第21話 メイド服のリジ

【前話までのあらすじ】


セレイ村を出発した3人。道中でロスが2つの質問をリジにすると、そこには昔の我がまま娘のリジの姿はなかった。彼女の心には未来への覚悟というものが備わっていた。一方、ライスは人々が氷のアシリアと言って彼女を嫌うことに不満を持っていた。ライスにはわかるのだ。アシリアが誰よりもやさしいエルフだということが。3人はジャスミン香る道をペドゥル国へと急いだ。

◇◇◇


【本編】


 ペドゥル国はヴァン国より大きな国である。なぜならペドゥル国のすぐ近くには王国カシューがあり、ペドゥル国はその恩恵を受けているからだ。


 「うわぁ~、すっごい城壁。ロスさん、ここ本当に領主国なの」


 ライスがこう言うのも無理はない。


 ペドゥル国の財は計り知れない。辺境の地にある王国よりもペドゥル国は豊かなのだ。


 その財は領地内から採掘される『涙の鉄ティアール』によるものである。世界各国の武器、防具に使われる鉄の40%近くはこのペドゥル国の『ティアール』が使われているのだ。


 だがロスは知っていた。ここに領主国ペドゥルと王国カシューがまだ『パルトティア』と名乗っていた頃、この地は魔法石の採掘場として有名だったことを。


 魔法石は主に精霊の加護を受ける武具の装飾で使われている。


 しかし大昔、人間は精霊を使役しようとして『牢獄の魔道具』を作り始めた。その魔道具は飛ぶように売れた。そのため、質の良い魔法石が高額で売買されていたのだ。


 その時、巨万の富を得た男の名がダルティ・カシュー。


 彼が王国カシューの礎を築いた男だ。そしてダルティの妹・エライザは結婚した。夫の名はサイ・ペドゥル。やがて、カシュー家とペドゥル家は国の後継者をめぐり争いが起こった。


 長い年月を経てペドゥル家は独立を許され、王国カシューの足元においてペドゥルを冠する領主国となったのだ。


 ペドゥル国の大門が見えてくるとリジが不安そうな面持ちになった。


 「どうした、リジ君?」


 「実は、ペドゥル国には私の顔を知っている人が多いの。もし、おじいさまの拉致犯の仲間が私を見たら警戒するかもしれない」


 「ああ、それに関しては旅の途中で思いついたことがあるんだ。これさ」


 ロスはメイドの式紙しきがみを手にしてみせた。


 リジもライスも首を傾げるばかりである。


 ・・・・・・

 ・・


 「どうだ? 着替えたかい?」


 「ちょっ.. ライス、そんなに引っ張らないで!」


 「だって、引っ張らないと閉まらないよ。リジ、前より太ったんじゃない?」


 「違うわよ! この服が小さいだけよ!」


 林の合間から聞こえてくる声にロスは吹き出した。


 やがて、すごすごと歩きにくそうなリジがでてきた。


 「おお、意外に似合うな」


 リジの長い髪はコンパクトにまとめられ赤いリボンが付いているブリムがチャーミングだった。


 「ねぇ、ロスさん、これってあなたの趣味が入ってない? 私、目立つと困るって言いましたよね? メイドにしてはちょっと目立ってないですか、これ?」


 「そっかぁ.. そんなことないけどなぁ。な、ライス?」


 「うん、すっごく可愛い。リジの綺麗な髪に赤いリボンが凄く合ってるよ」


 「だから、その要素がいらないの!」


 リジは顔を赤らめながら否定した。


 「ねぇ、ロスさん、私もメイドになりたい」


 「だめだ、君は俺の女房になるんだ」


 「え、え~!! そんな急にそんな告白されても」


 ライスがもじもじし始めた。


 「アホは放って置こう。さっ、行くぞ」


 作戦は移住作戦だ。


 ロスとライスは夫婦、リジはこの夫婦のメイドだ。そしてリジの聖剣は式紙メイドの「カミラ」が護衛として腰に携えた。


 リジがペドゥル国で顔が割れていたとしても、まさか領主の孫娘がメイドになっているなど誰も思わない。


 「ねぇ、ロスさん、大丈夫かな? 捕まったりしないよね」


 堀にかかる大きな橋の上でライスは不安そうに言った。よっぽどハーゲルでの牢や生活が堪えたのだろう。


 「大丈夫だ。領主国の出入りは基本自由だから」


 王国とは違い、領主国は民主制を取っている。その為、国への出入りは自由なのだ。これは領主国協定にも記されている。自由に出入りできるという事は、国家間の自由貿易を保証する約束なのだ。


 だけど、一応、国への用事は衛兵によって聞かれるのは常である。


 「待て。お前たちはどこから、何の用で国に入るのだ?」


 「はい。私たちは東のヴァン国より来ました。あの国は平等をうたいながらも富を持つことを許そうとしません。しかし、このペドゥル国では富を持つことを許していると聞きました。ですから、移住の審査をしていただこうと思いまして、こうしてメイドと護衛を引連れやってまいりました」


 衛兵はひとりひとりの顔をじっくりと確認する。


 リジは少しうつむき、衛兵の観察を秒を数えながら堪えている。


 「ふむ。そうか。まぁ、この国ではどこまでも富を持つことは許されているからな。通っていいぞ」


 「ふぅ..」


 ライスが衛兵の前でホッとした息を吐いてしまった。


 「んっ? そんなに緊張したか? ん~.. 婦人にしてはやけに若いな? それに服装も何というか.. まるで冒険者みたいだな..」


 衛兵が首を傾げ始めた。


 「ああ、そうですか? ヴァン国では女性の早婚が流行ってますよ。それに旅では冒険者のような服を着ていれば、野盗に襲われずにすみますのでね」


 「なるほど、そうか。ところで.. ヴァン国では女性の早婚が流行っているのは本当か?」


 「はい。若い嫁を手に入れたいなら今はヴァン国がいいですよ」


 「そうか。実は私は40の身で独身でな、なんやかんや..——」


 衛兵の長話に半時ほど時間を取られたが、疑われることもなく入国することが出来た。


 「で、どうするの、ロスさん」


 「そうだな。まずはリジ君に本物のメイド服を用意しなきゃな」


 「え? なんでよ、ロスさん。私、さっき苦労して着たばかりよ」


 「ああ、その服は、このカミラが紙に戻ったらパって消えちゃうよ」


 「え! 早く服屋に行きましょう!」


 リジは式紙のカミラが消えることを考えると気が気ではなかった。

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