第324話

 神聖騎士団の聖騎士ミレイユや参謀官マルティナが、滞在している執政官マジャールの官邸に、エリザを招いたところ、獣人娘アルテリスと大神官シン・リーが心配してついてきた。


 パルタの都に、宰相エリザや神聖騎士団が訪れるゲームエピソードは存在していない。


 神聖騎士団の参謀官マルティナは、大怪異以降に被害の状況や別の怪異が誘発されていないかを調査している。

 大怪異は、蛇神の門という巨大な魔法陣が出現して、魔獣の王ナーガの眷属である亡霊たちを淫獄という異世界で苛む異形の魔獣が大量に召喚されかかるという緊急事態が、ゼルキス王国とターレン王国の間にある辺境の森林地帯で発生した。

 森林地帯での大怪異は、女神ラーナの化身の転生者である僧侶リーナの争奪戦だった。


 僧侶リーナをモンスター娘にするという賢者マキシミリアンの奇策で、さらに魔獣の王の花嫁の婚姻を行い奪うという方法で、女神ラーナを守りきった。


 この世界の命運をかけた祓いの儀式が行われているのを、ロンダール伯爵に保護されている「僕の可愛い妹たち」の予知夢をみる三人の少女たちやシン・リーには、女神ノクティスの代理として活躍している時の番神アテュトートが夢で、その状況を伝えていた。


「ほとんどの者たちは、気づかぬうちに変化に巻き込まれていて、気づいた時には、新たな状況の中で生きていくしかできぬ」


 アルテリスは、この大怪異の世界の命運を分ける七日間をどうしていたか?

 テスティーノ伯爵と一緒に、ストラウク伯爵領からテスティーノ伯爵領へ帰って来たところであった。伯爵が暮らすパルミラの街で本当にのんびりと、新婚生活を仲良く満喫していた。


 シン・リーは大怪異の時に聖騎士ミレイユと神聖騎士団の戦乙女たちが祓いの儀式に挑み、ゼルキス王国ではマルティナが、魔法障壁の結界を維持してくれたおかげで、他の大陸各地への障気の蔓延を阻止されたのを把握している。


「しかし、ミレイユ、マルティナよ、祓いに成功できたのは、あの七日間に魔獣の王の力よりも強い力をノクティス様が、時の番神アテュトートに世界樹へと伝えさせていた結果だということは忘れてはならぬ」


 アルテリスだけでなく、世界の命運を分ける七日間に、恋をしていたり、愛し合っていた大陸中の人々――魔獣に対抗できる力を持たず、祓いの儀式に失敗していればにえとして命を奪われる運命から逃れられない人々が、何も知らずに暮らして、幸せだと実感していた力が、魔獣の王の異世界に満ちている力よりも上回っていたのだとシン・リーは語った。


 それは、幻術師ゲールの青蛙亭に同棲している冒険者エレンのゲールを愛している気持ちもある。

 ジャクリーヌがロイドを愛している気持ちもある。

 女神ノクティスが人間の乙女ミレイユを愛する気持ちもある。

 大陸全域で誰かを愛する気持ちと、エルフの王国で再会したレナードとリーナの婚姻の誓いのキスが世界樹の前で行われた瞬間に、生きている幸せの気持ちの力が滅びの力を上回り、祓いの儀式を完成させた。


 強い感情、世界を想像できる感応力……それぞれが持つ小さな力が結びつくことがあれば、世界の状況に大きな影響力を与える。


「マキシミリアンはそのつるぎ魔剣まけんと呼んでおった。わらわはその剣を、あえて神剣しんけんと呼びたい。

 マキシミリアンやわらわが、どのように呼ぼうが、希望と絶望、生存と滅亡、愛情と憎悪、喜びと悲しみ……世界の力の均衡きんこうを保つためにその剣を握るのか、敵対する相手を滅ぼすことのみに心を奪われ、ただの武器として用いるのか……その剣で、超越した力を手にしたあと、自らの生き方や心を試されることになるであろう」


 エリザが、ミレイユの腰に下がっている剣をさわってみたいようで、ちらちらと見ているのに、シン・リー気づいていた。


 エリザが摂理を超越する剣ノクティスにふれて、さやから引き抜けるのかどうかも、どんな影響があるのかもわからない。

 ミレイユの意思とは関係なく、女神ノクティスがエリザに危害を加えたとしたら、さすがにアルテリスやシン・リーでも、どうすることもできない。


「エリザは、愛と豊穣の女神ラーナの加護する世界ではない別の世界の知識や常識を持って生かされているようです」


 預言者ヘレーネは、エリザからは前世が感じられないと、密かにシン・リーに教えていた。

 リーフェンシュタールやヘレーネ自身は、前世の記憶を持って生まれてきた。

 獣人娘アルテリスは前世の記憶をすっかり忘れているけれど、何かきっかけがあれば優れた感応力で思い出す可能性がある。

 それはシン・リーも同じで、前世からの関係が、アルテリスの前世の人物とシン・リーの前世の人物があったのかもしれないと、預言者ヘレーネは、シン・リーに教えた。


 前世が鳥や獣、草花である人間などもいる。生命がエネルギーとして転生してくる時に、あれこれ融合して生まれてくる。


 精子と卵子が結びついて、父親と母親の遺伝子を半分ずつ譲り受けて生まれてくるのと似ている。


 前世について忘れていても、前世がない者は誰もいない。

 預言者ヘレーネは、前世から強い感情を抱いている者は、その感情が生まれ変わったあとも、記憶としては忘れていても、心が影響されて生まれ変わったあとの人生を生きていくと説明した。

 生まれ変わってくる時に、他の生き物とエネルギーが融合していて、たとえば小鳥と融合していれば、とても歌うことが好きであったりする。

 シン・リーが黒い猫の姿になるのは生まれ変わった時に、黒い猫の命が融合している割合が大きいからかもしれない、と預言者ヘレーネは説明した。


 エリザからは、前世が感じられない。それが世界樹から現れた奇跡の人間だからなのか、融合しているエネルギーが多すぎて複雑な人間なのかもしれないとヘレーネは考えたが、あくまで推測で確かめようがない。


「アルテリスとシン・リー、二人ともエリザに強い親しみや懐かしさを感じるのは、前世からの因果があるのかもしれません。

 シン・リー、もしも前世の記憶が覚醒したとしても、それはもう過ぎ去ったこと。今、生きている自分の心や感情を大切にして過去の因果に囚われてはいけません」


 シン・リーは魔素マナつまり魔法や法術、呪術などの力は、生まれ変わりの秘密に深く関わっていると考えている。

 生まれ変わる時に、融合している命の力がそれぞれちがう。その割合や組み合わせで魔素マナの濃い者や薄い者の生まれついての差が生じるのだろう……というのがシン・リーの思うところなのである。


 しかし、エリザに前世がないとは教えられずにいた。

 理由はわからないけれど、それをエリザに教えてはいけない気がしている。


 だからエリザから、魔素マナについて、素直に質問された時、シン・リーは心の動揺を隠さなければならなかった。


(嘘を教えているわけではない。なぜ、これほど気まずいとなぜ思うのか、わらわにもわからぬ、エリザよ、許して欲しい)


 

+++++++++++++++++


お読みくださりありがとうございます。

「続きが気になる」

「更新頑張れ!」


と思っていただけましたら、★をつけて評価いただけると励みになります。


 


 






 



 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る