第2話 参加者の弱みを握ろう その1
あのあと、しこたま怒られた。
違うもん。人選私じゃないもん。うちの下請け業者だもん。
社会は理不尽だと嘆きつつ、私は参加者たちがわいわいと食卓を取り囲む映像を前に歯軋りする。
争いの火種になるようにと思って設置したけどさぁ。
まさか、争いにならずにこんな仲良く朝食摂るとは思わないじゃん。
わかってんの?殺さないとこの島から出られないんだよ?
楽しみにしてた映画を見たり、新しく出たゲームで遊んだり出来ないんだよ?
もうちょっとこっちのことも考えて?
こっちは海外の日常コメディのつもりで撮影してないんよ。
「…いや、待てよ?これは…」
番組を成り立たなくさせる作戦なのでは?
天啓。まさしく盲点。
デスゲームを恨み、潰そうとする人間は星の数ほど存在する。
もしかすると、彼らはそういう集まりだったのではなかろうか。
なんてことだ。道理で番組が成り立たないはずだ。
私が憶測を前に愕然としていると、スピーカーから声が響いた。
『そういえば、みんなどこ出身?
私、葛飾の下町。家が板金の加工場』
『岐阜寄りの滋賀。普通の一軒家』
『俺ちゃん、淡路の南。家で食肉用の牛育ててる』
『私は京都の小さい神社生まれです。
生まれた時から巫女やってます』
『僕は鹿児島です。家は居酒屋』
『あー、だからこんなお酒に合いそうなラインナップばっかなんだぁ』
初対面なんかい!!
そういや出身地バラバラだったわ!!
…いや、落ち着け。
ビークール、ビークールだ福原 うさぎ。
初対面を装ってる可能性を捨てるな。
ネット上とかで繋がりがあったはずだ。多分、きっと、メイビー。
プロフィール欄に書いてなかったかな、と思いつつ、私は手元にあるデータファイルに目を通す。
「…ほぼ全員初対面じゃねぇかクソッ!!」
完膚なきまでに初対面だった。
SNSのアカウントまで詳細に書いてたけど、初対面ってことしかわからんかった。
なにあいつら?出会って三日でこの距離感なん?陽キャ過ぎんだろ。
もっと気まずくなれよ。
「お前らのことなんて信用できるか」とか怒鳴り散らせよ。
マンネリ打破は番組運営において大事だけどもさあ。
せめて最低限のセオリーは守ってくれ。デスゲームなんだから。
『ってか、殺し合わなくてもいいのか?
あの怪しい仮面野郎が言ってた通り、銃火器とかあるけど…』
頭弱そうって言ってごめんな、不良。
お前のこと大好き。
不良が振った話題に小躍りしていると、ふわふわ女子の冷たい声が響いた。
『いいんじゃない、別に。
私たちが抵抗でき無さそうなペナルティとかも無さそうだし』
『まぁ、それもそっか』
「お前らがおかしいだけだから!!」
がぁん、と拳をテーブルに叩きつける。
人が頑張ってデスゲームやろうとしてんのに歓談しやがって。
今に見てろ。その雰囲気、霧散させてやる。
その食料の中にはいくつか、毒入りのものが混ざってるのだ。
食糧庫を確保した人間が一人勝ちするのを防ぐための処置だったが、この際用途なんてどうでもいい。
疑心暗鬼と阿鼻叫喚の地獄に震えるがいい。
そんなことを思っていると、目隠れ男子が笑い声を上げた。
『にしても、あの仮面も露骨だよな。
バレないように仕込んだつもりなんだろうけど、いくつか毒入りの食材あったし』
「…………はい???」
今なんつった?
私が愕然とする横で、牧場息子が感心の声をあげる。
『よくわかったよな。素人目から見ても、巧妙に隠されてた気がするんだけど』
『こう見えてお坊ちゃんだから。
いつどこで毒を盛られてもおかしくない立場だから、警戒してるんだよ』
『なるほどなー。
お金あるのも苦労するんだなぁ』
そういやそんなこと書いてた気がする。
…いや待て。そんな立場で毒を警戒してるんなら仲良くすんな!
