第28話 

「オオジロと同じで、生き直し待ちか。不幸になると分かっとるのにのう。あれから一人も産まれたては降りて来とらん。あの人はこの世界を一体どうするつもりなんじゃろう」

萩さんはため息をつきました。


「五つ窪みが何とかしてくれるかも知れません」

 鋼が重い口を開けました。


「前々から、気にはなってたんですが、さっきの実験で、ハッキリしました。十六夜を助けるため、僕は五つ窪みの金色の窪みを削り、十六夜に金継ぎをしました。

 本来ならとても助からないような状態だったのに、十六夜は助かった。

 そして十六夜に貼った金は、それからずっと冷える事がなく、体を温め続けているんです。だから十六夜はまだ生きていられるんです。

 五つ窪みは決して冷えることのないカップなんです。

 そしてあの重さ。萩さん、五つ窪みのあの黒い釉薬の下は全て金なんだと思います。あの子はとてつもないカップなんですよ」





 五つ窪みは萩の花を摘んで、東の淵に来ていました。籠目の落ちた所です。

 危ないので今は柵を作って、人が落ちないようにしていて、すっかり蔦が生い茂っています。


「あれは多分生き直しになるわね」

 白様の言葉を信じて、オオジロが硯を待つように、籠目を待っていたのです。


 あれから、あの人の名前を見つけたものはまだいません。

 新しい子供が産まれてなくなって、ずいぶんになります。

 あの人は、この世界のことをもう諦めてしまったのでしょうか?


 


 3. 十六夜の昔話


 昨日お見舞いに萩の花を摘んできた五つ窪みに十六夜が話してくれました。


「籠目が生まれたのは、去年の今頃のこと。私はその前の年の冬の初めに湖で生まれて、死にかけてたのを拾われて、冬の半年を鋼に守られて北山で暮らした。すごく幸せだった。


 なのに雪が溶けたら、お城に届け出を出さなきゃいけないと言われ連れていかれて、そのまま置き去りにされたの。

 もう冬を起こした大人だから、踊り子としてずっとここで働くんだって言われた。

 鋼はお医者様の仕事があるから、邪魔しちゃダメだって。


 満月の夜の踊りの時も、鋼は一度も来てくれなくて。私、何ヶ月もかけて部屋のレンガを壊して、とうとうあの日、お城を抜け出して鋼に会いに行った。でも鋼は会ってくれなくて、お城に帰れと言われた。


 がっかりして悲しくて死んでしまおうかと思って、生まれた湖の辺りを歩いていたら、急に星も月も何も見えない闇がやってきて、立ち往生してしまった。そうしたら、近くの萩の花の草むらから泣き声がして、それが籠目だった。


 ひと目見て、踊り子の質だとわかる子だった。放ってはおくわけにもいかないし、お城に連れてって私が名付け親になった。お城を抜け出したのがばれて、大目玉食ったけどね。

 踊り子が拾われた時はすぐお城に連れてこられて、名づけ親といっても名目だけ。

 実質、親はオオジロ様だから、私と籠目みたいに親子で踊り子なのは例外なの。

 あの子は私にべったりで、どんな時も離れようとしなかった。

 一緒に踊りを習って覚えて、あの子の夢は、私と一緒に世界一の踊り子になることだった。


 私はその頃、『もう一度逢いたい』を踊ろうとしていた。

 あれは命を削るような踊りだから、生半可じゃ踊れない。

 オオジロ様や白様が、あの踊りを絶やさないようにと、踊れたものには何でも欲しいものを褒美にくれると言ったの。


 私は北山に帰って、鋼のそばにいたかった。

 だから、必死で頑張ってとうとう踊れるようになった。


 その年の最後の満月の祭りの日、珍しく鋼が、白様と一緒に楽屋に訪ねてきてくれた。

 籠目のことを聞いて見に来たのよ。

 籠目ったら何か感じたのね、私の後ろに隠れて鋼のこと睨むの。

 二人が帰った後で、「あいつ大嫌い」って言ったわ。


 でも、私は踊りのことで、頭がいっぱいで、そんなカゴメを気遣ってやれなかった。

 そしてあの祭りの夜、私はついに「もう一度逢いたい」を成功させた。


 大歓声の中、カゴメはくるくる回って喜んでいた

「私の十六夜が一番になった」と言って。


 オオジロ様に褒美は何がいいかと聞かれた時、

「私を北山に返してください。鋼のパートナーになりたいんです」と言ったの。

 でも、オオジロ様はそれは無理だと言った。

「踊り子はお城から出すわけにいかない」と。


 踊り子の体は、弱すぎて北山では冬を越せない。安全のために杉の板で覆われたこの城から、一生出られない飼い殺しの身。だから踊り子に恋はご法度だったし、その上名付け親と育て子がパートナーにはなれないルールもあった。踊り子の質に生まれた者のそれが運命だと言われて、生きてくしかなかった。だからこその最後の頼みだったのに……。


 私は鋼と一緒にいられないのなら、もう死んだ方がましだと思った。

 だからこう言ったの。


「では、縁欠け者ならどうですか?それならこの城を出られますよね」

 そう言って、私はレンガの壁に自分の取っ手を叩きつけた。取っ手は割れて、私の体には亀裂が入り、私は倒れて、動けなくなった。


 鋼が悲鳴をあげて飛んできた。荻さんも、白様も来て、オオジロ様は、自分の金箔を剥がして金継ぎをしてくれた。

 みんな私を助けるために必死で、籠目は置いてきぼり。

 大人たちが勝手に何もかも決めて、籠目は一人ぼっち。何も教えてもらえずに、私の事は忘れろと言われたらしいの。


 冬が来る前にカゴメは、私の作った抜け穴からお城を抜けて、私に会いに北山まで一人できた。その頃私はやっと歩けるようになったばかりで、鋼に支えられて歩く練習をしていた。

 もう死ぬまで鋼と一緒にいられる。私は彼に甘えて、幸せだった。それを籠目は見てしまった。


 走って逃げていく姿が見えたけど、私は追いかけてもやれなかった。

 冬の間ペチカの部屋で、あの子は一言もしゃべらなかったそうよ。


 それから狂ったように踊りだして、結局誕生日も迎えずにあんな死に方をした。

 悪いのは私なの、私なの……。



 十六夜の話は終わった。



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