第442話

 まっすぐ墜ちよ、そして生きよ。

 スカベたちは、できるだけ他の集落のスカベたちと争うことを避けようとする考え方を持つようになっている。


 同じスカベであること。生きている限り、食って、排泄して、睡眠するのは一緒で、死の瞬間はいつか平等に訪れることも一緒。

 人間が生きていくということは、その露骨で野蛮に思われるかもしれない繰り返しや、誰であれ逃れきれない残酷な死の平等さに、スカベとしてそれまでの生活から離れて、墜ちきってみれば本質の部分が迫ってくる。

 繰り返しがずっと続くことに慣れきって、さらに飽きて、何も考えなくなった時に、ふいに思いがけない断絶としての死がある。だからこそ残酷といえる。


 本質の部分では、もう性別や個別の違いはない。だから、スカベたちはどこか許し合って協力し合っているように感じる。もう欲望をごまかすことも、他人に見栄を張る必要がない。

 はぐれ者になっていくほど孤立していった理由――他人と自分はちがうという思いさえも、ちっぽけに思えるほどの生きることの本質のあっけらかんとした単純さは野蛮である。


 蚊に刺されば痒い。それが不快だから別の事をしようと服を脱いで、虫除けの煙が流れ込んでいる狭い石造りの部屋の中で、はぐれ者に若いスカベの乙女が抱きついて、蚊に刺されたところにキスをせがんでくる。


 スカベたちは生きるために必死で、恋をした相手に女性が好きだとアピールするには、こうしたほうがいいと言う年上の女性たちの話を、この乙女は素直に信じ込んでいた。

 好きな相手なら嫌なことでも男はしてくれるもんさ。

 それがスカベたちの女性たちの考えだった。


 はぐれ者の心臓の真上に浮かびかけているアザを「これ、痛くはないの?」と言って若い乙女が言ったあと、アザのあたりに唇を近づけて舐めた。

 はぐれ者はもう何も考えずに、空腹の時に食べ物を貪るように乙女を床に押し倒して唇を重ね、体を重ねていた。

 名前も知らない乙女に、はぐれ者は他のスカベの連中ともこういうことをするのかと口に出した瞬間、乙女から泣きそうな顔でにらみつけられ、涙目で、バチンと派手な音を立て平手打ちにされた。


 はぐれ者は、叩かれた自分を頬がじんわりとした熱をふくんでいるのをさすると、泣き出してうつむいた乙女に抱きついて「名前を教えて欲しい」と言った。

 乙女の返事は、唇を重ねたあと、耳元に囁かれた。


「ミーアか……俺の名前はルードだ」


 冒険者のルード。

 マンティコア殺しのルードと呼ばれていた有名な冒険者だった冒険者の間では有名だった人物でさえ、スカベとして身を堕としていた。

 彼はどのように生きるべきか迷って、大河バールを渡り、スカベたちにまぎれ込んで身を隠していた。

 ルードはリーダー格の人物で、冒険者パーティーを解散したあと、再びダンジョン探索が再開された時のために雇ってくれと、宿場街で失業した連中から声をかけられるのにうんざりしていた。


 冒険者ルードは、スカベたちからは、ギングルトーンのルードと呼ばれるギャングとなる。


 ミーアが他の集落のスカベたちに拉致されたのを探して歩いている時に、ガルドたちと出会った。


 ミーアを拉致したギングルトーンという地域でスカベたちをまとめていた元冒険者のリカクとカクシィの二人組との紛争に勝利して、新たなボスにルードはなることになる。


 大河バールを渡り、ダンジョン探索をするつもりでいた冒険者たちのうち、荒廃した廃墟でスカベたちが小さな集団で暮らしている現状を理解したリカクとカクシィは、スカベたちをギャングとなって仕切ることにした。


 ガルドがバーデルの都に潜伏していた時期は、闇市をギャングたちが奪い合いを始める直前の不穏な雰囲気があった。

 ガルドは、スカベたちが以前よりも余所者を見て怯えているのを感じた。


 全身が岩のような筋肉の巨漢で大剣を背に携えているガルドに、ルードはリカクとカクシィは、ダンジョン探索で出現するモンスター対策のアイテムをスカベたちに使っている相手に一人ではどうにもならないと頭を下げて頼んだ。


