない。
そうだ、この字はユーブラの字だ。
つまり
「また、わたし達と冒険がしたいってこと?」
「・・・!!」
やっぱり、ユーブラもわたしと同じことを思っていた。
旅をしたい。――ただそれだけ。
しかし、この世界は平和で魔物が存在しておらず、パーティーとして旅をする動機なんて全くなかった。
それぞれがバラバラの道を歩んでからこうして5年。
あの旅をした日々が懐かしく、全ての出来事が大切に思えてくる。
そしてその地図には、宝があると思われるバッテンが描いてある。
「この宝の地図に描かれているバッテンは何が隠されているんだ?」
バッテンが描かれていたのは、ここからでも5年はかかってしまうような、遥か遠くにある、魔王城より遥か向こうの未知の大地だった。
「俺が大切にしていた宝物さ」
「カレーナの下着? それともセリーヌか?」
「さいてー」
「バカ、違う!」
良かった、ユーブラが気を取り直してくれた。
いつものパーティーメンバーの会話で聞いているだけで楽しい。
「じゃあ、さっさと行こうよ」
「ああ、そうだな。行こう、今すぐ」
「そうですね」
わたし達は願っていた。
また、あの瞬間に戻れはしないだろうかと。
今、それが叶おうとしている。
――早く、早く旅がしたい。
私の心の中には、ただその言葉だけが残っていた。
「俺のわがままを聞いてくれてありがとう。また俺にとっての青春を楽しませてくれ」
『もちろん』
こうしてまた、魔物が存在しない平和な世界で、かつて魔王を滅ぼし英雄となったパーティー"ジュセカ"が再結成した。
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