第18話 裏庭へ

みんなが忙しそうに立ち回っている中、アンナが俺に気付いてくれた。



「そうだ、現世様はご存じないんですよね、エディの能力」



彼女がそう言うと、ジョナサンとレティ、二人一斉に、俺の方を振り向いた。


そのあとみんなは忙しい中、時間をさいて俺に教えてくれた。


エディの能力というのは、水をプヨンプヨンに、

つまり、スライム状態にできるらしい。

ああ、彼の頭の上に浮かんでいたのは、水だったんだ。


直接水に触れるわけでは、ないらしいんだけど、そこで説明に詰まった彼らは、

レティがエディを呼びに行った。


彼は渋々というか、嫌々、厨房に戻ってきた。

そしてみんなの注目中、コップに水をすくい、片手の手の平を上に向け、

そこにコップから水をたらした。

普通は流れ落ちていく水が、手の平の上に留まり、

それはじょじょに膨らみを持ち、一つの塊となった。

おお、まさにスライム状態。


彼の能力とは、彼のからだと皮膚一枚ほどの隙間に、水を塊りにして浮かべて

いられることだとか。


だから彼はその塊りを、濡れることもなく運べるらしい。

俺が来る前は、せいぜい片手にバケツ一杯ずつだったものが、

今、俺をそばに感じると、風呂桶一杯程度、楽々で持ち運べるというんだ。

彼は、それをスライム状態にしているとき、その重量も感じないそうだ。


なんだ、別に人に話せない能力じゃないじゃない、俺がそう言うと、

彼は、自分の様なものが、現世様のお力にあずかるなんて、

あってはならないこと、そう言ってうつむいてしまった。


ジョナサンとアンナは、二人とも優しい微笑みで見つめ合っている。

レティはきょとんして、そんなエディを初めて見るような顔をしている。


俺、事情はよく分かりはしないんだけど、この世界に突然紛れ込んで、

右も左も分からない状態で、この家の人達には、ほんと良くしてもらって、

俺にとっては、家族のような人たちで、エディが、俺のことどう思っているの

かは分からないけど、エディもそういう存在だと、俺は告げた。


エディはその場でうついたまま、肩を小刻みに揺すらせている、

そしてそれは、徐々に嗚咽に変わった。

彼の涙なんだろうか、彼の足元には、何滴もの水跡が増えていった。


ジョナサンとアンナは、事情を知っているのだろう、彼に声をかけることもなく、

そっと見守っている。

レティは、そんなエディと二人を交互に見て、オロオロしている。


俺なんて、これ以上立ち入る立場でもないんで



「また、おいしい酒、よろしく頼むよエディ」



そう声をかけた。


エディはそのとたん、膝から崩れ落ち、床にひざまずき、両手で顔を覆い、

声にならない息を絞り出すように、震えながら泣いた。


両手で顔を覆い、膝まずくエディを、アンナが側に寄り、優しく肩を撫で、

ジョナサンは、それを黙って見守った。

レティはどうすることもなく、その場に立ち尽くしていた。

俺は、厨房を出た。




俺は部屋でベッドに寝ころがリ、天井を見ていた。

まあ、人にはいろんな事情があるんだろうし、

それにいちいち顔を突っ込むこともなかろう。


俺がしばらくそうしていると、ドアがノックされ、

それに答えるとレティが入ってきた。

レティは椅子にそっと腰かけた。

小さな頃からずっと一緒で、自分を見守っていてくれたエディの、

さっきのことがあるからか、彼女はうつむき加減だった。


俺はベッドから上半身を起こし、彼女に言った。



「外に、出ようか」




俺とレティは裏庭に出た。

俺はレティにだったら、たとえ100メートルでも100キロ先でも、

力を伝えることは出来ると思う。

彼女を思い浮かべて、彼女を包み込むようなイメージで。

そんなの簡単だよ。簡単すぎて試す気にもなれないよ。


俺が裏庭の端にいて、彼女がその反対側に行く。

