時の静寂
梅林 冬実
時の静寂
見慣れたカーペット
薄桃色の安っぽい
どちらが選んだのかもう覚えていない
私ではないかもと薄く思う
私に決定権はあまりないから
私がこんな買い物してきたら多分
厭味の一つも言われているだろうから
言われた覚えがないということは
私が選んだものではないのでは と思う
多分 多分ね
静まり返った部屋の片隅
あとどのくらい縮こまっていればいいのだろう
威張るわけじゃない
怒鳴るわけじゃない
まして手をあげられるわけでも
でも
でも 現に私は何も言えず
黙りこくって部屋の隅に立ってる
立ち尽くしてる
この人の怒りが解けるまで
このままでいなければならない
決まりがあるわけじゃないけれど
掟を破っていいわけでもなくて
ルールを作るのはこの人で
私はそれに従うこの人の付属品で
5000円のチョコレート
ひとりで食べたら怒られた
なんて話
どれほど羨ましがって聞いているか
みんな知らないんだ
私は何も言わないから
ある程度 時間の自由はくれて
けれどその代わり
心は雁字搦めにされていて
それこそ「口もきけないほど」に
苦しいよ 怖いよ 助けてよ
なんて言えるうちは
そんなに大変でもないんじゃないかな
誰かの声が耳に突き刺さる
そういえばそんなこと
考えたこともなかった
考えない 考えてはいけない
大人しくこの人の言う通りに
この人が敷いたレールの上を
素直に走っていられたら
この人は怒ったりしない
はずなんだけど
大人しくレールの上を
この人が気に入るスピードで
走っていただけなのだけれど
この人はもうずっとこんな調子で
私は次第に口数が減ってしまって
いつしか何も言えなくなって
この人がテレビ消しちゃったから
部屋は静寂に包まれて
助けてよ
助けてよ
助けてよ
誰に?
誰に言えばいいの?
誰なら助けてくれるの?
いないよ そんな人
静寂を突き破るのはこの人の一声
「腹減った」
「風呂」
「ちょっと出てくるわ」
なんでもいい
どれでもいい
それが解放の合図
私はとびきりの笑顔を浮かべて
「うん!」
と元気に答えるんだ
そしたらこの人も少し笑ってくれるから
それが「赦し」の標だから
私はまだ静寂に包まれているよ
この人はソファーに寝転がって
スマホいじってるよ
私を許すまで
私に飽きるまで
私は時の静寂に留まって
その合図を待つんだ
静寂は時に苛烈な暴力をふるうけれど
痛くはないから黙ってるの
時の静寂 梅林 冬実 @umemomosakura333
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