第20話 草原

俺が目覚めたのは、レティの太ももの上だった。

あの町外れの木陰と、同じように。

レティは優しく、髪を撫でてくれていた。

気が付いた俺を、レティは慈愛に満ちた微笑みで見つめていた。


ずっと、そうしていてくれたのかな。

ホントはね、あんなときは、気合を入れて、蘇生させるんだよ。

まあ、何事もなく蘇ったからいいんだけどね。


レティをぼおっと見ていると、彼女の顔が近づいてきた、迷いもなしに。

俺はもちろん分かっていたさ、彼女の唇が、俺の唇にかさなるってことにね。




それは、レティの勘違いだった。

俺が気を失ったのは、レティと同じことが起きたわけではない。

でも彼女は、そう思った、嬉しかった、そしてやっぱり愛している、と確信した。


目覚めた俺は、レティと長い長い、それは長いあいだ、キスを交わした。

最初は互いが、その唇にそっと触れていた、確かめ合うように。

でもそれはすぐに、強く押し付け合うようになり、そして舌を唇に差し込み、

絡め合うようになった。


俺は唇が離れないように、彼女を押し上げながら上体を起こした。

そして彼女を抱きしめ、今度は俺が上から唇を押し当てた。

レティは俺の腕に、身を任せている。

互いを激しく求めあうようなキスを交わし合って、俺達はそっと唇を離した。


俺の腕の中のレティを見つめる、彼女も俺を見つめる、

やばい、彼女、メチャクチャ可愛いんですけど。

彼女を引き寄せ、ぎゅぅっと抱きしめた、彼女も俺の身体に回した腕に、

力を込めた。



「レティ、俺、絶対ここに帰って来るから」


「はい」


「ずっと、一緒にいようね」


「はい」



こんな真っ昼間、庭の土の上に二人して座り込んで、抱き合ってキスをして。

水浴び場に続く扉も開けてあって、誰が入ってきてもおかしくないのに。

そのことに思い至った俺達は、互いにからだを離した。


俺はレティの手をつかんで立ち上がった。

俺たちの服は、土と埃にまみれていた。

俺は手を離し、レティの服の汚れをはたいた、後ろを向かして、背中とかお尻とか。

そのあと、レティも俺に同じことをした。

互いに汚れが落ちたことを、確認し合った。

そして互いを見つめた。


俺達は、ずっと無言だった。

俺はなんだか、可笑しくなってきた。

まあ多少の照れもあるんだけど、初キスなのに、こんなところで、

寝転がったり抱き合ったり、服汚したり。


俺が笑いを浮かべると、レティも笑った。

俺はレティの手を取って、歩き出した。

二人とも、汚れた手を洗わなきゃ。

俺達は井戸に着くまでずっと、声を押し殺し、にやけた笑いを続けた。




そのあと俺達は、もう裏庭にいてもやることはなかったので、外に出た。

俺の力が、どのぐらいの距離まで届くのか調べたかったからだ。

力をレティに集中しているとはいえ、他の人がいるとどんな影響を与えて

しまうかわからないので、なるべく人気のない場所で、試すことにした。


レティに連れられ、表の通りとは逆の方へ歩いて行った。

俺が、窓からいつも眺めている方向だ。


しばらくすると、家もまばらになってきて、町外れのような木立じゃなく、

だだっ広い草原に出た。

草原と言っても、足首ぐらいまでの草が、地面がまばら見える程度に生えている

だけなので、河川敷の広場のようなもんだ。


ここはその昔、この町に入植した人たちが苦労して開墾を繰り返していた時、

ふと現れた現世さんが力を貸して、一気に土地を広げた時の、まだ何の建物も

建たず、余っている場所だそうだ。


ここら一帯は、今は町外れにある木立が全体を覆っていた場所だったらい。

川をあてにして何度も入植しては、開墾が想像以上に大変で、撤退を繰り返して

いた土地だという。


その現世さんは、見た目レティたちと同じような人だったらしいから、

アメリカ人だったんじゃないかな、今の町の様子からしても。


まあ、それはどうでもいいとして、俺はレティに、少しずつ離れていくから、

力が消えたところで、合図をするように頼んだ。

それから彼女をその場に立たせ、俺は先へ進んだ。

中庭が20メートルはあるから、そこから先ということになる。


俺は身長が173センチなんで、歩幅は普通に歩いて78センチ前後というところ。

歩数を数えていれば、だいたいの距離は掴めるだろう。


30メートル、OK、40メートル、OK、

50メートル、OK、60メートル、NO。

今は、レティを意識して送っているわけじゃない。

あくまでも、そこにいる人として、レティを見ている。感情も一切なし。

よし、直線距離だと50メートルってとこか。


では次。

次は力が及ぶ範囲というか、ゾーンというか、面積的な測定。

たぶん一番想像しやすいのは、俺を中心としてドーム的なものをイメージして、

辺りをスッポリ覆ってしまうというのが、いいんじゃないかと思う。

それだと、高さも稼げるからね。


俺はからだを回転させ、周りの風景を目に収める。

何周かして、だいたいのところはイメージを掴んだ。

といっても、レティのいる方はまだ向こうに建物が見えるけど、それ以外は遠くに

木立が、みえるだけだけどね。


俺はレティに背を向けて立ち、手を振り合図を送って、イメージを始めた。




現世様、すごいなあ。

ちょっと前までは、ほんの数メートルだったのに、こんなに離れても届くなんて。

うん、これはチャンとした力ですよ、変なものじゃありません。誰にでもOK。

次は、現世様から合図があったら、今の距離で、現世様の周りを、

グルッと歩けばいいんでしょう。

グルッと歩いて、全部の方向に力が届いていたら、成功なんですよね。


現世様、今半分来ましたよ、現世様の正面ですよ。

目を、つぶっているんですね。

もう少し、待っていて下さいね、あと半分ですよ。

現世様に、途中で話しかけないように言われていたので、心の中で応援した。


レティの声が聞こえた、一周終わったみたいだ。

レティのほうを振り向くと、早速OKサインがでた。よかった、できた。

じゃあ次、今度は目を開けたままで。

レティに疲れていないか声をかける。

全然平気だという。

なら、始めようか。




今度も、成功した。

範囲は大丈夫、高さは今のところ計測できていない。

今日、ここで出来ることはもうない、俺達は、宿に帰った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る