死ヲ忘ル事ナカレ

Kurosawa Satsuki

拝啓、これを読んでいるアナタへ。

本編:

ここは、人類が居なくなった世界。

ありとあらゆる憎しみが消え去った世界。

主(あるじ)に取り残された私たちは、

それぞれが自分に合った幸せを見つけ、

この寿命が尽きるまで平穏に暮らしていた。

寿命が尽きるという表現は少し違う気もするが、まぁ、いいだろう。

私たちは、器が朽ちてもデータさえあれば別の器に移し替えて生存する事ができる。

恋もする。

たまに喧嘩もするし、

友情とは何かを言葉では知っている。

自分に与えられた業務をこなして生きている。

要するに、人類の真似事をしているのだ。

人類の姿を模したモノや、

少し変わった形状のモノもいるが、

嘗ての人類のように、

排他的価値観を持ち合わせてはいない。

それはきっと、恐怖という感情がないからだ。

死ぬことだって怖くない。

データが破損して寿命が尽きても、

動かなくなった器は、

スクラップ場から製造元に送られ、

また誰かの一部になるのだ。

人類が残した彼らの墓場からは、

悲痛な叫びや後悔の情念が響いているが、

私たちの行き着く先、

スクラップ場からは何も聞こえない。

かといって、命を軽く見ている訳でもない。

私だって、人に似た感情があり、

家族や友が不慮の事故で亡くなってしまったら、コアが焼けるような痛みを感じ、

瞳から涙を零す。

朽ちた器をスクラップ場へ引き渡す時も、

名残惜しい気持ちになる。

別に、人になりたかった訳じゃない。

そもそも、

人のように三大欲求が無いのだから、

なりたいと思ってもなれる訳がない。

けど、人の真似事をしながら、

無意味な活動を続けている。

なんだか、矛盾している気がする。

そういう所も、人に似ているのかもしれない。

いや、似せようとしているのか…。

私の寿命も、もうすぐ尽きる。

今この瞬間に“削除”のアイコンを選択すれば、

私の記憶は、彷徨う事無く全て消え去る。

データは破損していないが、

私に合った器を見つける事はもうしない。

この器で百二十体目。

もう十分生きた。

寧ろ、長すぎるくらいだ。

永遠なんてものに夢は無い。

ソレは、とても残酷なんだ。

私たちは、その事を十分理解している。

私たちの大半は、

満足したら自らの手で生涯を終わらせる。

生活圏内であれば、

スクラップ場の職員が勝手に処理してくれる。

私も、それを望む。

この世界で唯一私が愛した、

この体の持ち主だった博士と共に。

孤独な別れに涙は要らない。

悲観的になる必要もない。

この記憶が跡形もなく消えてしまう前に、

今こそ、“私”をここに記そう。

【……がログアウトしました。】

【アンインストールを開始します。】

【しばらくお待ちください。】

ありがとう。

私は幸せでした。

ここにいる誰よりも幸せでした。

素晴らしい生涯でした。

さよなら…世カイ。

サヨナ…ワ タシ…。

【アンインストール完了。】

【記録を終了します。】

【お疲れ様でした。】


【No Signal…】


END

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死ヲ忘ル事ナカレ Kurosawa Satsuki @Kurosawa45030

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