第2話 プロメテウスの予言

 もしかして三宅のいう通り、ぼくはずいぶんと悪いのかも?


 ぼくは自分の精神状態がこわくなって、さっさと旅館に引き返した。昼寝をすると、へんな夢を見た。


 ――ぼくは乾いた赤い大地の上で、牛になっている。まあそれはいいんだが、アブが体のまわりをぶんぶん飛ぶのでへきえきする。

 ぼくはアブを追い払おうと、しっぽで体をびったんびったん叩く。

 びったんびったん。

 びったんびったん。

 びったんびったん……

 目が覚めると日が傾いていた。なんだ今の夢は。おかしな感じだなあ。


 ぼくは頭をすっきりさせようと風呂に入って、部屋に戻る。すると、当たり前のように三宅が部屋にいた。卓の前には、いくつかの皿が並べられている。

「ちょうどよかったな。そろそろ夕食だぞ」

「そ、そうだっけ」

 ぼくたちはしゃぶしゃぶを囲みながら、とりとめのない話をした。


「牛窓の町は見てきたか? どうだった」

「うん、いいところだったけれど……やはり君のいう通りかもしない。ぼくはずいぶん悪いようだ」

 ぼくは、海で見かけて急に消えた女のことを話した。


「――というわけだ。おかしいだろう?」

 三宅は、改まった顔をしていった。

「きみはプロメテウスの予言のことを知ってるか?」

「いや。ぜーんぜん」


「ギリシャ神話の神で、大変な知恵者とされる。一を聞いて十を知るタイプだな。だが、人間に火を与えた罪で罰された。彼は岩に縛られて、毎日鷲に肝臓をついばまれる。だが、彼はそれくらいでは死なない……不死の神だからな。永遠に拷問を受けなければならなかったのだ」


 牛肉を食べているぼくは、かなりイヤな気分になった。


「だが、プロメテウスは悲観しない。なぜなら、いずれゼウスの地位が失墜し、とある人間が自分を助けてくれることを知っていたからな。そう――プロメテウスには絶対的な予言の力があったんだ。それが『先に考える者』という名前の意味でもある」


「彼女は『プロメテウスの予言は何を意味していたのでしょうか』と言っていた」


「我々人間が考えてやまないことがある。運命は絶対のものなのか? それとも、ある程度は変更可能なものなのか? 君はどう思う」


「遺伝的な病気とかもあるから、ある程度は決まってるんじゃないだろうか。でも、個人の心がけで決まる部分も大きいと思うよ」


「ふむ、まあもっともな話だ。現代人の感覚にフィットする言葉だろう。

 ……なぜゼウスは、プロメテウスに苛烈ともいえる罰を下したのだろうか。火を盗み出した罰を与えるため? だったらゼウスの力でさっさと殺してしまえばいい。


 ゼウスはプロメテウスの予言を聞きたかったのだ。プロメテウスは、未来を見通すことができる。ゼウスがこれからどうなるかもだ。けれどゼウスに予言の力はない。ゼウスはプロメテウスに自分の未来を白状させるために、プロメテウスを拷問にかけたのだ」


「ふーん……で、それと着物姿の女性との関係は?」

「さあね。君の『ぼくはいつよくなるんだろうか』という、不安な深層心理が見せた幻覚かもしれない」


「やっぱり幻覚か? 病院へ行った方がいいだろうか」

「ますますひどくなっていくようなら、医者を紹介してやろう。だが、しばらくはゆっくり休んでおいたほうがいいだろう。牛窓の町が君を癒やしてくれるはずだ」


 牛窓。プロメテウス。しゃぶしゃぶ。

 どうも違和感を覚えるなあ。というか、あらゆることがミスマッチのように感じる。まあこれもぼくの神経のせいなんだろう。


 ぼくは夕食後、三宅を見送り、一人で床についた。

 びったんびったん。

 びったんびったん。

 またぼくは夢の中でアブを追い払っている。そして誰かの声が聞こえた。


「おお、そこの牛よ」

「ぼくのことですか」

「禽獣の姿に落ち、アブに襲われる哀れなる者よ。さぞ苦しかろう。どうにかおまえを助けてやりたいが、わしにはできぬ。その代わり、おまえの知りたいと思うこと、なんでも言うてきかしてやろう。さ、どうだ。何か聞きたいことはないか」


 ぼくはちょっと考えてみた。うーん、アブはちょっとうざったいだけで、そんなに困ってはいないんだけど。

 そうだ、この質問にしよう。


「ぼくは気が狂いつつあるんでしょうか」

「否。おまえは本然を思い出しつつあるのだ」


 ――またヘンな夢を見た。

 ぼくはあくびをしつつ、洗面台に向かい――心底驚いた。


 つ、の?


 ぼくの頭からにょっきり生えたその白い棒は、どこからどう見てもツノというべきものだった。

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