もっといがみ合え!
「仲良くする気はない」とか言え、バカ!
お前みたいな人間不信拗らせてそうな生い立ちのやつが、会って3日のパンピーとジャムをシェアしてんじゃねぇよ!!
どうしよう。毒薬作戦も失敗した。
こうなったら、新しい参加者と称して運営側の人間を送り込むか。
「…いや、待て。それでどうにかなるのか?」
即バレするのが目に見えてる。
っていうか、後出しで参加者付け足したら、視聴者たちからクレームが殺到する。
誰か1人、引き込めたらいいんだが。
私は一縷の希望に縋るように、プロフィールを開いた。
「1人目。榎代 マユリ、17歳。
殺戮マシンを殴ったふわふわ系女子ね…。
くそっ、ネグリジェみたいなおしゃカワ私服着こなしやがって…。
私なんか死ぬほど似合わなくて秒で捨てたってのに…」
ムカつくほどに淡麗な顔の写真に悪態を吐き、プロフィールを流し見る。
家族構成は両親。住んでるのも滋賀のド田舎にある一軒家と普通。
通ってる高校も、特になんの変哲もない普通の自称進学校だ。
それがなんであんなゴリラになってんの?
将来の夢は、恋人に嫁いで一緒に喫茶店を営むこと。
リア充かよ。もっと焦れ。帰りたがれ。
彼が待ってるんだからとか泣き喚け。
…いや、待てよ?恋人をエサにゆすればなんとかなるかも。
私は希望に胸を躍らせながら、ページを捲る。
「2人目。明星 コウ。18歳。
見るからに捻くれてそーなメガネね…」
髪も天パ気味だし、面倒くさい持論とか展開しそう。
そんな偏見を抱きながら、私はプロフィール欄に目を通す。
家族構成は姉2人と両親。家は地元の喫茶店で、将来はそこを継ぐ予定と。
…ああ、ふわふわゴリラと同郷なのね。
下請けの奴ら、2人一緒にいたところを拉致ったんだろうか。
そんなことを思っていると、ある文言が目についた。
────榎代 マユリの恋人。
「おめーかよ!!」
がんっ、と机を殴る。
恋人同士が支え合いながら戦って、最終的には殺し合う展開とか盛り上がるけど!
でも、今ばっかは勘弁してくれ!!
畜生。都合のいい人質になりそうなやつがふわふわゴリラに守られてた。
へし折れた希望に悔しさを滲ませながら、私はページを進めた。
「3人目、葦原 百華。
クソ真面目な委員長タイプね」
デスゲームの中で一番に壊れるタイプだ。
今、幸せそうにジャム塗りたくったトースト頬張ってるけど。
わかってる?君ら拉致られて殺し合いしろって強要されてんのよ?
もうちょっと錯乱しててくれ、頼むから。
そんなことを思いつつ、プロフィール欄に目を通す。
高校生で、出身は秋田の山奥。
幼い頃から植物に興味を抱き、猛勉強。14歳で両親の仕事の関係で海外に越し、そこで飛び級して大学に進学。
その3年後、17歳にして博士号取得。
教鞭を取らないかと大学にスカウトされたが、故郷の米が恋しくなったからと蹴って一ヶ月前に単身帰国。
そのまま地元の高校生として生活する傍らで、植物学者として学会に参加している。
「経歴ヤバっ…て、待てよ?植物学者…?」
植物学者ってことは、こいつ生命線になり得るんじゃなかろうか?
