第二章──愛盗る編

第11話 小さな星の話

 神宿区しんじゅくく古都、波多野はたのプラザ新宿マンション。

 夜の帳が落ち切った中、窓から零れるは文明の光。幾つかのそれらはダンジョン出現に伴う混乱によって管理を放棄されたマンションに、なおも居を構える者が存在する証左。

 もしくは管理を放棄されたからこそ、か。


『続いてのニュースです。都立森崎とりつもりざき高等学校で発生した殺人及び行方不明事件の続報です』


 誰が通しているのかも疑問な電力によって稼働しているテレビが、そこに映し出された司会が一つのニュースを読み上げる。

 面白くなさそうに頬杖をつき、ソファに腰を下ろしてニュースを眺めているのは白髪を蓄えた少年、加古川誠かこがわまこと

 現在、虚乃腕うつろのかいなの全面修理をレネスに依頼しているため、やれることもなくテレビの前を占拠しているのだ。証拠に本来右腕があるべき部分に目を向ければ、人体として不自然な空白と汚れが入り込まないためのカバーが存在を主張していた。


月背つきせとかいう野郎がよぉ……」


 歯軋りを鳴らすのは、単なるオーバーホールを全面修理へと被害を跳ね上げた一級冒険者に対して。

 元より過負荷向上限界超越オーバーロード・ストライドは使用者である加古川自身への負担も急上昇する危険な仕様だが、理論上の限界よりも幾分か数値を下げて表示する機械にも過大な負荷を強いる。一撃振るえばフレーム内部に傷が蓄積し、シリンダーが悲鳴を上げて煙を吐く。魔鉱ドライブにしても瞬間的ならまだしも長期的に最大稼働を繰り返せば、負荷で内装や放熱フィンが解け落ちさえする。

 次いでに言えば、回避が半瞬遅れていれば死因と成り果てていたレネスのスパナもまた、件の元凶への恨みを募らせる一因か。


『剣聖がどうした、所詮人間相手に何ぶっ壊してんだよ。駄賃は喧嘩かオイ?!』


 使う側と直す側では視点が違っても仕方ないが、それでも彼女の怒りが不当に思えるのは些か冒険者側に偏った見方なのだろうか。加古川には甚だ疑問であった。


『──死体の損壊が激しく、また周辺に微量の魔素が検出されたことから警察は魔物が地上に出現し、被害者を捕食後に自壊したと見て捜査を進めております。

 現在迷宮管理庁及び冒険者ギルドも同様の見解を示しており、行方不明の少女もまた捕食された可能性が高いとしています』

「ははは、今俺ん家にいるのは喰われた後の抜け殻かよ」


 死体すら残さず魔物が食い尽くしたため、便宜上行方不明となる死者はダンジョン内でも年間多数存在する。特に冒険者ギルドが正式に登録している内側冒険者はまだしも、外側冒険者ともなれば正確な数字による判断は困難を極める。

 そのため、特殊なケースを除いて行方不明者の探索とは遺品の回収を暗に表現したものとなりがちである。

 どちらのケースにせよ、今も呑気にシャワーを浴びている少女には無縁の話であるが。


『現在行方不明となっているのは飛田貫──』


 レポーターが情報提供を呼びかける途中で画面にノイズが走り、収まった時には公共放送には些か似つかわしくない煌びやかなステージへと変貌を遂げていた。

 僅かな怪訝と多大な不快を込めて訝しげな視線を背後へ送れば、そこに立つのはリモコンを片手に持つ黒髪の内を赤くした少女。現在行方不明となっている飛田貫伊織ひたぬきいおり本人である。

 冷静に考えれば、彼女もまたブラッドルーズの手で散々痛めつけられたはず。むしろある程度は渡り合え、怪我も自傷による火傷の部分が大きい加古川よりも、一方的に殴打を繰り返されたであろう伊織の方が傷が深いはず。

 なのだが、シャワー上がりの少女の柔肌に一目で分かる傷は皆無。Tシャツにハーフパンツとラフな寝間着姿は、健康的な肢体をアリアリと見せつけていた。


「何です? 別にマトモに見てもないでしょです」

「……ま、行方不明者本人がいる以上、それもそうだがな」


 伊織が変えたチャンネルではアイドルのライブが行われているのか、煌びやかなステージの上で踊り舞う女性が映し出されていた。


『──祈りを一つ 神へと捧げ

祈りはいつか 誰かに届く?──』


 騎士の甲冑をベースに女性らしいアレンジを施し、左肩にかける青のマントやセミロングの茶髪を振り乱す女性の名はムーンイーター。

 右手に握る剣とマイクが一体となった得物が示すように、冒険者を兼任するアイドルである。

 人々が不安に駆られ、人心が乱れる時代の常か。ムーンイーターのように大衆の心を癒す存在への需要は急増した。中には冒険者を兼任することで話題性を出そうとした者も星の数程存在するが、やはり現状では国内オリコンチャート上位に位置する彼女が時代を牽引していると言えた。


『──バラせ バラせ 粉までバラせ

魔物を 呪いを 竜種をバラせ──』


 古き時代、人々の心を狂わせ時として破滅へ誘ってきたとされる月を喰らうという、ある意味でアイドルらしからぬ歌詞に相応しい獰猛な名。冒険者としても登録しているそれが示すように彼女の歌声は力強く、時に鋭利に研ぎ澄ました刃先の如く鋭く突き刺さる。

 気づけば背後に立っていたはずの伊織もソファに着席し、熱狂に包まれる観客席同様に熱の籠った視線を注いでいた。

 一方でアイドルに心酔する程、精神に余裕がない訳でもない加古川は彼女の姿に目を奪われていく。

 構造上、逆手に握っている剣はそれなりに刀身が長い。ともすれば自傷にも繋がりかねない手首のスナップやバトンの如き取り扱いなど、危険な動きを積極的にダンスへ取り入れ、まるで観客の不安を煽る仕草すらも見せつつ刃先を掠らせることすら絶無。

 相応に長い茶髪やマントの端すら端正なままに、女性はステージの上で踊り舞う。一糸乱れぬ所作は、なるほど確かに時代を牽引するものを秘めているとその道に詳しくない加古川にすら認識させた。


『──捌いて 砕いて 諸共薙げよ

その時 祈りは 宿命となる──』


 逆手に握る刃を天へと掲げた刹那、ステージ奥で存在を主張していた月が両断。ライブだからこその派手な演出と共に、会場から爆竹の破裂にも似た拍手が炸裂した。


「アンコール! アンコール! アンコール!」

「聞こえるわきゃねぇだろ……」


 横に座る伊織にまで熱が波及したのか。会場で叫ばれるものと同じ声を張り上げる少女に嘆息しつつ、加古川は視線をテレビの外へと逸らした。

 彼女の容姿に、ムーンイーターというある種の獰猛な名に偶然であろう既視感を覚えたが故に。

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