第31話 何故生まれて来たかなんて

 風が、吹き荒ぶ。

 争乱の嵐が巻き起こる。

 神宿ダンジョン上層階。本来ならば本命へ向かう道中として軽く横断の叶う領域で、無数の火花が舞い散り踊る。


「クソッ、なんでこんなとこにウェアウルフが……!」

「怯むな、隙を見せれば魔狼に取られるぞ!」

「遠距離役は背後を意識しつつ撃ち続けろ!」

「ゴ、ゴブリンまでいやがる……どうなってんだこりゃ!」

「チクショウ、テメェら狙いで来てねぇんだよ……!」

「あぎッ……う、腕がぁッ!」

「回復要員は何してやがるッ、早く魔法で支援を……!」

「こうゴチャゴチャしてちゃ、マトモに狙いも定めらんねぇよ!」

「自衛隊は?! 自衛隊は来ないのか?!」

「ただの一魔物への対処に出せるかよ!」


 怒号に悲鳴、嘆きに怒り。

 戦意を奮い立たせる勇ましいものから失意のどん底へ突きつけられる死刑宣告まで。多種多様な声が混ざり合い、混沌の様相を呈していた。

 ダンジョンの奥より湧き立つ魔物は無尽蔵と呼ぶに相応しく、切り伏せた側から増援が殺到する。

 ゴブリン、魔蝙蝠、魔狼。

 二級冒険者として神宿ダンジョンに足を踏み入れた冒険者にとって、既に何桁と言わずに撃破し続けてきた取るに足らない存在。だが、異常なまでの物量は過去の経験になく、故に捌き損ねた者から脱落していく。

 加えて、元より集団戦に長けたウェアウルフが合間に爪牙を振るい、更に冒険者陣営に出血を強いた。

 陣形も何もない混戦故に連携の取り辛い状況はある。魔物だけではなく人間も点在している以上、雑な範囲攻撃による殲滅を選択肢に加えられない。数的不利から一対複数の一側に立たざるを得ない冒険者も少なくない。

 だが、しかし、それでも。

 変異個体と成り果てた赤錆色の人狼こそが討伐対象にも関わらず、彼らの多くは通常種に苦戦を余儀なくされている。


「クッ、敵も味方もあったもんじゃない……!」


 混戦模様に悪態を零しつつ、返す刃でゴブリンの首を刎ねる青年。セージもまた、冒険者ギルドが発令した最優先討伐対象に従ってダンジョンへ突入していた。

 発令中はダンジョンランクに伴う特例措置が停止するため、パーティーの中に唯一の三級冒険者である少年は含まれていない。突入前に即席ながら連携なども確認していたが、既に人と魔物が煩雑に混ざり合った戦場では無意味というもの。

 精々、冒険者側が自然と形成しつつある前線のラインを維持しつつ、迫る魔物の迎撃に務める程度。


「ひとまずは、これで数が減るのを待つしかないか!」


 冒険者側にとっての最悪は、魔物をダンジョンの入口ひいては古都へと進出させること。そして最悪についで避けるべきは仲間、特に遠距離系の得物や後方支援を主とした直接戦闘に劣る面々の喪失。

 闇雲に戦っても目的が遠退くばかりの状況下、彼らは言葉を交わすこともなく目的を完遂するための陣形を構築する。

 勇み足は鳴りを潜め、頑強な岩壁に囲まれた地形の中でも比較的左右の間隔が狭い場所へ。前線は何陣かに分かれ、折を見て前後が交代。合間を縫うように遠距離役や後方支援が援護を放つ。

 数こそ変わらずとも、前線の密度が増したことで魔物側も攻勢が弱まり、更に地形に阻まれて数的優位を活かし辛くなる。

 敏捷性に優れたウェアウルフにしても、密度と狭さの相乗効果によって機動力を殺され、満足に接近することが叶わない。

 故に互いは膠着状態へと陥り、前線の消耗戦へと雪崩込む。


「フトゥー、横だ!」

「へ?」


 大剣で薙ぎ払われた間隙を突いて迫るゴブリンへ、横合いからの刺突を差し込むセージ。不意打ちのつもりが不意を突かれたことでゴブリンは反応することもできず、岩の如き肌から切先を突き出して瞬く間に肉体を霧散させる。

 霧散した魔素を一目し、漸く自身が狙われていたことに気づいたフトゥーは遅れてきた恐怖心に頬を引きつらせた。


「え……?」

「いくら周囲に人がいるからって無闇に大剣を振り回すなッ。いつも言ってるだろ!」

「わ、悪い……!」

「くっそ、じれってぇな!」

「馬鹿ッ……!」


 このままでは埒が明かないと前線から一歩踏み出した男は、セージの忠告よりも早く殺到する魔狼に食い荒らされ、贓物を地面へ晒す。呆気なく飛び散る血潮が、残った前線の鼻腔を刺激した。

 奥歯を噛み締めつつ、セージはなおも迫る魔物の軍勢を睨む。

 優先目標は未だ現状よりは奥の深度で進行している。あるいは、捕食者である赤錆色の人狼から逃れるべく他の魔物はより上層階へ進出しているのかもしれない。

 いずれにせよ、状況がある種の安定を得たことで他者より抜きん出るべく無謀な突撃を図る者が後を立たない。

 その殆んどは迫る魔物の軍勢に引き潰されているものの、自分だけは大丈夫と過信でもしているのか。捨て去ったはずの勇み足はなおも続く。


「このままじゃ、いつまで持つか分からんぞ……!」


 心中で何十もの苦虫を噛み潰し、セージは鮮血でぬかるんだ地面を踏み抜く。

 何か、状況を好転させる切欠を。

 それはセージのみならず、ダンジョンに潜っていた面々が高低問わず待ち望んでいたものであった。

 そして一陣の風が。

 刃の幻影を伴う暴風が吹き荒れる。


「あ、また!」


 自身の頭上を飛来する影にフトゥーが反応を示す。

 仲間の声に続いて影を追うセージが眉間に一層深い皺を刻むと同時に、それは地面へと着地を果たす。

 たなびく袖を風に揺らし、大きく腰を落とした姿勢。右手は帯刀した刀へと添えられ、獅子を彷彿とさせる波打つ髪がシルエットをより強大に映し出す。

 当然、突出した存在へ魔物が殺到。相手の血肉を貪らんと各々の得物を振り上げる。


「有象無象が、我が進路を阻むな」

「ッ……!」


 冥府の底より鳴り響く声が、配慮の一つもなく撒き散らされた殺気が、歯の隙間から微かに零れる吐息の音が。

 意志ある者の足を縫いつけ、腕を痺れさせた。


「荼毘に伏せ、我が剣閃の一条に」


 瞬間。抜刀と同時にダンジョンを反響する猛風が岩壁を抉り、ゴブリンを両断し、魔狼を捌き、ウェアウルフを袈裟に裂く。

 悍ましいまでの血飛沫と魔素が視界を埋め尽くし、新たなる脅威の出現に足を止めた魔物すらも続く剣閃の冴えが錆へと変換される。

 最早条理を無視したとしか思えない惨状に、唖然とするのは優位になったはずの冒険者。

 闖入者が紫刃を振るう度、風と実体の伴わぬ幻影が舞い散る度。雨後の筍よろしく充実していた魔物が二桁単位で魔素へと還元されていく。

 セージら前線を構築していた冒険者達総数よりも、たった一人の男の方が優秀だと言わんばかりに。


「こ、これが一級冒険者……ギルドランキング一位の月背勝児……」


 誰のものとも知れぬ呟きが、セージの鼓膜を幾度となく叩いた。

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