第13話 危険な香り誘う
「皐月さん、クレクレ要求を配信で行うのは止めて下さいって私毎回言ってますよね?!」
翌日、送迎用の乗用車の中でムーンイーターこと
熱狂しているファンや配信にまで足を運ばないライト層はともかく、彼女を嫌う層は配信ごとに行われる要求を問題視している。中には大金を稼いでいるんだから自分で買え、という主張を激情でコーティングした過激な内容もネットには散見された。
故にマネージャーとしてはいつか取り返しのつかない事態に発展するのではないかと肝を冷やす思いなのだが、肝心の張本人たるアイドルは視線を窓の外へ移して流れゆく景色を堪能していた。
「一度スキャンダルになったら、そこから這い上がるのは本当に大変なんですからね!」
「別にいいよ、その方が取り返すのも燃えるってもんじゃん」
「心意気以外が燃えるから大変なんですが?!」
マネージャーの警告が彼女自身を慮ったものであることは理解しつつも、皐月の関心は神宿区──正確にはダンジョン発生に伴う形で荒れ果てた古都へと注がれていた。
明日を生きるのも必死な人々がビニール袋一杯にガラクタを詰め込み、道を歩く。武装状態での突入が推奨されるだけあってか、滅多に通らぬ自動車へ注がれる人々の視線は鋭利に研ぎ澄まされている。
事実、車内でありながら皐月もまた甲冑を纏ったステージ衣装もといダンジョンへ潜る際の正装をしていた。尤も彼女の場合は単に着替えの手間を惜しんだという意味合いがより濃いのだが。
敵意にも似た肌へ突き刺さるものを窓越しに覚えながらも、新進気鋭のアイドルは頬を僅かに吊り上げて微笑を形成した。
「あのガラクタ、いいなぁ。輝いてるなぁ」
「またそれですかッ。いい加減にして下さいよ、本当に!」
素直な感想を吐露すると、マネージャーの怒気を乗せた言葉が車内に響き渡る。同時に碌に整備も行われていない車道にタイヤが跳ね、天罰が下ったかの如くに皐月の視界を明滅させた。
それが無性におかしかったのか。口元を抑えて笑みを零すと、やがて二人を乗せた乗用車は目的地へと到着を果たした。
冒険者ギルド神宿区支部。
政府公認の組織にして一般にダンジョン庁と称される迷宮管理庁が管轄する機関。
正式名称が示す通り、ダンジョンの管理を本分とした組織であり、その仕事はダンジョン入口の管理やそこに潜る冒険者のサポートなど多岐に渡る。
故に頭を悩ませている問題もあるらしいが、一冒険者である皐月──否、冒険者名ムーンイーターにとっては無関係な話題に過ぎない。
停車した車を降りると、人気アイドルを一目せんと多数のファンが我先にと押し寄せてくる。
「すみません、今日はプライベートッ。プライベートですので握手などをお控え下さい!」
素早く身を挺して盾となるマネージャーの奥で目を柔らかく細めると、足を運んでくれたファンへ向けたサービスとして笑顔で応じるムーンイーター。
わざわざアイドルを一目するためだけに危険な古都まで来た人々に対して効果は絶大だったのか、それだけで二人を囲うファンの壁は熱狂。破顔して周囲と抱き合う者まで現れ始める。
だが、今はギルド内に待ち人がいる状況。あまり進展がないのもよろしくない。
故に柔和な笑みのまま、マネージャ―が静止するよりも早く言葉を紡ぐ
「ごめんね。今は中で人を待たせているからさ、握手なら後でするから先に行かせてくれないかな?」
首を傾げて問いかけると、黄色い声援は最早悲鳴にも似た色味を帯びて古都中に炸裂した。
軽率な言葉に車内で感じたものとは異なる鋭利な視線を覚えるも、そちらはムーンイーターにとって慣れたもの。然して気にした様子もなく、モーゼよろしく開かれた道を進む。
荒廃した廃ビルを流用した都合か、金留された木製ドアを押して入室すると、ギルド内で二人を待っていたのは三人組であった。
「この度はムーンイーターの我儘に付き合っていただきまして、本当にありがとうございます。私はマネージャーの
「いえいえ、むしろ私達を選んで下さって光栄なくらいですよ。私はセージ、こちらはパーティメンバーのツトゥーとマリーです」
柔和な笑みを浮かべるリーダーのセージに続き、一歩引いた立ち位置の二人も会釈する。
一方でムーンイーターはどこか冷やかな視線を横に立つマネージャーへ注いでいた。理由は至極単純、自分のエゴ十割としか思えない言い回しである。
「ちょっとマネージャー。私が勝手してるみたいな言い方しないでよ」
「事実でしょ。私は今回のダンジョン突入に他の人を頼るなんて始めて聞きましたけど?」
「ははは……」
