第7話 アシリアからの試練

【前話までのあらすじ】


リジ・コーグレンのチームとライス・レイシャのチームによる決闘裁定が決まった。それぞれがチーム編成に動き出す。コーグレン家として負けることは許されないとし、祖父ワイズ・コーグレンがリジのチームメンバーを決めてしまう。一方、ロスは『氷のアシリア』に声をかける。アシリアは条件付きでメンバーに加わってくれた。

◇◇◇


【本編】


 ロスは衛兵に連れられて闘技場の地下牢への階段を下りた。そこは地下でありながら、鼻腔が痛くなるほど乾燥していた。


 大人が寝転ぶことが出来るほどの狭い牢屋が左右に5つ並んでいる。獣のような匂いがする牢屋をのぞくと、膝を抱えたライスがうつむいていた。首には魔素が分散してしまう防魔の首輪がかけられ、こすれた部分が赤くなっている。


 まだ17歳のライスに対して不条理なこの現状にロスは眉間にしわを寄せた。


 「ライス、迎えに来たよ」


 ロスの優しい声を聞くと膝の間に目線を落としていたライスは顔をあげ、瞳いっぱいに涙を浮かべた。


 「ロスさん、来てくれたんだ」


 「ああ、君との契約はまだ完了してないからね。この街からの帰りも俺を護衛してくれるんだろ?」


 「..うんっ」


 ロスはライスに評定室でのことを説明した。


 「じゃ、明後日、私の無罪を証明するために、リジの仲間と闘わなきゃいけないの?」


 「そういうことだ」


 「で、でも..私、全然ダメダメで『お前なんか消えろ!』って追い出されたんだよ。実際、足手まといだったし」


 「なぁ、ライス。君はあの高位魔獣ザビルを倒したんだ。裁定人が言っていたぞ。この国にあのザビルを倒せる魔法使いはいないって」


 「え、ええ~。でも、あれはロスさんが不思議な呪文を教えてくれたおかげだよ」


 「だから、今度も俺が君の仲間になるんだ。それにもう一人頼りになる仲間が、上の闘技場で待っている。そこで作戦を考えよう」


 狭い牢屋から出されたライスは腕を開いて大きく伸びをした。そして..


 「じゃ、いこ―」


 ロスの胸にライスがポトリと頭を付けた。


 「ロスさん、ありがとう。私、なんか初めてひとりじゃないって感じちゃった」


 彼女の涙が一滴、乾いた地面の上に落ちた。


 果樹園をひとりで経営し、極力、人との関りを避けていたロスは久々に人の温もりを胸に感じた。思わずライスの肩を優しく抱き寄せた。


・・・・・・

・・


 階段をのぼり闘技場に上がるとそこには誰もいない。


 「あれ? ロスさん、仲間は?」


 「ったく、 何でいちいち身を隠すかね.. 困った種族だよ。お~い。待たせたね!」


 「 ....」


 返事がない。しかしいるのはわかっていた。彼女の興味は全方向にロスに向いているのだから。


 『ロスさん? 誰もいないみたいだよ?』と言ったライスの後ろからスッと涼しい風と共に姿を現した氷のアシリア。


 あまりにも近くにいるアシリアに『ひゃっ』と飛びのくライス。


 「ロス・ルーラ。私は約束通り力を貸すけど、この子は大丈夫なの?」


 「ああ、大丈夫だ。実は今からそれを君に証明するために闘技場を貸してもらったのさ」


 「え?.. ロスさん、私に何かを期待してるの?」


 「ああ、そうだよ。その前に君たちに俺の趣味について話そう。俺の趣味は考古学だ。約600年くらいの歴史は知っている。いろんな場所に行き、古文書も読んだもんだ。そこにはいろいろな魔法の呪文がかかれていた。でも俺は魔法使いじゃないからこの知識は無駄だった、今まではな。今回、それを役立てようというのさ」


 「でも、ロスさんだって式紙を使う魔法を使ってるよね」


 「ははは、ライス。あんなの魔法じゃないよ。あれは精霊がまき散らす魔素を利用しているだけだ。な、アシリアならわかるだろ」


 「そうね。ロス・ルーラの式紙は魔法と言うよりも魔素そのものに近いわ。不思議な術だけど」


 「俺は古文書にある古魔法から紙に念を込めて呪文を書くだけで、紙を依り代に魔素の集合体をつくる術を知った。錬金術ってやつに近い」


 ロスはライスに呪文が書かれた式紙を渡した。


 「ライス、その式紙を掲げて—ウォルカシオール—と唱えてごらん」


 [ —ウォルカシオール— ]


 式紙が空中に舞い上がるとシャキシャキと音を鳴らし粉々になった。そして粉々の紙ひとつひとつが水球に変化しそれが渦を巻く水柱となる。


 水柱が水龍のように舞い上がると、一気に飛散し雨となった。


 「あっ! あれれぇ! 凄い。火属性しか使えない私が水属性の魔法を使えた!」


 「どうだい? 式紙を通じて水の精霊の魔素を使う事ができるんだ」


 「確かに、これなら直接、水の精霊と契約なしに使えるわね」


 それまで懐疑的だったアシリアが納得していた。


 「でも、ロス・ルーラ。この式紙の魔素は弱い。今の魔法だって敵を倒すほどの威力があるとは思えないわ」


 「するどいな、アシリアは。まっ、それについては俺の知識が役立つさ」


 「あ、そっ。でも、私はそんなはぐらかすような答えは期待していないわ。あなた達にはしっかり戦えることを証明してもらう」


 そう言うとアシリアは姿を消した。


 —バタンッ バタンッ と闘技場の各扉が閉じた。


 「くそっ、図られた!」


 [ —キシシシシャ— ]けたたましい鳥のような叫び声が聞こえる。


 「え? 何? ロスさん、何が起きるの?」


 「ライス、アシリアが君の闘いの資質を見たがっているらしい」


 —ガガンッ ガガガンッ と闘技場の壁にある鉄格子が上がると、巨大な嘴、両手に鋭い鉤爪を持った処刑獣トリュテスクロー×2が姿を現した。


 「どうしよう!」


 「まっ、2匹なら何とかなるだろう」


 2匹のトリュテスクローが鈍く光る黒い鉤爪を振りかざしながら突進してきた。

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