第10話 力の話

ジョナサンはレティに言った。

いつもだと、レティは夕方前に戻ってアンナの手伝いをする。

その頃にはエディもきて、酒場の準備を始める。準備が整うと夕食を取る。

そしてレティ以外は、そのあと酒場の仕事に就く。


朝が早いレティは裏庭の家へ戻り、時間を過ごし、月が昇ることには就寝する。

これがジョナサン家の、生活パターンだ。

今日は、レティがパン屋から早めに戻り、俺と散歩に出かける。

どこか、見たいところはないかと聞かれたけど、どこに何があるか分からない。

でも駅に行ったのはレティも知っているんで、今度は町はずれの方へ向かった。


町はまさに、西部劇に出てくる町、そのものだ。

建物の壁は木の板で、家の前にはデッキがあり、チェアーが置いてある。

俺はTVや映画で見たままだと言い、

レティは、TVとか映画を知らないから、なんのことだか、分からない。

そりゃそうだ。


二人での散歩は楽しく、小一時間もすると町外れに着いてしまった。

明確な線引きがあるわけじゃない、けどそこから先は、明らかに建物が無くなった。

かわりに、こんもりとした木立が広がっている。



「もうここから先は、ずっとこんなかんじです。

ここから、今と同じぐらい歩けば、牧場に着きますよ」



彼女は、教えてくれた。

さすがに、牧場まで行く気はないけどね。


レティは適当な木の下に座って、アンナが持たせてくれたバスケットから、

飲み物とパンとお菓子を、用意してくれた。

俺は彼女の横に座り、カップを受け取り口に運んだ。


西部劇だと、飲み物はコーヒーっぽい気がするけど、この夢では今のところ、

紅茶が出されている。

それはジョナサンの宿でもそうだし、フレッドの家でも、そうだった。


俺は駅に出かける前、ブランチのようなタイミングで食事をしたので

パンは遠慮し、クッキーを受け取った。

彼女も荷物を受け取りに行く前、早めのランチだったらしくクッキーをつまんだ。


一枚を口にすると、サクッとした歯ごたえで、ほのかな甘みが口に広がった。

しつこい甘みじゃなくてよいね。

そのあとは紅茶なので、さらに口がさっぱりとする。

しばらくはレティに、パン屋の話とか聞きながら、そこでゆっくりして、

俺たちは店に戻った。


店に戻ると、ちょうど夕食が整っていた。

いつもはみんなで、厨房のテーブルで取るらしいけど、今日は俺がいる。

俺も一緒のテーブル、というわけにはいかないようだ。

特にエディが頑なに恐れ入って、そうしようとはしない。


みんなの、このあとの仕事に差し障っても何なんで、俺は部屋で取ることにした。

部屋に戻りしばらくすると、ドアがノックされた。

ドアを開けると、レティがいて、ワゴンを部屋へ引き入れた。


レティはテーブルに、食事の用意を始めた。

俺はその間、窓際に立ち、テーブルで用意をするレティの谷間を見ては

外に目を移し、外を見ては、レティの谷間に目を移し、準備が整うのを待った。

神様、俺はどうしようもない人間です、死ななきゃ、治りません。


おれが椅子に着き、テーブルに目をやると、そこには、二人分の食事が並んでいた。

レティを見ると、彼女はニッコリとほほ笑んだ。



「ご一緒しても、よろしいですか」



それはもちろんでしょう、好ましいこと、この上ありません。

そのあとは、レティと楽しい食事の時間を過ごした。

食事も終えようかとする頃、ドアがノックされ、ジョナサンが訪ねてきた。

彼は、提案があると言った。


レティは食器を片付け、お茶の用意を始めていた。

提案というのは、俺の力のことだった。


俺の力は、ここの人たちの側にいるだけで、彼らの持つ能力を増幅できることは

分かっている。

ただ今は、俺から自然発生的に、力が放出されているだけだと言う。

ジョナサンは、それはコントロールできるはずだと。


70年前に現れたという現世さんは、力の及ぶ範囲をコントロールし、

建てられてから年月が過ぎ、朽ちようとしていた町の集会所を、

それまでの三倍の大きさに建て直し、

町の東西にある河に、80メートルはある橋を、渡したという。


彼女は10代の乙女で、長く艶やかな黒髪と、美しくも儚げな容姿だったと

ジョナサンは言った。

この世界には、老若男女、人種を問わず、様々な現世が訪れるという。

まあ、そりゃそうだろう、夢なんて誰もが見るんだから。


もちろん誰であっても、言葉に不自由はない。

俺だって普通に会話しているしね。

彼女は俺と雰囲気が似ているらしい。

なら東洋系の現世さんだったんだろう。


もちろん彼女が直接、集会所や橋を作ったわけじゃない。

それらを作るのに、有効な能力を持った町人の能力を、高めただけだ。

彼女の力は極めて強く、町人の能力を数倍に高め、影響する範囲は、

優に100メートル四方に及んだという。


町人たちだけで行えば、2か月はかかろうかという集会所を2日間で

建て直し、かかる日数と労力の問題で、着工が見送られ続けてきた橋を、

4日間で渡したらしい。


彼女に影響を受けた能力は、半日以上持続し、彼女は現場を切れ目なく

回ることにより、それを成し遂げたそうだ。


そして彼女は、現れて5日目の朝、消えたらしい。

ジョナサンはまさにその間、奇跡を目にしたという。


先に言っとくけどね、それを俺に期待してもムリってもんだよ。

知っての通り、俺はな~んも知らないボンクラだからね。


ジョナサンは、ナゼか俺に期待を持っているようだけど、

それは、空振りに終わる気しかしないんだけど。


ジョナサンが言うように、俺はこの世界に住む人達と、遜色ない存在を示して

いるんだろうけど、それが力とイコールだとは限らないからね。

俺がそう言うと、まあ、物は試しだから、と、ジョナサンは言う。


別に、ここにいたって暇を持て余しているだけだから、そりゃ試しにって

いうなら、それでもいいけど、でも、期待はしないでね。

ジョナサンはレティに振り返り、俺に協力するように言った。


ん?レティが協力ですと。

それを先に言ってくれなくちゃ。

いたしましょう、試しにでもなんでも、喜んでいたしましょう。


それで二人、俺とレティは、なにをすればよいのかな。


ジョナサンが言うには、まずは能力を高める力を、コントロールしてみてはどうか、

ということだ。

近くにいる人の能力を、今よりさらに高められれば、次はそれを拡大して

距離を延ばすことも、可能ではないかと。


なるほど、まずは力の密度を濃くする、次はそれをパアッと拡げる、

そういうことね。

確かに、拡げたものを、集めて濃くするよりは、やりやすそうだ。

よし、やってみましょう。

で、そのやり方は?


ジョナサンは、分からないと言う。

自分には、その力はないからだと。


それは知ってるけど、コツみたいなもんも知らないの?

その優秀な現世さんから、なんか聞いてるとか。


彼は残念そうに、それもないという。

なんだよ、それじゃまるっきり闇での中の手探り状態じゃない。


普通こういうときってさあ、白鬚のジイサンが出てきてさあ、

細い徳利の上に片足で立てとかとかさあ、茶碗逆さにして親指だけで逆立ちしろと

かさあ、無理難題な、特訓やらせるっていうのが、パターンなんじゃないの。


それを俺一人で、何をどうしろっていうのさ。

まあ、レティと二人で、お茶飲んでおしゃべりして、たまに散歩行って、っていうん

でも、俺は全然いいんだけどね。

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