意思疎通の不自由さにか、セージは思わず苦笑を漏らして口元を抑える。
確かに皐月は今回のダンジョン突入に際して、マネージャーはおろか事務所にも一言すら伝えていない。彼女達からすればファンと同じタイミングで知ったのだから、怒り心頭といった所であろうか。
だとしても、新進気鋭のアイドルとしては今の時期に突入することに確かな意味があったのだ。
「セージさん達も困ってるって聞いたからね、外側の色々に」
外側冒険者。
正規の手続きを経ず、違法に建築した出入口を利用してダンジョンへと潜り勝手気ままにモンスターを狩る無法者。冒険者ギルドの苦労など知ったことかとばかりに在野へ素材をばら撒き、財を貪る存在が近頃の神宿区では問題視されていた。
特に最近では一級冒険者である
「彼らには私達も手を焼いています」
「発見時には捕縛の許可が下りてるとはいえ、無法者の強さなんて見ても分かんねぇからな……」
頭の後ろで腕を組むフトゥーの言葉に首肯するも、ムーンイーターの関心は外側の強さには然程注がれていない。
厳密に語れば多少はあるのかもしれないが、彼らが注目を集めている事実そのものへの比率の方がより多い。
「大丈夫ですよ。私が来たからには、もう彼らに大きい顔はさせない」
ある種の強気さが感じられる微笑を漏らし、ムーンイーターは握手を求めて腕を伸ばす。
大きい顔をさせない、そこにこそ彼女が神宿ダンジョンを訪れた意味があるのだから。
その後、セージ率いるパーティに追随したムーンイーターは受付でパーティ申請とダンジョン突入申請を提出。受理された上でギルドの奥へと足を運ぶ。
進む先で待ち構えていた対魔物用の装備で武装した自衛官二人に会釈し、ダンジョンの入口を潜る。
彼らは万が一ダンジョンから魔物が地上へ進出する事態を防ぐための最終防衛線を担うらしい。自衛官にのみ銃火器による武装が許可されているのも、治安維持と防衛線の役目を重く見たが故の措置だろう。
暗く、沈鬱とした洞窟を進む。
深く、深く。より深淵へ近づく彼らを阻む影が最初に姿を見せたのは、第八階層に差しかかるかといった所。
「あの曲がり角の先に二、三体いますね」
「了解ッ。だったら先行して叩く!」
ムーンイーターが指差す先へ勇み足で突撃したのは、他のメンバーと比較して一回り大柄な大剣を担ぐフトゥー。
中衛を担っている女性の指示に従って曲がった先へ、視線を向けることもなく振り絞った得物を振るう。当然のように待機していたゴブリン達は不意打ちで優位を取る算段だったのかもしれないが、まさか不意を突かれる側になるとは考慮していなかったのだろう。
並び立って大剣の錆となり、凹凸の目立つ壁面に鮮血を飛び散らせる。
下層だからか、大したドロップ品もない。霧散したゴブリン達は小石程度の魔鉱石のみを残す。
「討伐しましたぜッ。ゴブリンが三体!」
「あまり突っ込むなよ、フトゥー……しかし本当に凄いですねムーンイーターさんは」
「いえいえ、それほどでも」
頭を掻いてお世辞として受け取るものの、内心では頬を緩めていた。
しかして警戒心まで緩めることはなく、右手をスナップさせると得物を回す。
一見すれば柄と刀身が一体化し、鍔の代わりに菱形の意匠を取りつけた両刃剣。だが注視すれば、柄頭がマイクの機能を有した奇妙な武具であることが見て取れる。
自慢げに空を切る彼女の得物は、さながら舞台に於けるパフォーマンスを彷彿とさせた。そして月すら喰らう渇望を秘めた女性にとって、アイドルの戦場たる舞台も命を賭けたダンジョンも等価に過ぎない。
大きく息を吸い、マイクに音を吹き込む。
響き渡るは常人の可聴域を超越した高音。僅か一秒程度の音階は大気中の魔素を乗せて第八階層全域に広がり、乱反射の末に主の下へと帰還を果たす。
「うん、ここから一番近い魔物でも五〇メートルは離れてる……それにこの地形なら、簡単に撒けるかな」
「音に由来する魔法って初めて見たけど、ここまで便利なのね……正直、ここまで凄いと私の出番がなくて退屈ね」
蝙蝠を彷彿させる索敵手段なだけあり、ことダンジョンという地形に於いて過ちを起こす訳がない。そして地形柄もあってか、先制攻撃には遠距離に秀でた弓よりも不意の遭遇戦に由来する方が多い。
マリーの愚痴に対して、セージは苦笑で返すしかなかった。
だからなのか、二人はムーンイーターが後方へ微笑みかけた瞬間を見逃した。
微笑の先──曲がり角から新進気鋭のアイドルを覗く影の存在を。
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