第341話
「なんで、そっくりなメイドさんが三人いるんですか?」
夢幻の
「彼女たちは、三人で一人なの。だから、一人でも
執政官マジャールも女神ノクティスの館に、夢で招かれて、目が覚めてから、旅人ローレンと名乗ることを決めたり、二人の令嬢と交際を始めた。
執政官マジャールだけでなく、夢をみて隠世に訪れた者は、目を覚ました時に、隠世で起きた出来事をすっかり忘れてしまう……はずだけども、忘れない人物が一人だけいた。
それが、エリザだった。
傾国の美女の大神官リィーレリアだった前世の記憶を忘れずに、生活している預言者ヘレーネ。また、前世では生贄の巫女にされて怖い目にあったことをきっかけがあれば思い出してしまったり、神殿に救出に来てくれた恋人への気持ちも思い出してしまう貴公子リーフェンシュタールかいる。
夢の記憶、前世の記憶。
せっかく体験したり、おぼえたことを忘れてしまうのはもったいないと思う人もいるだろう。
忘れたくない思い出があるように、思い出したくない記憶もあるだろう。
記憶が忘却できなければ、情報の整理や感情を整理することに、人は苦労することになるだろう。
「今宵はお招きいただき、感謝いたします。女神ノクティス様」
「あら、思っていたよりも、なんか、ずっと可愛い感じの美人さんですね~って頭の中で考えているくせに、エリザ、ここでは気取った挨拶はいらない」
女神ノクティスは、エリザの卒業したクラウベリー学院の制服姿をまとって、お出迎えしてくれ、夢の中のエリザは、なぜか占い師の衣装なのだった。
「エリザ、これはただの夢だと思っているでしょう?」
「はい、夢の中ですよね」
目覚めている現実の世界では、女神ノクティスは聖騎士ミレイユが身につけている剣なのを、エリザは、つい先刻、見てきたばかりなのである。
「エリザの考えでいえば……パソコンのWeb会議みたいなものだと思ってくれたらいい。エリザ、夢で意志疎通しているといえば納得する?」
「ノクティス様、パソコンとかスマホを知ってるんですかっ?!」
「たとえ話よ。それに、エリザの考えていることなら、こんなことはできないでしょう?」
女神ノクティスが二回、パンパンと手を叩くと、にんまり笑ったメイド三人がエリザに近づいてきて、ソファーから立ち上がった時には手遅れだった。
「どう、わかったかしら?」
エリザの目は涙目になって、まだ返事ができずに息が乱れて、ソファーに横たわって起き上がれずにいる。
(はぁ、はぁ、はぁ……いきなり三人がかりでくすぐるなんて、ひどいですよ!)
「今、ミレイユに言いつけてやるって考えたでしょう?」
「なんか、ずるいです……ノクティス様だけ、私の考えがわかるなんて!」
「やっと思っていることを口に出せるようになったみたいね。心を隠すのは、時間の無駄だとわかってくれたら、それでいいの」
微笑して、まだ頬が薔薇色に染まっているエリザのそばに来て、身を屈めると、エリザの頬を女神ノクティスはそっとしなやかな指先で撫でながら、そう言った。
ここは、人の心がとても露骨に見える世界。
「人の心は、夢の中ではとてもわかりやすい姿になれる。エリザはその姿がとても大好きなの?」
「宰相エリザは、一番の推しキャラです。私の嫁です」
「ふふっ、そのオンラインゲームという遊戯が、エリザは大好きなのね」
女神ノクティスには、ここは聖戦シャングリ・ラのゲームプログラムで構築された世界だと説明する必要はないとエリザは感じた。
「女神ノクティス様も転生してきたプレイヤーなんですか?」
「ちがうわ。それに、エリザも最近、なんとなく気づいているんでしょう?」
小説やマンガには、死んでゲームの中に行くことや、よく似た異世界にトリップ=転生するという設定の作品がかなりあって、エリザも読んでみたことがある。
エリザは自分が、大好きな聖戦シャングリ・ラというファンタジーの世界に来たと信じた。