 ソフィアが、ルードになぜリカクとカクシィを狙うのかと聞いて、ミーアをリカクに拉致された件を説明されてガルドよりも先に協力する気になった。

 カクシィは美少年好きの男色家であると聞いて、イリアがホレスが拉致されたら大変と思い、ソフィアとイリアはカクシィを討つと言い出した。

 ガルドがリカクを討伐してくるまで、冒険者ルードがホレスを守るということになった。


 リカクとカクシィの手下を捕まえてアジトを案内させようとしたところ、ガルドたちは、無精髭を生やした沐浴嫌いのレリオと再会することになった。


「また、あなたですか……ガルド、このレリオを大河に沈めたほうが、騒動が減る気がします!」


 リカクとカクシィの二人組をギングルトーンに案内して、ちゃっかり手下になっていたレリオは、あっさりガルドたちに寝返った。


 ミーアは、リカクの一番のお気に入りで……と無精髭のレリオは髭を撫で、気になるのかぶちぶちと引き抜きながら、うっかり口をすべらせ、激怒したルードに危うく殺されかけた。


 とにかく、ソフィアは不潔な感じのレリオが嫌いなのだが、激怒したルードに殴られると泣きべそをかいて、ソフィアの後ろに隠れようとする。


「うひゃあ、なんで殴るんだよぉ、ぶえぇっ、神鳥シームルグの姉御、助けて下せぇ!」

「うわっ、こっちに来ないで下さい!」


 ホレスがおろおろして、ガルドの顔を見上げた。ガルドが我慢しきれず笑い出し、ホレスの頭を撫でた。


「おい、何がおかしい、大狼フェンリル!」

「ルード、こいつはネズミみたいな奴だから、追いかけまわしても無駄だぞ」


 リカクが「おい貴様っ、魔剣の威力の前に命乞いをするなら、手下にしてやるぞ。うわははははっ……げふっ!」とガルドのこぶしの一発であごの下から打ち上げられた。

 落ちた片手剣はガルドに踏まれて、鞘に収まないぐらい見事に曲がった。


「……俺に喧嘩を売るなら、まともに体を鍛えてからにしろ」


 気絶した小太りのリカクが天井に叩きつけられ、さらに床にドスンと落ちて来たとき、ガルドは部屋を出て行くところだった。


 少しだけ刀身から炎がぼわっと上がり見た目が派手になり、切れ味が上がる程度の偽物の魔剣に、ガルドが怯えるわけもない。


「何よ、アンタたち、この縄を解きなさいよっ!」


 カクシィはヤナギの木に縛りつけられて、下半身が丸出しのまま騒いでいた。


 女装している美少年好きの面長な顔のカクシィに襲われかけていた少年をイリアが「ほら、もう怖くないぞ、よしよし泣くな」と優しく抱きしめて背中を撫でている。


「子供に優しいふりをして騙すなんて、最低です!」


 人前だったり、機嫌の良い時は優しいふりをするモルガン男爵に虐待されていたソフィアは、カクシィのようなやり方をする者を心から憎んでいる。


 カクシィはスカベたちには自分は女性だと騙していた。だが、そのまま放置されたので、スカベたちに丸出しの下半身をじろじろ見られ、正体がバレた。


 ルードはミーアがいる家を見つけ出して、両手の手首を縛っている縄を切ってやった。


「よし、逃げるぞ!」

「……けない」

「どうした、ミーア、急がないと」

「私、ルードと一緒に行けないっ!」


 ミーアはカクシィから、リカクの子を宿していると騙されていた。

 逃亡用のモンスターの気をそらす指輪をカクシィはあれこれ利用して、スカベたちを騙していた。


「行くぞっ、ミーアの産んだ子なら、俺が育てる!」


 ルードは、ミーアの手首をつかんで、ミーアが囚われていた石の家から連れ出した。


 



+++++++++++++++++

BGM/SILENT SURVIVOR

(KODOMO BAND)




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