第5話 教室の中は?
クラス分けは、成績順というわかりやすいクラス分けかたなので、次席合格のタケトは一年の最上位クラスが決まっている。
つまりは、このギャルゲーの舞台となるクラスに強制的に参加させられている。
「……まさかこれほどとは」
猫野ミミに先に入ってもらって、少し遅れて教室の中へと入っていく。
クラスメイトたちは俺の顔を見ると話すこともやめて静かになった。
楽しそうに雑談をしていたクラスメイトが黙り、こちらの一挙手一投足を見るように無言の視線が集まる。
席に座れば、周りに壁が発生したように誰も近づいてこない。
誰も関わろうとしない。
俺が視線を向ければ、すごい勢いで視線を逸らす。
(せっかく猫野ミミに癒されたのに、やっぱり傷つくな)
記憶を辿ってもタケトは威張ってはいたが、誰かを害したことはほとんどない。
断罪される理由も傲慢で、天邪鬼な行動と態度が招いた結果に過ぎない。
ちょっぴり言い過ぎな口調で話すところはあるが、俺に変わったことでそれもする気はないけどね。
というかゲームでも、実際にひどいことをするのは高等部からだ。
それこそ両親から構ってもらえないまま成長したタケトは、ヒロインによってはイジメと取られるような強引なやり方で、女性に言うことを聞かせるようになる。
特に平民出身で成績が上位一桁に入った盾宮ユウシのことを嫌って、彼と仲良くしたヒロインを標的にしていくことが多い。
だけど、俺はタケトではない。
関係を持ちたくないと思われているなら、それはそれで構わない。
盾宮君にも関わらない方針で行こうと思っている。
迷惑をかけないように静かに過ごすのがとりあえずの目標だ。
♢
《side虎ノ門アケミ》
主席合格者の挨拶をするために壇上に立って、ふと彼の姿を探してしまう。
次席として用意された椅子には彼の姿が見当たらない。
私の視線は彼の姿を探してしまう癖がついていた。
それもこれも幼い頃から許嫁として、様々な習い事や行事を一緒に過ごしてきたからだ。全ては彼と結婚するために、彼の一生を支えるために私の人生はあった。
それなのに中等部で起きた出来事がきっかけとなって、私たちの婚約は解消されることになった。
そして、私の婚約者は姿を消した。
「おい、見ろよ。アケミ様だ! やっぱり綺麗だよな」
「ああ、大和撫子って言葉はアケミ様のためにあるんだろうな」
外部生だろうか? 男子生徒の不躾な視線が私に注がれる。
全ては竜王院タケト様のために磨かれてきたこの身。
160センチの身長もタケト様と並べば小さく見えてしまう。
胸も、お尻もタケト様に見てもらうために磨き、日々美しくなる努力をしてきました。
竜王院タケト様の隣に立つ者として恥ずかしくないように、綺麗でいろと言われからは特に気合を入れて。
頭の悪い女は嫌いだと言われたことは、今でも忘れていません。
ですから、勉強をして主席につきました。
もしも、中学であのようなことがなければ、主席はタケト様だったでしょう。
我が家では女子は男子の3歩後を歩き、夫のいうことを聞くだけの人形でいいと言い続ける母の言葉とは正反対の言葉をタケト様にいただきました。
幼い頃に言われた私は戸惑ってしまいました。
古風な家柄である我が家は、日本古来の伝統を守り、女性は男性を立てるのが当たり前だと学びます。
そのため私が立てるべき男性として、常にタケト様に全身全霊を持って尽くしてまいりました。
しかし、そんな私に対してタケト様は自らで考え、勉強し、美しくある努力をしろとおっしゃってくださったのです。
それはこれまでの私を否定して、天啓を授けてくださったようなものでした。
私の自立心を芽生えるきっかけになったのです
最初は言われている意味がわかりませんでした。
だって、家では誰もそんなことを教えてはくださらないのですから。
ですが、タケト様に言われたことを婆やに伝えると。
「良い殿方と巡り会えましたね、アケミ様。タケト様は、アケミ様に自らで考え、自ら進むべき道を決められる女性になってほしいという思いを持たれていたんでしょうね」
そうなのだろうか? 家の教えとは違ってしまう。
私はどうすればいいのでしょうか?
迷う私はどうすればいいのかわからなくて、タケト様を見る。
すると、迷いなくいつも真っ直ぐに目標へ向かって突き進んで行かれるのです。
「今日、俺は優勝するぞ」
ピアノの発表会の時も、いつもなら私の方が上手いと先生が言ってくれていました。
ですが、コンクールの日、タケト様が朝に告げて競うことになると、決まってタケト様が私に勝利して実力で優勝していくのです。
決めたことは何があろうと達成してしまう。
きっと私に隠れてたくさん練習していたのでしょう。
ずっと努力を怠らない人だった。
それは時として、他人に厳しく冷酷で、我儘に見えてしまうこともある。
だけど、私は知っているのだ。
幼い頃から、タケト様は厳しいことを言えるだけの知識と技術、それに教養を持っておられた。
だが、たった一回の敗北で全てが変わってしまった。
いえ、その背中を押したのは私自身なのかもしれない。
外部生として入学されてきた、盾宮さんの口車に乗せられて、一番大切なタケト様を傷つけてしまった。
不本意で最悪の出来事。
これは罰なのでしょうね。
竜王院家がタケト様を放逐して、ボロいアパートで一人暮らしを始められたと婆やが教えてくれました。
いつも執事やメイドにやってもらえていたことを、タケト様一人でできるのでしょうか?
私は不安だったけど、家を捨てて彼の下へ行く勇気を私は持っていなかった。
久しぶりに会う。
タケト様にどのような顔をして会えばいいのかわからない。
そして、タケト様がもしも変わってしまっていたら……。
締め付けられるほどの後悔が、私の思考にずっと付き纏う。
そして、彼が教室に現れた、教室の中が静まり返り……。
彼が纏う雰囲気は、何も変わっていない。
派手さのない美しく整った容姿。
他の者たちとは一線を画す落ち着いた雰囲気。
それでいて、どこか優しさを感じさせる陽だまりのような温かさ。
敗北を乗り越えられて、あなたはそれでも凛々しくあられるのですね。
ならば、私もあなた様に相応しい女性になるまでは、凛とした一輪の花のようにいたします。
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