信じざるを得なかったというべきかもしれない。
最近、エリザがなんとなく気づいていること――ここは聖戦シャングリ・ラの世界だったところであって、今はすっかり自分の知らない世界になってしまっている。
その原因は、もしかしたら自分がゲームの中の役割が演劇の俳優みたいに決まっていたのに、アドリブでちがうことをしたので、劇の内容がめちゃくちゃになってしまったからではないか……と思っている。
「なんでもかんでも、自分が原因って考えるのは、エリザの悪い癖だと思うよ。この世界は、エリザのためにあるわけじゃないのよ。でも、あの人たちには、そのぐらい思ってくれたほうがいいんだけどね~」
あの人たちと女神ノクティスは誰のことを言っているのか、エリザは、半分だけわかった。
愛と豊穣の女神ラーナ。
しかし、女神ノクティスは「あの人」ではなく「あの人たち」と言った。
(蛇神ナーガと邪神ナーガって、なんだかややこしいです。雄の神龍さんは、さらに二人の神様に分かれちゃったんですね)
エリザは、夢幻の隠世の女神ノクティスの館にご招待され、冥界とは別の
エリザが思い浮かべたのは、タロットカード占いの【審判】の大アルカナのカードである。
「あの、ノクティス様、
「ちがうわよ、エリザ。貴女のめずらしいパターンを入れたら三つのパターンじゃない?」
・死んだあと、
・
・気づいたら登場人物の誰かになっていたパターン
「冥界で魔獣になって気持ち悪いことしてる人は、気づいたら誰かになっちゃったパターンに近いかもね~」
女神ノクティスは、人間の生殖活動を「気持ち悪いこと」と感じるらしい。
エリザもそれは、ちょっと納得できる気がした。
「私は魔獣になっちゃったパターンの人間バージョンですか?」
「いじけちゃダメよ、エリザ。良かったじゃない魔獣じゃなくて」
「ええっ、ノクティス様、ひどいです!」
性欲と愛情がうまく重なっている愛情表現の生殖活動は、気持ち悪いとは思わないのに、一方的に特に男性から性欲剥き出しという感じで、ぐいぐい積極的に女性が迫られるというのが、気持ち悪いとエリザは感じる。
女神ノクティスも、そこは同感らしく「ドン引きだよね、萌えない」とエリザの頭の中に浮かんだ言葉で話してくれた。
「でも、好きな人が優しいのはいいんですけど、消極的すぎるのも自分の方が、がっついてるみたいで恥ずかしい気もするじゃないですか……難しいですよね」
「ミレイユもあんな感じで、普段は騎士団長ですって顔してるけど消極的な感じなの。で、エリザが占いで人間たちの恋のお悩み相談をしてるって聞いたから」
エリザはここでやっと、女神ノクティスの館にご招待された理由と、自分が占い師の衣装を着ている理由がわかった。
(女神ノクティス様も、ミレイユさんとの恋愛関係というか、そういうことで悩んでしまうことがあるんですね。あっ、なんか、もじもじ恥ずかしそうにしてますね)
「他の人間はどうでもいいけど、ミレイユと仲良く……こちらがまじめに相談しているのに、ちょっと馬鹿にしてるわね。そういうエリザにはおしおきよ!」
女神ノクティスが、また手を二回パンパンと叩いた。
エリザもメイドさんたちをくすぐり返してみたが、相手は三人がかりである。
エリザの抵抗もむなしく、こちょこちょされまくったのだった。
翌朝、シン・リーとアルテリスから、エリザが寝言でくすくすと笑っていたから「おもしろい夢でもみたのか?」「楽しそうじゃったから、起こさなかかったが、どんな夢をみたのじゃ?」と質問されたエリザなのだった。
エリザは夢幻の隠世で、女神ノクティスとあれこれと話したことや、占いを聖騎士ミレイユにする約束をしたこと、あとメイドさんたちからは、たくさんくすぐられたことを、目を覚ましても忘れていなかった。
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