第47話 死にゆく愛に意味はあるのか

【前話までのあらすじ】


対クラムとの闘いに突如として出現した闇属の魔人ルカ。クラムの闇属の魔法をまがい物とばかりに本当の闇の炎をクラムに浴びせる。闇の従者であったクラムは苦痛を感じないまま全身の穢れを白い塵へと変え消滅した。

◇◇◇


【本編】


 分断されたパーティ、今ここに居るのはチャカス族のギガウだった。


 「俺は最強の地の精霊使いだ。だが、貴様もそこそこの地の精霊使いだということは知っている。名前を聞いてやろう」


 対峙する094討伐部隊の隊長ゲルは、まるで王様きどりだ。


 「ふん、『精霊使い』だと! お前は精霊使いでも何でもない。俺とお前を一緒にするな」


 激高したギガウの体のタトゥが赤く染まっていた。


 「ほう、面白い。貴様が名前を語らなくても聞いたことはある。貴様、チャカス族だな。確か、ここから2つ山の向こうの集落に昔から住んでいるという」

 

 「知っているなら聞くな」


 「聞いたことがあるだけだ。『聞いた事ある』は知らないのと同じだ。貴様は俺がミミス村で生まれ育ったことも知らないのだろう。それと同じだ」


 ギガウは今まで何故に先手を取られ続けていたのか納得いった。地の利はゲルにもあったのだ。


 「俺の仲間に何をした?」


 「何もしていない。さすがにお前ら全員を相手にするのは骨が折れる。だから分断しただけだ。あとは俺の部下が始末するだろう」


 「そんなことはさせない」


 ギガウはタトゥを赤く光らせて両手を地に付けた。


 「面白い。貴様の精霊と俺の精霊とどちらが優れているか勝負だな」


 ゲルの左足首に付けている『牢獄の魔道具』から発する白い光が、地を這ってギガウを襲った。


 大地に広げていたギガウの縄張りが体に押し戻され、やがて白い光がギガウのタトゥを浸食しはじめた。


 「ぐ、がぁああああ」


 「貴様は俺を軽蔑しているのだろう? 精霊を奴隷のように使う酷い奴と。だがな、俺が酷い奴なら、ここにいる人間も角族の奴らもみんな残虐者だ。俺よりも酷い奴らさ」


 ギガウの目の前の景色がグルグル回るように変化する。


 幻覚か。いや、違う。


 それはゲルが心に焼き付けた場面だった。


——

 森で暮らす人間には当たり前の獣狩り。


 小さな手が見える。


 前を歩く父親の後ろを離されないように付いて行く。


 これは少年の狩りの訓練だ。


 猪を弓で射る。


 なかなかの腕前だ。


 父親の大きな手で撫でられると、少年の心は無邪気に弾んでいた。


**

 ——場面が変わった。


 弓を握る少年は、父親にもっと褒められたいと、獲物を探す。


 いつもは冷たい父親が、獲物を仕留めた時だけは優しかったから。


 落ち葉を蹴る音、草が揺れた。


 少年は弓を力の限り引き、矢を放った。


 その矢の衝撃に獣は草むらから飛び出し、そして倒れた。


 小鹿だった。


 その時、少年は凄まじい悲しみと罪の意識に襲われた。


 少年を見つめ、足に力を入れて立とうとする小鹿に父親が矢を放つ。


 (やめて、やめて、やめて、やめろ! やめろ! やめてくれえ!)


 そして子鹿の首にナイフをあてると命を切った。


 少年はその光景を目の前にすると何も考えられなくなった。


 唯一の友達であった小鹿の死を前にして..