距離にして、20メ-トルぐらい。


彼女は、向こうにむかって、お尻を左右にプリプリさせながら、歩いて行く。

無防備に背中をさらして。


さっき厨房で、よからぬことを企んだよね、キミ。

俺の、緑色に染まった両手の指を思い出して、

また、別のなにかの試練を、与えようとしたんじゃ、ないのかい。


お見通しなんだよ、レティ。

キミにはそうだなあ、なにかお仕置きが必要な気がするんだけど、どうかね。

そうだねえ、例えばだよ、その無防備な背中。

そこにだねえ、グイッと脇の下とか、脇腹とか、僕はイメージで、

手を伸ばすことが、できるんだよ。


ほら、こんな具合にね。


彼女は途中で立ち止まった。

そして両手でグイッと脇を閉め、背中を反らせた。

からだを左右にねじらせ始め、そして座り込んだ。


ホレホレホレホレ、

こんなことは、すぐにできるように、なっちゃうんだよね。


調子に乗った俺は、彼女の脇に、グイッと指を差し込んだ。

すると指先が、とっても柔らかいものに、もぐりこむ感触が。

も、も、もしや、これは脇乳という、

とても有り難いものでは、ないのでしょうか。


もちろんイメージなので、直接触れているわけではございませんが、

感じます、感じます、指先に、感じます。

その豊満さゆえ、脇へも張り出してきている、レティのオッパイ。


これは、いささか調子に乗り過ぎました、

全くのハプニングとはいえ、ご本人の許しも得ず、オッパイに触れるなど、

それは、あってはなりませぬ。

わたくしは、その手を脇から離しましたよ、断腸の思いでね、

ジェントルメンなので。


彼女はとうとう、仰向けで地面に寝転がり、からだをのたうっている。


ほらほら、そうやって地面に寝っ転がったら、服が汚れちゃうよ。

もう、とっくにやめてるじゃない。

いつまで、くすぐったがっているんだよ、敏感だなあ、レティは。


そうしていると、彼女は動きを止めた。

彼女は息を整えるように、しばらく仰向けの姿勢で地面に横たわっていた。

大きなオッパイが、上下していますよ。

それからからだを捩って上半身を起こし、横座りになり、

そして両手をついて立ち上がった。


彼女は、お腹とか背中とかスカートとか、そこに着いた汚れを、

手ではたき落としている。

ほらねえ、寝っ転がったりするから、土とか埃とかついちゃったでしょ。


俺が、ヘラヘラした笑いを浮かべ、彼女を見ていると、

彼女はグッとからだを落とし込み、その両足に能力を集中させた。



ダッシュッッッッ!!



彼女はすごい勢いで、こっちに向かって来ている。

口をすぼめ頬をふくらませ、普段はチョットだけたれ気味の目じりが、

今は三角形に切れ上がり、額を突き抜けようとしている。


やばい、これはやばい、

もしや彼女は、とてもお怒りなんじゃあ、あ~りませんか。

謝らなきゃ、なにかお詫びを、なんとかお許しを。

どうしよ、土下座か、

それしかない、ジャパニーズゴメンナサイ。


俺は額を地面に押し付け、ギュっと目をつぶり、そのときを覚悟していた。

ザザザザザッ、頭のすぐそばで、彼女が、急ブレーキをかける音が聞こえた。

風を、ブウォッとかんじた。


俺は、その姿勢を変えられない、はい、固まっています。

フウッ、フウッ、フウッ、フウッ、フウッ、

彼女の、荒い息づかいが聞こえます。

熊の前で死んだふりをするって、こんなかんじなんでしょうか。



「現世様、真面目にやって下さいね」



レティ、キミって、そんな低い声が出るんだね。

うん、肝に銘じておくよ。

彼女が離れていく足跡が聞こえた。

はあ~、地震雷火事レティ、おいたはいたしません、当分はね。

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