第5話 意見陳述の駆け引き

【前話までのあらすじ】

ライス逮捕の異議申し立てをハーゲル中央裁定所に申請したロス・ルーラ。式紙メイドの追跡によりライスが闘技場地下の牢に閉じ込められていることを知るとロス・ルーラは不敵な笑みを浮かべた。

◇◇◇


【本編】


 翌日、ロスは再びハーゲル中央裁定所へ向かった。


 中央裁定所は一日に多くの申請や申し立てを処理しなければならない。意外にも昼夜を問わず交代制にしてまでそれらの事案に目を通す健全な機関なのだ。


 そして翌日の10時には申請の可否や申し立て者の意見陳述の予定表が発表されるのである。


 先ほども述べたが、領主制の国でありながらも裁定所は健全な機関なのである。この機関が国民の心をつなぎとめる要だからだ。


 世界は5王国6領主国で成り立っている。


 王国は絶対の封建主義で成り立っているが、領主制の国は違っていた。


 一応、民主制をとっているのだ。


 そのため、国民が領主に大きな不満を持った時、別の領主国へ引っ越しすることが許されているのだ。


 しかし国民の数はそのまま国力・財力となる。


 領主たちは自分の財産を守るためにも裁定所を健全に動かし、国民の心をつなぎ留めておく必要があったのだ。


 裁定所の広場の掲示版にはしっかりとロスの意見陳述の時間が書いてあった。


 【 ロス・ルーラ10:15~10:30 】


 「何ぃ! あと10分後じゃないか!」


 だがロスは思った。


 昨日、最終の申し立て書が、朝一番の意見陳述となっている。これは、ライスの判決を午後にでも出そうとしているのだ。


 ・・・・・・

 ・・


 「ロスさん! ロス・ルーラさん、入ってください」


 裁定所の第3評定室の待合室に声がかかった。


 ロスが部屋に入ると見張りの衛兵の前に椅子が一つ。机を隔て評定委員が3人いる。


 「ロス・ルーラさんですね」


 「はい」


 「ロス.. ロス..もしかして果樹園のロスさんですか?」


 「そうです」


 「なるほど。私はこの申立てを評定するキシと申します。さて、まずは、あなたとライスの関係を教えてください?」


 「ライスは私がブレンの街までの護衛として雇っていたんです」


 「すると容疑者ライスの客という事ですね。ただの客であるあなたがなぜこの件に首を突っ込むのですか?」


 「はい。私は森で蛇魔獣ザラキとヒルの高位魔獣ザビルに襲われました」


 評定委員が顔を見合わせていた。


 「それは本当ですか? あの魔獣ザビルに遭遇しながらあなた方は生き延びたのですか?」


 「いいえ、生き延びたのではありません。魔法使いライスが倒したのです」


 「なに!?」後ろの衛兵が思わず声をあげた。


 「それが本当ならライスは国の功労者です。魔獣ザビルを倒せる冒険者はこの国にはいないのですから。ですが、どうも信じがたいですね」


 「なぜですか?」


 「証拠がありません。それにそんな高位魔獣を倒せるライスが魔法で仲間を焼き殺すようなミスをするとは思えません。あなたの証言には全く信憑性がないですね」


 「キシさん、それはライスが他の冒険者よりレベルが低いことを前提に話していますね。だけど、その逆を考えたことはありませんか? ライスの実力に他の冒険者こそが追い付いていなかったと」


 キシの眉が動いた。


 「リジ・コーグレンが足手まといになっていたというのですか? しかし、ロスさん、あなたの証言には何一つ証拠はありませんよ」


 「はい。今はね。だから私は魔法使いライスとリジ・コーグレン率いる冒険者チームとの決闘を提案します」


 「なるほど。魔法使いライスが勝てば、それが証拠となるということですね.. ですがそれは却下します」


 「な、なぜ?」


 「ロスさん、残念ですが、この裁定所がいくら公平な場所であってもコーグレン家の血筋の者を闘技場に立たせる命令を出すわけにはいきません」


 ロスは思い違いをしていた。裁定所を健全な場所と買いかぶりすぎていたのだ。


 裁定所はコーグレン家の為に健全な場所であったのだ。つまり国民にとって『健全な場所』と思われる機関であればよかったのだ。


 「それでは、これでロス・ルーラの意見陳述を閉会します」


 「待って頂戴! 納得いかないわ!」


 張りのある大きな声が評定委員会の後ろから聞こえた。


 評定委員会3人の後ろの仕切りから出てきたのはリジ・コーグレンだった。


 「リジ様、どうしてここに?」


 「キシ、あなたね、これだけ私が見下されているのになぜ決闘を断るのよ」


 「ですが、立場上、コーグレン家のあなたに決闘などさせるわけにはいきません」


 「ふん、大丈夫よ。私、負けたりしないから」


 「で、ですが..」


 困り果てているキシを無視してリジ・コーグレンはロスの前に腕組みをしながら言った。


 「コーグレン家の名にかけて、ロスさん、あなたの提案に乗るわ。私のチームと闘える仲間を集めることね。でないとライスが酷い目にあうからね」


 リジがロスの近くを『ふんっ』と鼻を鳴らして部屋から出て行った。


 「キシさん、あんたには同情するよ。やはり裁定所は健全であるべきだったんだ。それと、これはプレゼントだ。これをもって他国へいくといい」


 ロスがキシに手渡したものは魔石だった。


 キシはそれを手にすると慌てて第3評定室から出て行った。


 「これで納得いったかな、おふたりさん」


 今までひと言も話さなかった委員会の両脇2人が議事録を手に持って部屋から出て行った。


 この件の本当の評定人はキシではなく両脇の2人だったのだ。謂わば、キシは何か不測の事態があった時のスケープゴートにされたのだ。


 ロスはこの裁定所が『コーグレン家のためにある健全な場所』と考えを改めた時、キシの立場を理解した。


 そしてロスがキシに持たせた魔石こそ、高位魔獣が死ぬ時に落とす「七色の魔石」だ。その魔石は慎ましい生活をすれば10年は暮らせる価値はある。


 裁定所の広場にでるとロスは順調に事が運んだことにほっとしていた。


 『面白くなってきたな。さて、あとはエルフの彼女をどうやって誘うかな』と心でつぶやいた。

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