——

 その後、何度も何度も少年は狩りをした。


 走って逃げる獣を射止めた。


 水飲み場で待ち伏せもした。


 罠にはまった獲物に弓を引いたこともあった。


 だが、何てことであろうか。


 その度に少年の心は張り裂けるような悲しみと罪の心を上書きしていくのだ。


 そして、自分の感情が溢れそうになると、その感情を父への憎悪に変換した。


 ある時、少年は父親に向かって弓を引いた。


 何が起きたか理解できずに膝を着き、やがて命乞いをする父親。


 そんな父親に矢籠が空になるまで矢を放つ少年。


 矢が刺さる父親を見ると少年の心は軽くなっていった。


 そして、死にゆく父親の顔を見ると少年の心は、心地よい闇の中に埋もれていくのだった。



 【全ては人間が悪い】【人間が憎い】【お前らの罪は死に値する】



 その感情にギガウは押しつぶされそうになった。


 地の精霊に愛されるギガウもまた、森で犠牲になる獣たちの悲しみを知っていたからだ。


 『やめてくれ! やめてくれ! もうそんな感情を俺にぶつけないでくれ!』


**

 ——そしてまた場面が変わった。


 『ガルルゥ.. ガウ..』


 やっと陽が射し始めた薄暗い森。


 一匹の獣がゲルの仕掛けた巧妙な罠に足を挟まれていた。


 霧が少し薄まり、獣に朝の陽があたる。


 その罠にかかった獣は銀狼のエルだった。


 森には見覚えがあった。


 その森は銀狼の群れに会うためにギガウがいつも通る近道だった。


 「だめだ.. やめて、やめて、やめろ、やめろ、やめてくれ!」


 思いがけない大物に嫌らしく歪んだ笑みを浮かべ、矢を射るゲル。


 何度も、何度も、何度も、止めは刺さない。


 エルが涙を流しながら、死にゆくさまをただ楽しんでいた。


 憎悪だ!


 ギガウの中にとてつもない憎悪が生まれ、闇が心を支配しようとしていた。


 目の前全てが闇色に閉ざされていくギガウだった。



 『  ..オオーン  』



 何も見えない闇に一点の光があった。


 ギガウはその光に歩み寄る。


 そこには銀狼のエルがギガウを見つめていた。


 そして大きな足で力強く走りだすと、ギガウの胸に飛び込んだ。


 エルの想いがギガウに伝わった。


 それは言葉ではない。


 ただ、自然に生きる者の気高さと覚悟。


 そして、どこまでも優しいエルの愛だった。


 ギガウのタトゥから眩しく銀色の光がほとばしると、全ての闇を吹き飛ばした。



 「ば、馬鹿な! くそ! 精霊リミ、奴を捕らえろ」


 ゲルが叫ぶと足の『牢獄の魔道具』が光った。



 大地から生える植物、大木から延びるツルがギガウを捕らえようとするが、今の彼は銀狼そのものだ。


 誰が彼を捕まえられようか!


 「おのれ! チャカス族のガキめ!」


 ゲルの握った大剣が風を鳴らして目の前に迫る!


 しかし、ギガウは静かに背中を向けた。


 「今の俺に、お前の幻覚など通用しない!」


 空間から怪しく現れた剣刃を銀色の爪で掴むと、バキバキと薄氷のごとく砕いた。


 そして拳を固く握りしめると、強烈な一撃をゲルに浴びせた。


 大地にギガウの縄張りが張り巡らされると植物のツルがゲルを拘束した。


 「なぜ、爪でとどめを刺さない! 殺せ!」


 「ゲル、お前には聞くことがある」


 「ふざけるな、貴様らに話すことなどない」


 ゲルは憎しみの眼でギガウを睨んでいた。


 「ゲル、俺にはお前の気持ちがわかった。だが、もうやめるんだ」


 「なら、なぜだ。なぜ、貴様は闇に抗った。貴様も俺が憎いはずだ。何の意味もなく愛するものを殺される悔しさを知ったはずだ」


 「ああ、俺はお前が憎い。だが、何の意味も無くはなかった。俺はエルの想いを知ったからだ。そしてエルの魂は俺に自然に生きるものの気高さを教えてくれた。これは意味の無いことではない」


 「俺にはそんなものはなかった.. 俺は、俺に会いに来た友達に矢を放った。そして俺の父はただ殺した。まだ、生きようとしていた友達を殺しやがった。これに何の意味があるというのだ!」


 ゲルは血走る眼でギガウを睨んで叫んだ。


 「ああ、意味がないな。お前はその悲しみ、憎しみを殺しの理由にしていただけなのだから。自分が殺しをする免罪符として『友達の想い』を利用した最低な男だ」


「そ、そんなこと..あるか.. お、俺は..」


 ゲルは力なく大地に膝をついた。


 ギガウの言葉はゲルの心を砕き散ってしまった。



 銀狼の遠吠えが聞こえると、仲間たちが銀狼の背中に乗って戻って来た。


 「おーい!」


 遠くからライスが手を振っている。


 銀狼の御頭、片耳のラモックがギガウの指先をなめた。


 「やぁ、ラモック、みんなを迎えに行ってくれたんだね。ありがとう」


 『ウォン!』


 ラモックはギガウの胸に頭を付けていた。


 彼はギガウの胸に飛び込んだ母・エルの気配を感じとっているようだった。

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