第6話 メイドとお嬢様
《side犬飼ナズナ》
入学式では、元婚約者である虎ノ門アケミ様が主席合格者として挨拶をされておりました。
彼女は竜王院家と肩を並べられる古参の上流階級者であり、虎ノ門家の御令嬢としてタケト様の婚約者でした。
ですが、中等部でタケト様を裏切り、敵である盾宮についたのです。
容姿端麗でお淑やかな雰囲気を持つ人格者で、大勢の生徒から羨望の視線を浴びておられる。
長年、共にタケト様を支える女性として、友人だと思ってきたことは間違いだったようです。
入学式を終えて、教室に向かう途中……。
黒曜石を思わせる美しい瞳が大きく見開かれて私を見ていました。
「ごきげんよう、ナズナ」
昔のように名前で呼んでくるアケミ様に私はニッコリと微笑みを浮かべる。
「ごきげんようございます。虎ノ門様」
「えっ! あっ……」
どうやら私の態度に、聡いアケミ様は理解されたようです。
「タケト様のことは」
「虎ノ門様、どうか! 剣城様とお呼びください。すでに婚約関係は破棄されております。虎ノ門様のためになりません」
タケト様はすでにあなたの婚約者ではありません。
婚約者顔をして、私に話しかけないでいただきたい。
私のご主人様を傷つけた人を許しません。
上流階級の御令嬢である虎ノ門アケミ様に、このような態度を取ることは本来不敬に当たることは理解しております。
ですが、私の最優先すべき方はタケト様なのです。
「……そうね。剣城様のメイドをしているのかしら?」
「いいえ。竜王院家から、お許しをいただけておりません。メイドとしてではなく、一般生徒として、竜王院家の推薦で入学を許されました。転入試験を受けて、同じクラスには成れています」
勉学では、アケミ様には勝てません。
だけど、お世話をすることに関して、私はアケミ様よりもたくさんのタケト様を知っているのです。
「アケミ様、主席合格おめでとうございます」
「いえ、剣城様が本気ではなかっただけですわ」
どうやらちゃんとわかっているようですね。
当たり前です。
タケト様が本気で一番になる時は、自信に満ち溢れ、誰も叶うことのできない高みに登られるのです。
「ふぅ、あなたは相変わらず剣城様が一番なのね」
こちらが怒気を含んでいることを理解して、それでも表情を緩めて息を吐いて、アケミ様が言葉を紡ぐ。
これ以上、廊下で睨み合っていても誰も得にならない。
「もちろんです! タケト様は私の全てですから」
「そう、あなたは迷わなくていいから羨ましいわ」
小さく呟いた声は、私には聞こえませんでした。
背中を向けて教室に向かえば、まだタケト様は来られていませんでした。
しばらく待っていると、タケト様が青色の髪をした猫目の女性と教室に入ってきます。
どうやら外部の生徒ようで、タケト様を嫌っているわけではないようなので敵ではありませんね。
ふふ、やはりタケト様はどこにいても、その魅力で人を落としてしまうのですね。
さすがはタケト様です。
私がタケト様の様子を見ていると、虎ノ門アケミ様の隣にタケト様が腰を下ろしました。
クラスの席は成績順になっているので、私の席は十番目です。
タケト様の席とは少し離れてしまっているのが悔しいです。
♢
《side剣城タケト》
ナズナ以外からは、どうせ孤立してしまうことがわかっている。
いっそ机に
春の陽気は、それほどに心地よくて睡眠を誘ってくる。
今年は温かくなるのが遅かったから、桜が少しだけ残っているのも外を眺める景色としては……。
「綺麗だ」
「えっ?」
不意に窓際に座っていた主席合格者である彼女が驚いた顔をしてこちらを見る。
「あっ、ごめん」
俺は桜を見ていたけど、ついつい呟いてしまった。
本を読んでいる彼女の邪魔をしてしまった。
たまに独り言をいう癖があるから、妹にもよく叱られていたな。
「たっ、タケト様は」
「うん?」
名前を呼ばれて、そちらを見れば。
黒い瞳に黒髪の美少女が言い淀むような仕草をしながら俺に何かを言おうとしていた。
「おい! 君はよくも顔を出せたものだな」
俺たちの間に割って入るように一人の男子生徒が声をかけてくる。
「誰?」
いきなり声をかけられて、俺は首を傾げる。
タケトは整った容姿をしているが、地味な感じのイケメンだ。
所謂、塩顔男子と言われる純日本風の顔立ちをしている。
それに対して目の前に立った少年は、目鼻立ちがハッキリとした濃い顔立ちをしているイケメンで、その表情は怒りに震えているように見える。
「なっ! 僕を忘れたと言うのか?!」
「うーん、すまない。本当に誰かわからない。俺に何か用か?」
「くっ! バカにしているのか?! 僕は盾宮ユウシだ! 貴様に勝利した者だ!」
あぁ〜こいつがゲームの主人公なのか?
ゲームをプレイしていると顔は見えないから知らなかった。
「うーん、知らん」
「なっ! 貴様は傲慢な態度で多くの生徒を見下していた。そんな君に僕が対決を挑んで、どちらがリーダーに相応しいのか、学生投票をしただろうが! その際に今まで君がやってきた所業を全て僕によって晒されて、学校に来れなくなったではないか?!」
あ〜うん。
全然タケトの記憶に盾宮のことが存在しない。
相手にもしていないのか、それとも嫌な思い出だから消去しているのかわからない。
「その際に立会人として勝負の決着を告げたのが、虎ノ門アケミ嬢だ」
盾宮君が大きな身振り手振りで演説しながら、虎ノ門さんを指した。
窓際の首席少女は、肩をビクッと震えさせる。
「ふ〜ん。それで?」
「なっ!」
何を絶句しているのだろう? 確かに敗北したという事実はあるが、俺には関係ない。
「リーダーを決める投票をして、盾宮が勝ったならそれでいい。一々絡んでこないでほしい。見てて不快だ」
「なっ! なっんだと!!!」
ふと、ゲームのストーリーが俺の頭に流れ込んでくる。
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