第42話 ジレンマに叫ぶ声は
「何の用だ。お生憎だが、今は商売どころじゃねぇんだわ」
見て分からねぇかと、男は話しかけてきた加古川誠に対して指を振る。
普段は無法地帯なりの賑わいを見せている古都の一角も、直結する新宿ダンジョンに竜種が存在すると判明して以降は閑古鳥が鳴いていた。最悪──竜種が地上へ進出する一端を担ったと難癖をつけられないためか、中にはダンジョンへ通じる穴をベニヤ板で封じているものも多い。
男は苦笑交じりに肩を竦めると、首を左右に振って彼らの努力へ嘲笑を零す。
「全く、あんなもんで魔物の侵攻が食い止められるかよ……ましてや、相手は竜種なんだろ。だったらいっそ、自衛隊なり何なりが対処してくれるのを祈るばかりさ」
「商売どころじゃねぇならタダで通せよ」
「そんなのは通らんよ。本気で通りたいなら、他のヤツが捨てた穴を使えばいいだろ」
「ここが最下層に一番近い」
加古川が視線を上げ、隣に立つ烏星零羽が追随する。
男が立てたであろう看板には、第三五階層直行と大々的に宣伝されていた。現在第三六階層まで存在する新宿ダンジョンに於いて、実質最下層へ直結とも表現できる。
上層階では災いの兆候とでもいうべきか。多数の魔物が地上進出を目論んで侵攻しており、内側冒険者達も自衛隊と共同で迎撃に当たっている。
一方で外側に関しては火事場泥棒を狙ってか、何人かが放棄された穴を経由してダンジョン内へと侵入を果たしていた。先に男が指を振った中には、ベニヤ板を強引に引き剥がした痕跡が残されてもいる。
「……最下層には竜種が座してるって話だが?」
「だからこそだ。他の階層には外側なり内側なりがいんだろ、だったら俺らは一番低い場所から探っていくんだよ」
二人の目的はダンジョン内の魔物でも掘り出し物でもない。
ダンジョンで消息を絶った飛田貫伊織を名乗る人物の保護。高校指定のカーディガンを纏った少女にして、魔物の使役という極めて希少な魔法を有した存在。
加古川と零羽の間で多少の齟齬こそあれども、危険地帯から彼女を助け出すという目的までは共通している。
埒が明かないと判断したのか。零羽は一歩踏み出すと背負った長槍を掴み、切先を男の喉元へと突きつけた。
「御託はいいっス、さっさとそこを通して欲しいんスが。それともギルドに通報でもして欲しいんスか?」
「お、おいおい……お前だってここに来るってことは訳アリだろ、そんな態度取って……!」
「……!」
奥歯を噛み締め、零羽は更に槍を押し出す。
僅かに喉へ振れた先端から微かな血が滲み、糸を引いて地面へと自由落下。まさか実際に突き刺してくるとは思ってもみなかったのか、さしもの男も表情を蒼白に染め上げた。
「金なら払うぞ。何なら言い値でいい」
流石に取り返しのつかない結末は望んでいない加古川は、ヒートアップする両者を食い止めるべく財布を取り出した。竜種以外にも噂が錯綜している現状、ダンジョンを潜る前にややこしい事態を起こすのは極力勘弁したいという思惑もある。
男は言葉を繋ぐ口実ができたと、声を震わせて反応を示す。
話し合いの余地なく睥睨する零羽よりも、遥かに与しやすい相手であると直感的に理解したのだろう。
「お、オーケーだッ。金を払うなら通っていいぞ。だからその槍を早くしまってくれェ!」
「……とのことだ」
「チッ……」
舌打ちを一つ。
零羽は突き刺した槍を手首の動きだけで引き戻すと、再度背負う。
加古川が男の提示した金額を支払う際も、少年は鋭利な眼差しを注ぎ続けた。個人の思惑はともかく結果的には牽制の効果があったのか、極端に吹っ掛けた金額になることもなく、平時の金額に多少の色を加えた程度で二人はダンジョンへ通じる穴を潜る。
直前。
「一応確認するぞ」
「何スか今更」
「正直、ここから先の安全は保証出来ねぇ。何が起きても、テメェの身はテメェで守ってもらう必要がある」
「そんなのわざわざ必要な確認スか」
「……分かってるならいい」
改めて相手の意思を確認すれば、加古川が躊躇する理由もない。
二人は普段と同様、それでいて普段とは異なる面子で新宿ダンジョンへと向かった。
「……」
「いったいどこから調べるつもりなんスか?」
「最下層だ。あの馬鹿に竜種に関する知識があるとは思えねぇし、適当な穴から落下したせいで帰れなくなった可能性もある」
あくまで総当たりだがな。と続ける加古川の口調に冗談めかしたものは一切なく、むしろ後に続く零羽よりも一層眼光を研ぎ澄ましている。
二人は決して親しい間柄でもなく、最低限以上の利害も一致していない。
故に互いの間で会話の花が咲くこともなく、捜索に関わる部分の確認を終えれば無言のまま道を下る。
やがてダンジョンへ通じる光明へと到達し、二人は躊躇することなく境界を踏み越えた。
「ッ……!」
「……!」
途端、肌身に突き刺さる異質な空気。
鉛の如く圧し掛かる重圧と、沈殿した雰囲気。人間はおろか、魔物でさえも逃げ出したくなる過密な魔素。命ある存在を拒絶する死の蔓延が、一瞥することもなく生物の存在を否定していた。
ましてや偶発的に外側冒険者へとなった伊織が、長時間足を止めているとは思い難い。それこそ、這ってでも上層階へと進むという確信を二人は抱く。
以降は言葉を交わすこともなく、加古川と零羽は更なる深層へと通じる道を進む。
無論、周囲を警戒して慎重に歩み、曲がり角の度に一端壁に張りついて安全を確認してから曲がる。
どうせ魔物はいない。
が、平時から著しく乖離している空間では、目視こそが最も信頼の置ける確認手段である。
だからか、もしくは彼らも辺りに漂う空気に当てられた結果なのか。普段よりも警戒心を露わにして周囲を見回った。
とはいえ、魔物は既に上層階へと移動し終えていたのか。
第三五階層で誰かと遭遇することもなく、最下層である第三六階層へと到達する。
「ッ……」
そして、二人は眼前に広がった光景に言葉を失った。
最下層以前とは明確に異なる鮮血を思わせる色身の暗い輝き。加えて階層自体も闘技場を彷彿とさせる広大なだけの空間に、中央にはどこへ通じるかも不明瞭な大穴。
「……」
大穴へ通じる出っ張りめいた道へ並ぶは、意識を奪われたかのように涎を垂らす無数の魔物。数えることも億劫に思える物量は、一斉に地上進出を目論まれれば自衛隊の助力があっても防ぎ切れるかは疑問視する程に。
そして──
「進め」
列の中程から右手を翳して扇動するは、高校指定のカーディガンの上から黒衣のローブを羽織った女子高生。
飛田貫伊織か、それとも一人か。
いずれにせよ、彼女の手綱に準じて魔物達が大穴への殉教を繰り返していた。
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