つまり、兵糧攻めで殺し合うように仕向けようにも、孤島という舞台の都合上、こいつがいる時点で詰んでると。
「…え、ヤバくね?コイツいるだけで最強の一手封じられたんだけど」
両親を人質に取ろうにも、海外にいる以上予算的に厳しい。
いや、まだだ。まだ12人いるんだ。
希望を捨てるな、福原 うさぎ。
ページを捲り、私は食いつくように文字列に目を通した。
「4人目…!賀川 テルヤ、18歳。
あのクソ陰キャくさい目隠しね…。
出身は大阪で、賀川財閥の御曹司と…」
よくこんな大物拉致れたな。
下請けの人たちすごい。
出来れば、もうちょっと調査をきちんとしてくれたら嬉しかったんだけど。
家族構成は両親で一人っ子か。
財閥の息子である以上、親を人質にする戦法は使えない。
あとで親しい人間関係を洗ってみるか。
…まあ、こんだけの金持ちなら交友関係もヤバいだろうし、どいつもこいつもウチじゃ拉致は無理だろうなぁ。
固執する理由はないし、次行こう、次。
「5人目、光河 ツバキ。
巫女って言ってた大和撫子ね。
うっわ髪綺麗…。どんなコンディショナー使ってんの…?」
私の髪を見ろ。ボサボサだぞ。
デスゲームの黒幕っぽい髪型にしろって言われてからずーっとこうなんだぞ。
…いけない、意識が逸れた。
私は即座にプロフィール欄に目を戻し、目で文字をなぞった。
生まれは京都の小さな神社。
家族構成は両親に妹。
将来の夢は神社を結婚式が出来るほどに大きく改築すること。
そのため、巫女とは思えないほどに金にがめつい。
…金を用意すればこっちに転んだりしてくれないかな。
そんなことを思いつつ、私はページを捲る。
「6人目、音倉 ヒロト。
淡路の牛農家ね。…いや、ザ・農家って感じのゴツい体してるけど。
ゴツい体してるけどもコイツ、ロボ殴らなかったわよね…?」
むしろ、殴った奴は全員華奢だったんだが。
なんで殴りそうな人選が揃って殴ってないんだよ。おかしいだろ。
ふわふわゴリラに負けんな、農家ゴリラ。
プロフィールを見ると、家族構成は両親に弟妹が5人。頑張りすぎだろお前の両親。
でも、このくらいなら人質に取れるはず。
ただ、頭が弱そうなのは欠点だな。残りの9人を確認してからでも遅くない。
「7人目、照空 キズナ。
8歳くらいにしか見えないけど、これでも17歳なのね…」
見た目が完全にちっちゃい女の子だ。
私服もちっちゃい子が着るような、可愛らしいアップリケが付いた服とスカート。
髪留めも幼稚園児が使ってるようなキャラものである。
こんな子に殺し合いをさせろとか、ウチの会社もなかなかに業が深い。
いや、今は殺し合ってないけど。
ほっぺたについたジャムをふわふわゴリラに取ってもらってるけども。
ふわふわゴリラの膝に無警戒で乗っかってるけども。親子かよお前ら。同い年だろうが。
「いけない…。しっかり弱みを握らないと」
適度に使える弱みがありますように。
そんなことを思いつつ、私はプロフィール欄に目を通す。
出身地は愛媛。家族構成は両親と実の妹が1人、義理の妹が1人。
なかなかに濃いな。…ってか長子なんかい。
もうちょっとしゃきっとしろよ。
今、どう見てもお姉ちゃんに朝ごはん食べさせてもらってる子供だぞ。
…思考が逸れた。
プロフィール欄に視線を戻し、私は再び意識を文に集中させる。
────シークレットブーツを履いてる。
「知るか!!」
もうちょっと書くこと選べ下請け共!!
ってか、履いても変わんないだろ!
履いてて8歳と遜色ないんだから!!
…いけない。つい、どうでもいい文が目についてしまった。
もう一度、きちんと読み直そう。
実家は普通の一軒家。将来の夢は生物学者で、近所に住んでる生物学者の女性に志願して助手をしている…と。
その生物学者を人質に取れば、いいように動いてくれるかな。
家族も比較的拉致りやすそうでよかった。
よしよし。頭が良くて弱みのある人間が見つかっただけで一安心だ。
他にも候補がないか、と私は期待を込め、ページをめくった。
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